020 便利屋をイライラさせる

 便利屋は、イライラしていた。

「くっそ。 あのバカコウモリどこに行きやがった?」

 昨晩は散々だった。

 大事な愛車が蹴られまくった挙句、最後はガードレールにぶつかってバンパーがひんまがってしまった。

「やっぱ、死んだか?」

 まったくもってあり得ない────。

 常識の範囲内なら、どんなことでもやる。便利屋はそう看板を掲げて糊口をしのいできた。

 しかし、昨夜のあのバカバカしい出来事は、常識以前の問題だった。


 ガス爆発があったのだと言う。

 辺りは消防関係者、警察、マスコミ、野次馬でいっぱいだ。目的地が近いことをマップで確認する。

 スマホから目をあげると、呆けた顔をした女子高生が規制線の手前に立っているのが見えた。

 前髪を伸ばした暖簾髪の小柄な姿──。便利屋の焦燥が緩んでいく。

「よ──ぅ!」

 便利屋は、かけようとした声を途中で引っ込めた。


「月澄……!?」

 先に声を掛けた者がいたからだ。

 気付かれないよう距離をとり、二人のやり取りを眺める。

「同級生か……」

 二人の会話を、唇の動きで読みながら煙草に火をつけた時、胸ポケットにしまったスマホが振動した。

「ん? 誰だ?」

 見慣れない番号だ。

「はい」

 名乗らず出る。

『やあやあ おはよう! 昨日はご苦労さまー』

 電話口の向こうは妙なテンションの若い声。

(昨日? 昨日会った奴にこんな声のやついたっけ?)

 便利屋は訝しんだ。

『あ、そっか! わかんないよね。コルボのマスコットだよー』

 電話口の向こうの声は、能天気に続けた。

(あ、アイツか……、クソっ!)

 合点が行く。

 コルボの店員、あの道化師のような格好をしたの少年だ。

「なんか用か?」

 ムカっ腹を悟られないよう、ぞんざいに返事をする。

『おつかれさまーって言いたいとこだけどね。昨日、約束破ったでしょ?』

「あ? なんだと!?」

 便利屋は思わず、息巻いた。

 この能天気ガキは、昨日、自分がどれほど苦労と犠牲を払ったのか知らないらしい。

「てめぇ……騙しやがったクセに。何言いやがる!」

『やだな、忘れたの? 昨日の契約内容、日没後指定の時間までは、お姉ちゃんを車から降ろさない、って事だったでしょ? ちゃんと見てたんだからね』

「あ!」

 確かに 、降ろすなという部分では約束違反だ。

 まさか見られていたとは。

『違約金……』

「っ! クソったれ! 俺の雇用主はあのコウモリ女だ!」

『あはは! まあ、そんなに怒んないでよ。だまっといてあげるから』

 電話口の向こうの少年が笑う。

「うるせぇ! てメェらには関係ねえだろ!」

『へへ、それじゃあ、今日からの送迎はちゃんと頼むね!』


 プツリ


 電話が切れる。

「クソッ!」

 完全に嵌められた。

 なんて運が悪いのだろう。朝から夕立に遭った気分だ。

「嵌められたと言えば、俺より上のどうしようもないのがいたっけ……」

 便利屋は顔を上げ、佳穂の方を見た。

 ちょうどさっきの同級生と一緒に車に乗るところのようだ。

「ったく……」

 便利屋はナンバーと車種をメモに書き留めて、煙草に火をつけた。

「あのバカ。これから、大変だぞ……」

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