3節 調査依頼

「――殺人事件?」


「はい。神官ばかりを狙ったものが、今月だけでもう三件も起こっているんです」


 アライアンスの街の冒険者の宿、〈常在戦場亭〉は、通常のものよりかなり規模が大きく、宿と言うよりは役所のような印象を受けた。広いカウンターには複数の受付窓口が並び、大勢の客にも対応できるよう備えられているのが窺える。陽が落ちた今はさすがに人もまばらだが、日中にはもっと多くの冒険者が殺到するのだろう。


 その受付の一つでわたしとリュイスちゃんに応対してくれたのは、二十代前半ほどの穏やかそうな女性。青い髪を後ろで編み上げてまとめている。彼女に街の最近の様子や噂話を訊ねたところ、その容姿に似つかわしくない物騒な話が飛び出したのだ。


「犯人は不明。目撃証言もなし。おそらく夜間に一人で出歩いていたところを襲われ、朝になってから遺体が発見されるというケースが続いています」


 なるほど。だからライエは、別れ際にああいう風に心配していたわけだ。今度はリュイスちゃんが狙われるかもしれないから。


「魔物か魔族が街に入り込んだとか?」


「今のところ、そういった報告は入っていません。もしそれらが入り込んでいれば、もっと大騒ぎになっているはずですから」


「それはそっか。……って、ことは」


「はい……あまり考えたくはないのですが、現状では、人間の仕業を疑わざるを得ません」


「え……同じ人間同士で、ですか……?」


 女性の言葉にショックを受けたらしいリュイスちゃんが問い返す。これまでにも人が人を害する事件に触れてきた彼女だが、やはり根本的には受け付けられないし、頻繁に起こるとは信じたくないのだろう。それも、神官を狙ったものが多発しているなど。


「残念ながら、金銭欲しさに魔物の側に雇われる者や、悪魔の声を耳にして凶行に走る者なども、いないわけではありませんからね。その線ではないかと思われます。まだ、手口も動機も分かっていませんが……」


「動機はともかく、手口も?」


「遺体を検分した者が言うには、鋭い刃物のようなものによる刺し傷や切り傷が複数確認されていますが、大きさがバラバラで、凶器も特定できていないそうなんです。だから、複数犯による犯行かもしれないとも言われていて」


「ふむふむ」


「それと、傷の多さが尋常ではないとの報告も受けています。執拗に、なんらかの刃物で突き刺し、切り刻んでいるとのことで、神官に、あるいは被害者個人に強い恨みを抱いているのではないか、という意見もあります」


「なるほど。だから教えてくれたんだね」


 ちらりとだけ、リュイスちゃんに視線を向ける。

 わたしが彼女を――神官を連れていたから、こうやって注意を促してくれているのだろう。犯人については、ここまでの情報だけではなんとも言えないが……

 放っておけば、それこそリュイスちゃんに危険が及ぶ可能性はある。注意するに越したことはない。

 と、情報を頭に入れるこちらを、受付の女性が真剣な表情で見つめてくる。


「……お二人は、今日この街にやって来られたんですよね」


「? うん、そうだけど」


「それも、神官と共に旅をしている。腕も相当に立つとお見受けします……あの、でしたら」


 彼女はわたしたちにだけ聞こえるように声を潜める。


「お二人に、こちらから依頼したいことがあります。今夜、皆が寝静まった頃に、もう一度この受付に来ていただけませんか?」


 神妙な顔でそう告げる女性に、わたしとリュイスちゃんは顔を見合わせた。



   ***



「……そろそろ、いいかな。行こっか、リュイスちゃん」


「はい」


 宿泊する部屋で時間を潰したわたしたちは、夜も大分更けた時間帯にそっと扉を開け、部屋を抜け出した。


 他の宿とは規模の違うこの店だが、基本的な造り自体は変わらない。一階に受付と、食堂兼酒場。二階は宿泊施設になっている。

 二階の廊下は静まり返っていた。もうみんな寝静まっているのだろう。耳を澄ませれば各部屋から寝息やいびきが聞こえてくるが、それだけだ。さすがに廊下を出歩くような人影は見受けられない。


 普段からあまり物音は立てないように歩いているが、普段よりもう少し意識して足音を消す。こんな時間に呼びつけるということは、あまり他人に知られたくない案件なのだろう。

 見れば、隣を歩くリュイスちゃんはわたしよりかなり緊張した面持ちで、そろりそろりと足を運んでいた。見るからに足音を忍ばせるのに慣れてないその様子に微笑ましさを感じて、わたしはそっと笑みを浮かべた。


 廊下を抜け、階段を降り、一階に辿り着く。時間が時間だからか、さすがにロビーや食堂にも人はいなかった。数人が並んでいた受付カウンターも、今は業務が終了したからかガランと空いている。

 その空いた受付の一つに、彼女は座っていた。わたしたちを呼びつけたあの女性だ。

 彼女もこちらに気づいたのだろう。軽く会釈をしてから口を開く。


「……こんな時間にお呼び立てしてすみません」


「それは、まぁ、構わないけど」


「そして、来ていただいてありがとうございます。申し遅れました。私はソニアと言います」


「わたしは、アレニエ。こっちの子が……」


「リュイスです。よろしくお願いします」


 お互い簡潔に自己紹介をしてから、本題に入る。


「で、早速だけど要件は?」


「その前に、場所を移します。こちらについてきてください」


 そう言うと彼女は、受付カウンターの一部を折り畳み、通れるようにした後、中に入るよう促す。素直にそれについていくと――

 ソニアがカウンターの奥の壁の一部をいじると、壁の一部がスライドし、先ほどまではなかった部屋の入口が現れる。隠し扉だ。


 中を覗き込むと、脚の低いテーブルが一つ。それと、それを挟むようにソファが二つ置かれている。部屋自体はあまり広くない。手狭な応接室という感じがする。

 部屋に入り、促されるままソファに座ると、ソニアは入り口に鍵を掛け、自身もわたしたちの対面に腰を下ろした。


「……ここまで人目を忍ぶってことは、裏のお仕事か何かかな?」


 わたしの実家、〈剣の継承亭〉でもこうした隠し部屋があって、主に秘匿性の高い依頼や、表には出せない汚れ仕事なんかの相談に使われていたため、これもその類かと当たりをつけてみる。


