13節 宣戦布告
大会は午前の部と午後の部に分かれており、午前が予選、午後が本選の一日目という予定になっている。今は午前の部だ。
予選は一対一を一組として、四組が同時に戦場で決着をつける方式になっていた。多数の出場者を一戦一戦処理していては所要時間がかかりすぎるからだろう。
一回戦が始まり、第一試合、第二試合……と、予選はつつがなく進行していき、やがて第五試合が始まるというところで、見知った顔が登場する。
「お、アルムちゃんだ」
「勇者の嬢ちゃんじゃねぇか」
アレニエさんとジャイールさんが「ん?」と、お互いの顔を見合わせる。
「アルムちゃんのこと知ってるんだ?」
「ああ、前にお前んちで飲んでた時に言ったろ? 足止めに向かった時に、ちょいと顔を見てきた、ってよ」
「そういえば聞いた気もするけど」
私、その話聞いてないんですが……ジャイールさんが〈剣の継承亭〉に訪れた時というと……酔ったクラルテ司祭に絡まれて私が気を失ってた間の話だろうか。
「そういうお前も知ってんのか?」
「うん。こないだ旅先でちょっとね。守護者の中に知り合いがいたのもあって、顔見知りになって」
少しぼかしてアレニエさんが説明する。師弟の関係になったことまで言及すれば、ややこしいことになるのは明白だからだろう。
「面白いやつだったろう? あんなちっこいナリで、俺とタメ張れるくらい腕力あってよ」
「そうだね。色々面白い子だったよ」
アレニエさんの言う面白さはおそらく性格面での話なのだけど、ジャイールさんは特に気にせず話を進める。
「そうか、あの嬢ちゃんも出場してるのか。……やっぱ出りゃよかったかなぁ」
「まだ言っているのか」
ヴィドさんが少し呆れたように呟く。
「先刻も言ったが、既に受け付けは締め切られている。後悔したところで――」
「あぁ、あぁ、分かってるさ。今さらどうしようもねぇってのは。切り替えて観戦に集中するべきだってのもな。だがそれでも、勿体ねぇって思いがすぐに消えるわけじゃ――」
ワっ――!
不意に、客席から一際大きな歓声が上がる。
慌てて戦場の一角、アルムさんの組に目を向ければ、ちょうど彼女が自身の武器を納め、審判から勝ち名乗りを受けているところだった。
「おぉ、勝ったのか、あの嬢ちゃん。やるじゃねぇか」
「うん。とはいえ、まだ予選を一つ突破しただけだから、油断できないけどね」
「平気だろ。俺と正面から力比べした嬢ちゃんだぜ? 生半可な奴にゃ負けねぇさ」
その言葉が現実になったのか、アルムさんはこの後の試合も順調に勝ち上がっていった。
同じく出場しているシエラさんの姿も発見し、彼女も勝ち上がっているのを確認している。ただ……
「……例の、長髪の男性の姿は、見当たりませんね」
私は隣にいるアレニエさんにこっそりと呟いた。
以前見えた〈流視〉の情報。アルムさんを闘技場で襲う、
「残念だけど、こっちも見つけられなかった。髪が長くても鎧を着てなかったり、鎧の色が違ったり、武器が違ったりで、特徴がピッタリ合う人は見当たらなくて。……ひょっとして、出場者じゃないのかな?」
その可能性は考えていなかった。けど……
「でも、出場者以外に闘技場に出入りできる人というと……開会式の時に見た楽団や騎士団、でしょうか?」
「うーん……自分で言っておいてなんだけど、その線も薄そうだよね。特徴に合う人はいなかった気がするし。でも、そうなると……」
「おい、何をぶつぶつ話してんだ? そろそろ午前の部が終わるみてぇだぞ」
ジャイールさんの言葉で、私たちは二人共に現状を思い出す。あまり不審な言動をして変に怪しまれるのはまずい。
「そっか、もうそんな時間か。じゃあわたしたち、ちょっと行ってご飯買ってくるよ。何がいい?」
「俺らの分も買ってきてくれんのか? なら俺は肉がいいな」
「オレはなんでも構わない」
「りょーかい。行こ、リュイスちゃん」
「あ、はい」
追及を避けるためか、足早にこの場を離れるアレニエさんに、私もついていく。ジャイールさんはたいして気にも留めていないようだったが――
「……」
彼の相方、ヴィドさんが、横目で私たちに視線を送り続けていた。
***
大会が昼休憩の間に私たちも昼食を済ませ、午後の部――本選に備える。
本選はこれまでのような四組同時ではなく、一組の選手たちが戦う様をじっくりと観戦できる、闘技大会の目玉イベントだ。
円形の戦場にはここまで勝ち上がった出場者が勢揃いし、本選の開始を今か今かと待ち構えている。やがて開催式同様に騎士団が整列し、役員らしき男性が現れ、そこで開始の宣言がされるのかと思ったのだが……
「ん?」
今度は、それで終わらなかった。もう一人、新たな人物が一階の戦場に現れ、出場者たちに相対する。
「あれ?」
端正な、けれど野心的な顔立ちに、赤茶けた長い髪。全身に赤銅色の鎧を着込み、腰には武骨な大剣を提げた若い男性……
「リュイスちゃん。あれって……」
アレニエさんが件の男性を指差しながらこちらに顔を向ける。しかし私は男から目を離せなかった。そうしているうちに大会役員が聴衆を静め、声を張り上げる。
「第三代ハイラント帝国皇帝、シャルフ・フォラウス・ハイラント陛下である!!」
「「皇帝!?」」
私とアレニエさんは思わず揃って驚愕の声を上げる。歓声にかき消され、周囲には聞こえなかったと思うが。
「ほー……あれが帝国の皇帝か。なかなか腕が立ちそうじゃねぇか」
「お前はそればかりだな」
ジャイールさんの感想に、ヴィドさんが少し呆れたような言葉を返すのが聞こえた。が、今はそれどころじゃない。
「これより、陛下よりお言葉を
役員の言葉に、観客がにわかに静まる。それを確認してから、長髪の男――この国の皇帝は、口を開いた。
「――諸君!! まずは我が国が誇るこの闘技場に足を運んでくれたこと、嬉しく思う!!」
よく通る、自信に満ちた雄々しい声だった。歓声や
「この場に集まった我が国の民、他国からの旅人たち!! 今宵、諸君らは、等しく歴史の目撃者となる!!」
次いで彼は出場者の一人、アルムさんの正面に立ち、一言、二言、言葉を交わしたように見えた。そしてその後、
「!」
アレニエさんが手すりを飛び越えて客席の階段を駆け下りようとする。が、皇帝の動きは思ったよりも迅速だった。
「――これが、我々の宣戦布告だ!!」
叫びと共に、上段から振り下ろされた皇帝の大剣が、狙い
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