6節 接触の感触
魔物は無事討伐できたが、街のすぐ近くのこんな場所に穢れを大量発生させるわけにもいかない。法術で一気に燃やせるように、手分けして魔物の死体を集めていく。
左右の岩場にあるトロールの死体それぞれを中心に(重すぎて運ぶのに難儀したためだ)して、その周りに他の魔物の死体を積む形で、遺体の山を二つ組み上げる。後は、リュイスちゃんの法術に焼いてもらうだけだ。
「リュイスちゃん、お願いね」
「はい。……《天則によって力強い火に我らは願う者です。最も迅速にして強力なその火が、信徒には明らかな助けとなるように、
法術によって生み出された白い炎が、遺体の山を焼き始める。
炎は徐々に燃え移り、魔物の死体を、そこから発生する黒い霧のようなもの――穢れを、燃やしていき……やがてそれらも浄化され、わずかに残った部分も風に吹かれて散っていく。
「……よし。それじゃ、次は向こうを浄化してきますね」
「うん。わたしは、他に魔物が残ってたりしないか警戒しておくよ」
シュタインたちが倒した魔物の死体の山に向かうリュイスちゃんを見送り、辺りの様子を窺う。付近にいた魔物は全滅させたが、どこかから新たにやって来ないとも限らない。警戒は怠れない。
しばらく経つと、もう一つの死体の山から白い炎が上がるのが見て取れた。浄化は順調に進んでいるようだ。それが終われば再び商隊は戦場へ向けて出発する――
「ひぁっ!?」
ここで、向こうの岩陰から悲鳴が飛んでくる。この声、リュイスちゃん!?
「っ!」
即座に駆け出す。
魔物の気配は周囲に残っていなかった。他に不審な人物なんかも見かけていない。そうなると、元からこの場にいた人物……まさか、あの三人の誰かが本当に犯人で、白昼堂々襲ってきた……!?
たとえ三人の誰かが犯人だとしても、まだ明るいうちから、これだけ人目のある中で仕掛けてはこないだろうと油断していた。自身の迂闊さを呪いながら辿り着いたそこでは――
「あの、やめてください、リーリエさん……! まだ、浄化の途中で……!」
「おぉ……いい身体してますねリュイスさん。これは世の男共が放っておきませんよ!」
「やぁっ……んん……!」
繰り広げられていたのは、そんなやり取り。リュイスちゃんの背後から、桃色の髪の少女が腕を絡ませている光景。
なんだ……リュイスちゃんがリーリエちゃんに胸を揉まれてるだけか……
どうやら、他に妙なところはないようだ。一気に安心したと同時に、ドっと疲れが湧いてくる。
「うぅ……あっ! アレニエさん! 見てないで助けてください!」
「あー、うん。そうだね。ほらほらリーリエちゃん、離れてくださーい」
「えー、もうちょっといいじゃないですかー。すごくいい揉み心地なんですよ?」
「知ってるよ。揉んだことあるからね」
「って、ちょっと、アレニエさん!?」
力づくでリーリエちゃんの手から逃れながら、リュイスちゃんが「なんで言っちゃうんですか!?」という顔で抗議してくる。
「別に隠すようなことでもないかと思って」
「私はできれば隠したいんですけども!」
「え、え? お二人って、もしやほんとにそういうご関係で……?」
リーリエちゃんが少し顔を赤くしながら、けれどワクワクしながら聞いてくる。
「そうだよー」
「違います!」
「どっちですか」
正反対の答えを返すわたしたちに、リーリエちゃんが困惑した表情を見せる。それを脇に置いておいて、わたしはリュイスちゃんに近寄り、間近でその顔を覗き込んだ。
「……違うの?」
「え……や、その……全く違うとは言いませんが、その……私としては、そういう関係よりも先に、対等なパートナーとしてお付き合いしたいと言いますか……」
しどろもどろになりながらも、明確には否定しないリュイスちゃん。彼女のこういう真面目なところが大好きだ。
「というわけでリュイスちゃんはわたしのものです。勝手に胸を揉んではいけません」
「何が「というわけ」なんですか!?」
「はーい。分かりました」
「分かっちゃったんですか!?」
「お二人の仲がいいのは、十分に分かりましたよ」
「え、あ……うぅー……!」
