第20話部下side

 

 ああ……こりゃダメだ。

 これっぽちも理解してない。


 三男坊の悲劇は『特別な人達』に囲まれていた事だけじゃない。誰一人として『凡人』の気持ちを理解して寄り添う人がいなかった事だ。出来る人間は、出来ない人間の気持ちが分からないとはよく言ったもんだ。


「室長の三男坊は百人いれば百人が『平凡な人』だと断定しちゃう位にだ。これがだったなら何の問題もなかったと思うよ? でもね、『優秀な伯爵家』に三男はだ。室長だって思ったことあるんじゃない? 『どうしてこの子は何も出来ないんだろう』って。ああ、その顔は図星か。あのね、室長。世の中にはどんなに努力しても出来ない人間っているんだよ」


「……分かっている」


 分かっていても理解できないって顔だよ。そういうの、本当に分かっている事にはなんないからね。


「『公爵家の将来の婿』という特別な位置づけと『優秀な伯爵一家の一員』が三男坊君を『特別な人』にさせた。どれも自分の力で得たものじゃない。なら、それらに相応しくなるように努力している訳でもない。第三者から見たら『幸運に胡坐を掻いて何一つ満足にできない馬鹿息子』にしか見えない。なら謙虚に公爵家に従っているかと言えば全くの逆。公爵家の権威と権力を自分の物のように扱ってワガママ三昧。公爵家からしたら羽虫が何か鳴いている程度のもんだったから今まで表ざたにしなかった」


「……虫」


「そ、『公爵家に寄生する害虫』っていう悪い意味で三男坊君は有名でしたよ。知らなかった?」 


 返答はない。

 期待してなかったが……知らなかったな、これは。


「こればっかは三男坊君だけのせいじゃない。公爵家に三男坊君の養育を丸投げしていた室長達も悪いよ。せめて自宅で教育を受けさせるなり何なりと色々とやり方はあった筈だよ? でも、室長達はそれを怠った。実の親でもない他人に三男坊君は育てられる事になった訳だけど、公爵夫妻は三男坊君の『親』じゃない。だけど全くの赤の他人って言う訳でもない。だから伯爵家に見合った教育は施したはずだ。だけど、『実の親』じゃないからね。叱ったり諭したりする事はなかったと思うよ? 普通、そういう道徳的な事は親が躾するもんだからね」


「……躾」


「そう、何かした記憶ある? 怒ったり叱ったりしたこと」


「ヴィランは幼い頃から手のかからない大人しい子だった」


「つまり記憶にないんだね。他の兄弟にもないの? 躾した記憶」


「……上の双子は優秀で早熟だった。五歳から八歳位まで反抗期で大変だったがそれからは比較的落ち着いた。末の息子は病弱で反抗期らしいものもなかったな……ただ妙に我が強い処はあったが……」


 何となく分かってきた。

 三男坊は生まれた時期が悪かったんだ。


「両親は他の兄弟にかかりっきりか。こりゃ、三男坊君が公爵家に入り浸る訳だ。公爵家なら実家と違って『無視』はされないからね」


「なっ!?」


「そんな驚かないでよ。言っとくけどさ、当時は三男坊君も幼児だったはずだよ? その幼児が『手のかからない子』って何? もんだよ? まぁ、幼いなりに親は当てにならないと思ったのかもしれないけどね。それか『親は自分に愛情を向けてくれない』と感じたからだ。それで公爵家に上手く取り入ってやりたい放題。これで友人が出来ると思う方がどうかしてるよ」


「……そんなに酷いのか?」


「婚約者の家といっても他所の家だ。さっきも言ったように『寄生虫のように集っていた』事は有名だ。まともな貴族なら絶対に関わりたくない人間だよ。だって、何時自分に『寄生』されるか分からないしね」


「そんな事は誰も言わなかった」


「いや、それ当たり前だから」


 室長って本当にバカだな。

 室長も宰相閣下という最大のバックがいたでしょう?

 忘れちゃったの?




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