第2話理解不能な婚約者


 蛇に睨まれた蛙、とはこんな感じなのでしょう。

 勿論、「蛇」がお父様で「蛙」がヤルコポル伯爵父子です。

 あまりに突飛な会話を聞いたせいでしょうか?

 他人事のような気がします。どうしても自分の身に起きた事と感じられなくなっているのかもしれませんね。

 ヴィランの物言いに、彼の母親であるヤルコポル伯爵夫人は気絶する寸前。

 お母様は「あらあら」と優雅に笑っていますが目が全く笑っていません。あの目は「この伯爵家をどう料理してやろうか」という目です。軍閥の名門侯爵家の令嬢であったお母様は何かと行動的ですからね、報復も物理的なものが多いのが玉に疵。


 やさしく微笑みながらも青筋立てているお父様の怒り具合を正確に理解しているヤルコポル伯爵は、奥歯を噛み締めて恐怖心が表に出ないように左手をグッと握りしめていました。


 一方、ヴィランはというと現状を半分も理解していない表情です。現実逃避から無理やり覚醒させられたショックのせいでしょうか? きょろきょろとしています。あ、いけない目が合ってしまいました。


「ヘスティア! 君からも言ってくれ!」


 どうやら矛先を私に変えたようですが、それ悪手ですよ? 分かってますか?


「何も言うべき事はありませんわ。強いて言うなら我が国の法律の勉強を一からする事をお勧めいたしますわ。あら? ヤルコポル伯爵子息には『貴族法』を理解する事が先でしょうか?」


「な、な、なんだ……と?」


 何故そこで驚くのか不思議です。

 もしかして、私が貴男を擁護するとでも思っていたんですか? 謎です。言っときますが、ここはスタンリー公爵家。貴男に味方する者など一人もおりません。



「っ……ドレア様!」


 自分の思い通りの言葉が返ってこないからといってどうして別の人に救いを求めるのでしょう? よりによってお母様とは……。



「ドレア様なら僕の事を分かってくれますよね!」


「勿論よ」


 ぱあっっという効果音が聞こえて来そうなほどの満面の笑みを浮かべたヴィランは「我が意を得たり」とばかりの得意顔になっています。本当に空気を読めない人ですね。お母様が貴男を助ける訳ないでしょう。


「貴方たち親子が私達スタンリー公爵家の信頼を裏切って知らない間に乗っ取りを企んで、私の娘をいいように使い潰そうと考えていた事はね」


「……え……?」


 ショックを受けている場合かしら?

 そもそも何故驚くのでしょう。



「だってそうでしょう? 公爵家の跡取り教育を一度も受けた事のない貴男が公爵位を狙っていたのよ? 領地運営も出来ない、経済をまわせる手段も持ち合わせていない、家宰を取り仕切る事も出来ない。かといって武術や剣術に秀でている訳でもないから警護役すら満足に出来ない有り様だわ。そんな何も出来ない貴男が、よ。私の大切な娘を妻という名の『奴隷』にして贅沢三昧の酒池肉林の日々を過ごそうと企んだと思っても仕方ないでしょう?」


「え? え?」


「愛人をワザワザ公爵家に連れ込もうとした位だもの。娘とは『白い結婚』で済ませて、跡取りは愛人に産ませる算段だったんでしょう? 自分の血を引く子供を跡取りにして血を変えようと目論んでいたのかしら?」

「ど、どうしてそんな酷い事を言うんですか! 夫人も僕を可愛がってくれたじゃないですか! もう一人子供が増えて嬉しいって! 孫の顔を早く見たいって! あれは嘘だったんですか!?」


「あら? 嘘じゃないわよ? の顔を早く見たかったのは、本当の事だわ。貴男に気遣っていたのも公爵家に貴男の部屋を用意させたのも、飽く迄も『娘の未来の夫』だからよ? 勘違いしないで頂戴。私達は自分の娘が可愛くて仕方がないの。どうして赤の他人の、しかも娘を不幸にすると分かっている男と結婚させる親がいると思うの? 思わないわよね? だから貴男の荷物は明日までにはヤルコポル伯爵邸に引き渡すわ。二度と我が公爵家の敷地に入る事はしないでね。勿論、ヘスティアにも近づかないで」


 お母様の言葉に、ヴィランは蒼白になっていました。

 もっとも、あれだけ言われたにも拘わらず「だって……」とか「でも……」と言い訳を続けています。

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