顔を真っ赤にしながら、その顔を隠すようにベールをずり下げるリュイスちゃん。その微笑ましい光景に心が和む。
「かわいらしい人ですね」
「でしょ」
同じように彼女を見て微笑むリーリエちゃんの呟きに、わたしは自慢げに頷くのだった。
***
「――いやー、今回は助かったよ」
再び馬車に乗り込んだわたしたちは、同乗している商隊の主から歓待を受けていた。
「まさかこの人数で、あれだけの魔物をすぐさま一掃できるとは。腕前も手際も大したものだ。君たちさえ良ければ、このまま専属で雇いたいくらいだよ。他より高額の報酬を約束するが……どうだね」
ありがたい申し出ではあるけれど……わたしは一度リュイスちゃんと視線を合わせてから、商人のおじさんに返答する。
「わたしとリュイスちゃんは旅の途中でこの街に立ち寄っただけだから、悪いけどあんまり長居はできないんだ。また別の機会にね」
次いで口を開いたのは、エルフの弓手アルクス。
「私も、人を探しての旅の途中なので、申し訳ありませんが専属はお断りさせていただきます」
「あたしも、ちょっと他にやることがあるので……」
リーリエちゃんも控えめに断り、最後にシュタインに視線が集まるが――
「……断る」
それだけを口に出し、彼はそのまま黙りこくってしまう。
「そうか……残念だが仕方ない。でも、気が変わったらいつでも言ってくれよ。戦場に荷を運ぶ大事な仕事だ。優秀な人手はいつだって欲しいからな」
商人はそう言い残してから、進路を確かめるためか、御者台のほうに移動した。
それを見送ってから、わたしは先ほどなんとなく気になったことを聞こうと、アルクスに向けて口を開いた。
「人探し?」
「ええ。そうなんです。故郷を出て行った同胞を探していまして」
「同胞ってことは、あなたと同じエルフだ」
「はい。同じ村で育った幼馴染、というより、家族のような間柄でしたが……少々変わり者だったため他の村人と馴染めず、しばらく前に国を出て行ってしまったのです」
「変わり者?」
「ええ。エルフの多くは、私のように弓や、あるいは剣を扱う者が多いのですが……彼女は、エルフとしては珍しく格闘術に傾倒し、その修行にばかり明け暮れていたため、他の同胞からは距離を置かれることに……」
「へー、それは確かに変わって……ん?」
格闘術を扱うエルフ……?
「あの……その人って、見た目に何か特徴ある?」
「え? そうですね……私と同じ金色の髪を短く揃えていて、手足には金属製の防具を身に付けているのが特徴でしょうか。他国との交易で得た品を大事に使っていたので、おそらく今も身に付けていると思われますが」
「……名前は?」
「フェリーレといいます」
あー……やっぱり。
「……その人、多分うちにいる」
「うち?」
「うん……うち、パルティールの王都下層で〈剣の継承亭〉っていう冒険者の宿をやってるんだけど、そこの常連にフェリーレってエルフがいるの」
「本当ですか!?」
「手足に金属製の防具身に付けてる金髪エルフだから、多分、間違いないと思う。ちなみに、わたしの体術の師匠が、そのフェリーレ」
「そうなんですか?」
問いかけるリュイスちゃんに顔を向け、頷き返す。
「剣はとーさんに習ったけど、格闘術とか『気』の使い方とかはフェリに教わったんだ」
「パルティール……そんな所に……それでは私は、見当違いの方向に旅をして……」
大陸中央の南端にあるエルフの国からは、北へ向かえばアライアンスの街。西に向かえばパルティールという位置関係だ。出発の方向から間違っていたことに、アルクスが少し呆然と呟く。
しかしすぐに気を取り直すと、彼はこちらに感謝の意を告げる。
「ありがとうございます、アレニエさん。今まで有力な手掛かりが得られなくて少々弱気になっていたんですが、おかげで今度こそ探し出せそうです」
「どういたしまして。全くの偶然だけどね」
「いえ、これもテリオスとアサナトのお導きというものでしょう。こうして共に依頼を受けていなければ、私は今も足取りを掴めないまま
テリオスは水の、アサナトは植物の神で、二神で一対の存在だと言われている。生物の健康や長寿、自然の生育なども司っており、特にエルフに信者が多い。
