003 扉を開ける

「おい!」

 雑居ビルの最上階。

 固まってしまっている佳穂の背中に、不躾ぶしつけな声がかけられた。


 空から舞い落ちたチラシに書かれていた地図を頼りに、佳穂はここまで来ていた。

 チラシを拾った路地裏から歩いて五分ほどの場所だ。


 おしゃれなコーディネート──もう普通のお店で用意できるとは思えない。

 そんな事は自分には

 それでも、どうにかしなければ、明日からの高校生活を送る事ができなくなってしまう。

 だから、佳穂は藁をも掴む気持ちでここまでやってきた。

 それなのに、だ。


『仕立て屋・コルボ』


 狭い通路の突き当たり。無機質な雑居ビルの鉄扉には、店舗とは思えないようなとても小さなプレートが一つ掲げられているだけだった。

 どう見てもウエルカムな雰囲気とは思えない。

 だが、佳穂の足を止めるにはそれで充分だった。


「おい! 聞いてるのか?」

「ひ!?」

 強められた語気におののいて声が裏返る。

 恐る恐る振り向くと、そこには大きな荷物を抱えた男が1人立っていた。

 「通れないだろ」

 スーツに中折れ帽。二十代後半だろうか。仏頂面をして荷物の向こうから佳穂を見下ろしている。剣呑な雰囲気は、少なくとも『おしゃれなコーディネート』をしてくれるような人物には思えない。

「入るんなら、入れよ」

「ぁ、ゎ、私は……」

 逃げよう、佳穂は思った。

 しかし、男の抱えた荷物は通路の幅いっぱいで、避けようにも避けられない。

 男はずんずん前に進んでくる。

「ぇ……ぁ、ぁ、あ」

 追い詰められた佳穂は、仕方なく店の扉を開けた。


 カラン……!

 ドアベルが鳴った。

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