「いえ、仕事自体に後ろ暗いところはありません。ですが、あまり情報を広めたくはなかったので……」


「と言うと?」


 受付の女性――ソニアは、声の響きづらい隠し部屋で、さらに声を潜めて口を開いた。


「……アレニエさん、リュイスさん。お二人には、先刻話した殺人事件について調査し、解決していただきたいのです」


 彼女の頼みに、わたしとリュイスちゃんは顔を見合わせる。


「えっと……なんで今日来たばかりのわたしたちに? 事件の調査なら、土地勘がある地元の人間のほうがいいんじゃないの?」


「今日来られたばかりだからです。事件が起こり始めたのが今から十日以上前のこと。であれば、少なくとも今日この街に辿り着いた貴女がたは、犯人ではありませんから。神官のリュイスさんもおられますしね」


 その理屈は分からなくもないし、神官を連れてる人間が神官殺しの犯人だと考えづらいのも分かるけど……


「そりゃ、わたしたちの立場からすれば「違う」としか言えないけど……そんなに簡単に信じちゃっていいの? もしかしたら、こっそり街に入り込んで事件を起こしてから抜け出して、何食わぬ顔でまたこの街に戻って来たのかもしれないよ?」


 その言葉に、ソニアは笑みを浮かべる。


「そこまで手間をかけられていたとしたら、お手上げですね。私の見る目のなさを呪うとしましょう。けれど……違うんですよね?」


「はい。私も、アレニエさんも、誓って事件の犯人ではありません」


 リュイスちゃんが強く主張する。それにソニアは満足そうに頷いてみせた。


「虚偽を否定するアスタリア神官が誓うのなら、信じられます。ですから、その前提で話を進めさせてください」


「……ま、いっか。信じてもらえるなら、そのほうがいいしね」


 わたしは一度嘆息してから、話を促す。


「それで、話を戻すけど、なんでわたしたちに? もう衛兵も捜査してるんでしょ?」


「もちろん、衛兵や他の冒険者にも依頼して調査してもらっていますが、今のところ成果は芳しくありません。手がかりの一つも掴めていないのが現状です。なので、別の角度から調べてみるべきかと」


「別の角度……それが、わたしたち?」


「はい。お二人には明日から、ある三人の冒険者と行動を共にしていただきたいのです」


 そこで、ピンとくるものがあった。


「……その三人が、容疑者ってこと?」


「その認識で間違いありません。この三人は、当宿を利用する冒険者の中で、事件が起こる直前にこの街にやって来た方たちです」


「根拠は、街にやって来た時期だけ? ちょっと乱暴な気もするけど」


「先ほども申し上げた通り、手掛かりがありませんからね。多少強引にでも、解決の糸口を掴みたい。それに、彼らの疑いを晴らす意味でも、身辺調査はお願いしたいのです。こちらとしても、できるなら顧客が犯人であるとは思いたくありませんから」


「ふむ」


「首尾よく調べがついて事件に関わっていないと判明すれば良し。その際は、また違う視点からの調査をお願いすることになると思います。ですが……」


「もしその三人の誰かが、あるいは三人共が犯人だった場合、この店も関連を疑われるし、評判にも関わる。だからできれば早めに、そして内々に処理してほしい」


「仰る通りです」


 うちも冒険者の宿を経営してるので、店の評判を心配する気持ちは分からなくもない。


「なるほどね。確かにこんな案件、この店を利用してる他の冒険者には聞かせられないし、頼めないね。最初から疑ってかかってるわけだし、もし本当に犯人が客の中にいた場合、情報が筒抜けになる」


「ご理解いただけて幸いです。それに、当宿の事情を抜きにしても、今は、大事な時期です。魔王が蘇り、『戦場』の魔物も増加している現状、人類は一丸となってこれに対処しなければなりません。内部に火種を抱えている場合ではありませんから。……それで、どうでしょうか。引き受けていただけますか?」


 わたしは意思確認のためリュイスちゃんに視線を向ける。彼女は強い意志を込めた瞳で、こちらを見返していた。


「私は、受けたいです。同じ神官が――人が殺されるような事件、早く解決するべきだと思いますし、それが、この街全体や『戦場』にも影響を及ぼすなら、なおさらです」


 そんな気はしていた。彼女にとっては殺人を止めるというだけで、引き受ける理由には十分なのだろう。でも……


「ほんとにいいの? リュイスちゃん自身が狙われるかもしれないよ?」


「それは、依頼を引き受けなくても同じでしょう? 犯人を捕まえない限り、私も、他の神官も、いつ狙われてもおかしくないんですから。それなら、私自身を囮にしてでも、事態の解決に向けて動くべきです」


「……まぁ、リュイスちゃんがそう言うなら」


 こちらとしても、リュイスちゃんの身が心配な以外は、特に異存はない。彼女のように他者の生き死にに心を痛めるわけではないが、解決した結果として報酬が貰えるなら、それはそれで構わない。この先の旅に備えるためにも、資金は稼いでおきたい。わたしはソニアに向き直り、返答した。


「分かった。引き受けるよ」


「……ありがとうございます。それでは――……」


 明日以降の調査の段取りを詰めるべく、三人で話し合う。深夜の密室に、わたしたちの声だけが反響していた。

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