「この仕事を終えて準備を整えたら、早速パルティールに向けて旅立とうと思います」
「見つけたら連れ帰るの?」
「できればそうしたくはありますが……素直に帰りはしないでしょうね。実際に見つけ出してから、どうするか考えるとします」
「そっか。まぁ、わたしもフェリにいなくなられるのはちょっと寂しいし、できればお手柔らかにお願いしたいかな」
「そうですね……善処します」
彼が殺人犯かもしれないと思い出したのは、この会話の後のことだった。まぁ、仮にそうだったとしてもフェリなら自力で撃退できる気もするし、なんならうちにはとーさんもいる。なんとかなるだろう。
***
無事に戦場に荷を運び終えた商隊は帰途につき、何事もなくアライアンスの街に帰り着いた。
既に陽は落ち、街は夕焼けの色に染まっている。
アルクスは旅立つ準備のため買い物に向かい、あとの二人は宿に直帰した。彼らと別れたわたしとリュイスちゃんは、細々とした備品(
初日はウィスタリア孤児院から宿へ直行だったため、街を見て回るのは実質今日が初めてだ。見慣れない物や光景に目移りし、歩みはどうしても遅くなる。目当ての品を全て揃える頃には辺りは既に薄暗くなり、人の通りも少なくなっていた。
「結構遅くなっちゃったね」
「すみません。初めて見る物ばかりではしゃいでしまって……」
「いいよいいよ。リュイスちゃんが楽しめたならよかった」
わたしは隣を歩くリュイスちゃんに声を掛ける。買い物は楽しめたようだが、依頼をこなした直後にそのまま連れ回してしまったからか、少し疲れている様子でもあった。早く帰って休ませてあげなきゃ。
「それで……どうでしたか? 犯人の目星は、つきましたか?」
「うーん……わたしは、今のところ全員違うような気もするし、逆に全員怪しくも見えてるんだけど」
幼い頃の経験から他人を、特に人間の内面を信じられなくなったわたしは、どんなに善良な仮面を被っている人でも、その奥には悪意を隠しているのではないかと疑ってしまう。
それは今日交流した三人に関しても同様で、実際に接してみた感触は悪くなかったが、完全に信じるには根拠が足りない。用心するに越したことはない。
といってもアルクスに関しては、心情的にはかなり疑いが晴れているのだけど。フェリーレに関する話に矛盾はなかったし、明日には早速彼女を探しに旅立つという。
仮に彼が殺人犯で、何か目的があってこの街で犯行を重ねていたとしたら、今日のあの会話だけで出立を決めはしない気がする。こちらに嘘をつく理由もない。わたしたちが事件の調査をしていると予め知っているのでもない限りは、だけど。さすがにそれはあり得ないだろう。
「リュイスちゃんは? 今日一日触れてみてどう思った?」
「私は……正直、三人共、とても殺人犯には見えません。他に犯人がいると言われたほうが納得できます」
わたしと反対に素直で純真なリュイスちゃんは、あまり人を疑うことができないのだろう。わたしは彼女のそういうところが好きなのだけど……冒険者としては、心配な点でもある。
「まぁ、まだ一日様子見ただけだしね。結論出すには早いか」
といっても、容疑者のうち一人は、明日にもこの街を出て行ってしまいそうだけど――
「――……?」
不意に、背筋にひやりとしたものを覚える。何か、視線を、そして気配を感じる。誰かがわたしたちを尾けてきている?
「……? アレニエさん? どうかしましたか?」
わたしは振り向かず、隣を歩く彼女に声だけを届けた。
「……リュイスちゃん。もしかしたら、釣れたかもしれないよ」
「釣れた? って、何が……まさか……!?」
「うん。……誰も巻き込まないように、人気のないとこに誘い込もうか」
暗さに覆われ、ただでさえ人が少ない街の中を、わたしたちはさらに人のいない場所を探し、進んでいく。
何度か十字路を曲がり、誰の姿もない路地に足を踏み入れ、しばらく歩いたところで……
「……」
いつの間にか、黒いフードとローブで全身を覆った何者かが、路地の入り口に幽鬼のように立っていた。
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