15 お茶会の終わり(1)

 薔薇の香りが一気に広がった。

 カップが落ちた。

 直後、喉を押さえたサムウェラの身体も椅子から崩れ落ちた。

 むせ返る様な匂いの中、院長が慌ててサムウェラに近づく。

 見開いたままの彼女の瞳に愕然とし、口元に手を近づけ、脈を取る。

 そして目を伏せ、首を横に振った。


「ああ、これか!」


 ティムスは小瓶を取り上げ、声を上げた。


「これをほんの一滴、茶に落としてくれたんだ、いつも…… 

 すると頭がぼんやりとして、ちょっとぐらぐらして、色々敏感になって……」

「普段は一滴だと? 

 それをこの瓶の中身全部をぶちまけたのか?」

「院長先生、彼女は」


 ルージュは問いかける。


「駄目だ。

 一滴で惑乱する様なものをこれだけ大量に…… 

 だがルージュ、あんたは何故止めようとした?」

「香りが、少し違っていたから……」


 友人の側にかがみ込む。


「女学生の頃から、彼女はいつも茶に薔薇の香料を入れてました。

 でも今の香りは、ただのそれじゃない。

 濁っています」

「そんな危険なものを……」


 ティムスはぞっとする様に身体を震わせた。


「なるほど、これが常に使われたという訳だな。分析に掛けなくてはな!」


 院長はティムスの手から瓶をひったくった。


「警察を!」


 その言葉が、お茶会の終わりを告げていた。

 ルージュはテーブルの上の花器から黄色の薔薇をありったけ取り出すと、サムウェラの側に置いた。


「裏切られているとは思っていたけど、ずっと友達だとは思っていたのよ、ウェル」

「ああ畜生!」


 ティムスは頭をかきむしって叫んだ。


「結局俺は、お前に対する当て馬だったということか!」

「当て馬? 何のことでしょう?」

「だってそうだろう? 

 俺は本当に彼女のことは好きだった。

 人身売買のことは知らなかったがな! 

 でも結局サムウェラの行動は全て、ルージュ、お前を想ってのことだったじゃないか!」


 そのまま彼は地団駄を踏む。

 するとその様子をた伯爵が、ゆっくり近づき、ティムスをひょいと持ち上げた。


「な、何をするんだ」

「五月蠅い。

 いい歳して子供の様に癇癪を起こしている奴などこれで充分だ。

 ローライン侯爵夫人、これはうちへ連れて行っていいのかな」

「はい、宜しくお願いします。

 私ももう顔も見たくないです」


 伯爵は満足そうにうなづくと、「帰るぞ」と妻と娘に告げた。


「貴方、この方を家に連れて行くのですか?」

「仕方なかろう。

 エンドローズの腹の子の父親だ。

 侯爵夫人が離婚の手続きをした後、うちの婿養子にするしかあるまい。

 おい、喰う寝るところに住むところが与えられただけありがたく思え。

 そしてお前はうちに着いたら即正規軍へ入隊の手続きをしてやる。一般兵からやり直すがいい!」

「嫌だ…… 嫌だあああああ」


 だが頑強な身体の伯爵の腕からは優男のティムスが逃れることはできる訳がないのだった。

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