【完結】勇者の旅の裏側で
八月森
プロローグ
最期の笑顔
子供のころ、好きだった絵本がある。
題名はもう思い出せないけれど、内容は、勇者が仲間と共に旅をして魔王を倒しに行く、というありふれたものだった。
強くて優しい勇者は、弱い人や困っている人の味方。
神さまが造ったというすごい剣を手にし、仲間と一緒に旅をしながら、立ち寄った村や街の困りごとを解決していく。
みんなを襲う魔物を。人に似た姿の魔族を。城を護る魔将を。最後には、一番悪い魔王も倒して、たくさんの人を助ける勇者。
そんな、どこにでもあるようなそのお話が、わたしは好きだった。
うちに一冊だけあったその絵本を、何度も、何度も、擦り切れるくらい読み返した。時には、夢の中でその続きを見ることさえあった。
ずっと、ずっと、勇者に憧れていた。
――あの日、本物の勇者に会う、その時までは。
――――
そんな昔のことが脳裏を過ったのは、目の前にしている相手が、その絵本に出てくるおとぎ話の住人だったからかもしれない。
かつて初代勇者と死闘を繰り広げたとも伝えられ、最も有名な魔族として知られている風の魔将、〈暴風〉のイフ。
その伝承の存在に戦いを挑んだわたしは今――……空に、投げ出されていた。
「――――」
全身に、痛みを感じる。軽装の鎧は露出した手足までは護ってくれず、体中に裂傷が刻まれていた。
少し遅れて、意識を追いやっていた間の記憶が脳内を駆け巡る。それで現状は把握した。わたしが見え見えの罠にかかった間抜けだってことも。
「貴様との戦は、実に有意義だった」
心なしか満足そうに息をつき、風の魔将は剣先を真っ直ぐこちらに突き付ける。逃げ場を失った獲物に今度こそ『槍』を突き立て、仕留めるために。
「貴様は我が知る限り最も優れた剣士だ。この目に捉えた技の冴え。この身で受けた傷の鋭さ。全てが我が血肉となり、この先も生き続けるだろう」
眼下から魔将が声を届かせる。それは、戦いの終わりを惜しむかのような声色で……
「(……冗談じゃない)」
体は、動く。痛みはあるが、動かせる。でも……
いくら考えても、状況を打開する手立てが思いつけない……!
「さらばだ。――よ」
まだ、死ねない。諦めたくない。
けれど、そんなわたしの想いを置き去りに、荒れ狂う螺旋の大槍と、簡素な別離の言葉が、空に張り付けられた獲物に突き付けられ……それが、とうとう撃ち出された瞬間、悟った。
「(あ――……死ん、だ?)」
わたしはあれを、避けることも、防ぐことも、できない。
数秒と経たず『槍』は到達し、
その未来を――間もなく訪れる現実を。なにより体が先に、理解してしまった。
「(……そっか。わたし、ここまでなんだ……)」
一度理解してしまうと、ついさっきまでは確かにあった抗う気持ちも、もう湧いてきてくれなかった。
時間が泥のように重くなり、周囲の光景が
手足も鉛のようなのに、意識だけはそれらに逆行するように働いている。
――ごめんね、とーさん。気をつけるって言ったのに、約束、破っちゃった……
――ごめんね、かーさん。わたし、最後まで笑えてたかな……?
――それから……
まだ出会って間もない、彼女を想う。
真面目で、素直で、世間知らずで、他の人ばかり助けようとする神官さん。
できればもう少し一緒にいたかったけど……ここで、お別れみたいだ。
「(一人にしてごめんね。……じゃあね、リュ――)」
「――――アレニエさんっっっっ!!!」
それまで
声の先に視線を向け、見えたのは……今まさに思い描いていた、少女の姿。
「(リュイスちゃん――?)」
そして彼女は、こちらに差しだすように手を掲げ、叫んだ。
「《プロテクトバンカーっっっ――!》」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
はじめまして。女剣士アレニエと神官の少女リュイスが勇者を陰から助けつつ、旅を通じて交流を深めていく話になっています。
また、RPGのお約束(勇者だけが魔王討伐に向かったり、弱い順に敵が出てきたり)に作中で理由をつけてみるのを裏のテーマに据えてみました。
☆や♡などいただけると励みになります。よろしくお願いします。
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