想定外の・・


それは私が30代前半の頃のことだった。

当時の私は社員十数人を抱えた青年実業家として地元

の同業種内では目立った存在だっ た。

その頃、取引先からの依頼もあり隔週日曜日に技術講習

会を 開いて取引先の若い技術者に技術指導をしていた。


そんなある日2人の社員と残業をしていると電話が鳴った。 

「社長、坂本さんという方からお電話です」 

社員に呼ばれて電話に出る 

「はい替わりました。」 

「こんばんは。坂本ですが」 

若い女性の声だった。 

「坂本さん?!・・あっ、講習会に来ている人ですよね。」 

「そうです、あーよかった。分からないかと心配しました。」 

「わかります。たしかポニーテールの・・・」 

「そうですうー。」 

電話の要件は仕事関連のことで相談したい事が有るので

合ってもらえない かとのことだった。


「いいですよ。いえいえ、かまいませんよ。・・清風ですか。

わかります。20分ほどでつくと思いますから・・ええ・・ああ、 

気にしないでください、ぜんぜんかまいません。」 

 

私は電話を置くと二人の社員向かって言った。 

「悪いけど急用が出来たんだ・・まだ仕事があるんなら

出前で も取って食べてくれよ。」 

「分かりました、そうします。いいですねえデイトですか?」 

そんなんじゃないよと言いながら私は会社の外へ出た。


清風は軽食喫茶で清潔感のある店だった。

清風に入ると店内を 見渡したが、しかし彼女らしい人が見当たらなかった。


"えーと ・・ポニーテールの子は"と見渡していると奥の席にいたずいぶん 綺麗な女性が立ち上がって私に頭をさげた。 

「すみませんお呼び立てをしまして」


私はしばらく言葉を失った。 

髪をおろし化粧をして私服に着替えると、こんなに変身するもの なのか。

「どうも、一瞬見間違えました。」とテレ笑いをしながら彼女の席に座った。 

 

しばらく話をしてみたが私が相談に乗らなければならないような 相談でも無く、なんとなくデートのような雰囲気になってしまった。 

・・まてよ、もしかして逆ナンパ?!・・


まあ、それならそれでも いいかと思いながら私がこう切り出した。 

 「僕、夕ご飯まだなんですよ。美味しい店があるんだけど、今から付き 合っていただけますか?」 

「食事に誘ってくださるんですか!嬉しい!!」 

彼女は甘えた声で答えながら可愛いポーズをとった。 

・・可愛い!!・・私は思わず見とれてしまった。 

 

それからは楽しいデートになった。

私は彼女を楽しませようと冗談 を連発した。 

「ああ・・待って、僕は年を当てる名人だから。・・そうねえ、パッと見、 20才ぐらいに見えるけど・・綺麗な人は若く見えるからね、24--5っ てところかな。・・ファションが渋めだから意外と32--3かも。・・でも 、目尻に小じわがあるから・・37--8才かなあ。・・上品な言葉使いからすると 44--5才・・う~ん・・もしかして、52--3才かなあ。」 

「もう、社長さんったら・・ひどーい!」 

と彼女は可愛い甘え声でそれに答えた。 

 

男なんて単純なものだ。

普段しかめっ面で偉そうにしていても、可愛 い子に甘え声を出されるとひとたまりもない。イチコロにやられてし まうのだ。 

・・男を殺すにゃあ刃物は要らぬ、ちょっと甘えてやれば良い・・

 

しかし楽しい時間はすぐに過ぎるものだ。

その日は11時過ぎに 彼女の車の止めてある駐車場まで送って行ったのだった。 


ところが駐車場についても彼女は車から降りようとせず前を向い たまま黙っている。

困惑して私は言った 

「また近いうちに合いたいね」 

しかしそれには答えず彼女が言った。 

「私、帰りたくないんです・・・」


一瞬頭がフリーズした。

ありえない展開だ。こんな展開は想定す らしていない。

私は動揺を隠し、平静さを装いながら ・・

「そうだよね、僕も帰したくなかったんだ。今夜はこのまま付き 合ってよ!」と答えたが隠しようもなくしどろもどろになっていた。 



幸い近くのラブホに空きがありそこで僕等は一夜を過ごした。 

 なんと、清風で会って数時間後には恋人同士になっていた。


まさに想定外の出来事だったのだが・・しかし 、想定外はさらに続く事になるのである。 

 

こうして恋人同士になって5ヶ月たったある日二人はラブホ のベットの中でセックスの後の気だるい時間を過ごしていた。 

テレビはニュースの時間帯で2才ぐらいの子供が映し出されていた。 


それを見ながら彼女が言った 

「この位の時が一番可愛いのよね」 

「子供が好きなの?」 

「私、この位の女の子がいるから」 

「え!結婚してるの!!」 

「ちがう ちがう、別居しているから・・」 

「でも、人妻だよね!」 

「ごめんなさい。でも別居しているから・・」 

つまり僕等は不倫関係だったのだ。 

 

彼女の夫は跡取り息子でその家に嫁に入った。

いつまでも夫である息子にべったりの姑と折り合いが悪く、それが原因で夫婦の 関係まで壊れてしまったとの事だ。

一人で家を出て別居した彼女は失望と不安の中、私の講習会に出席していたのだ。 


 月に一度は子供に合いに行くのだという。夫はその度に彼女に帰 ってきてくれと懇願するそうだ。そんな時はせつなくなって夫に抱 かれるのだそうだ。 

「でもあなたのことは真剣に愛しているのよ。夫婦だから、セックスは 、習慣みたいな感じなのよ。信じて・・」 

 

それからしばらくして彼女は私の存在を夫に打ち明けたそうだ。 

「私は愛情が無いと生きていけない女だから・・」

だから不倫なん かではなくて本当に愛しているんだと打ち明けたそうだ。


「あの人がね俺のせいだ俺の責任だって言いながら泣いたんよ。 涙ぼろぼろ流して・・私も涙でちゃってさあ。良い人なんだよね・・」 

「帰ってあげたら。」 

「だめ、また同じになるから。それに貴方と別れたくないし」 

 

しばらくして彼女の夫から彼女の所に長文の手紙が来た。

彼女は それを私に見せて私に聞いた。

「どう思う?・・」 


あれから彼は子供を連れて実家を出て今はアパートで暮らしてい ると言うのだ。 

・・・・ 僕はお前と離れ暮らして本当にお前を愛していることを実感 した。すぐにではなくてもいいから一緒に暮らして欲しい。僕も娘も そのために家を出る決心をした。

お前に男ができたことは僕の責 任だとおもっている。そのことは怒ってはいない。

急がないから以前の夫婦に もどって欲しいと言う内容だった。


読んでいるうちに胸が熱くなった。 

読み終わると私は言った 

「お前の旦那、すごく良い奴だよ。帰ってやれよ。」 

「でも私はあなたの事を・・・」 

「いいや!帰らなかったら後悔するよ。他に選択肢はないよ。」 

「でも・・・」 


しばらく二人は沈黙した。彼女だって帰らなければいけないことは 判っているのだ。

一人では決められないから私に手紙を見せたの だ。 

やがて彼女の目から大粒の涙がこぼれた。

それは彼女の決断を 物語っていた。 


「私たち友達だよね・・・これからも。」 

と彼女がいった。

私は返事をせずに、ただうなずいた。 

 

友達でいられないことは、お互いわかっているくせに・・・ 

せつない想定外の恋だった。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る