5節 新しい愛剣と再びの別れと
それからは、あっという間に時が過ぎていった。
朝は、アレニエさんに稽古をつけてもらう。
総本山ではクラルテ司祭の指導を受けていた。それは私などにはもったいない相手で、とても実りのある稽古ではあったのだけど………逆に言えば、司祭さま以外との経験は全くないということでもある。その経験のなさを少しでも埋めるため、アレニエさんに模擬戦形式で指導してもらっているのだ。
日中は、宿にいる他の冒険者と同じように依頼を受ける。
魔物退治に穢れの浄化。材木の伐採や荷運び。村に仕事はいくらでもあった。それら(特に魔物退治)も私の経験のなさを補うのにちょうどいいだろうと、二人で積極的に受けていった。滞在中の時間を有効に使うためと、路銀(総本山から預かった報酬の前金はまだ残っているが、使い続ければいつかは尽きる)を稼ぐためでもあったが。
夜には、業務を終えたユーニさんが部屋へ遊びに来る。
昼日中では、村の外から来た旅人はとにかく目立つ。村内で必要以上にユーニさんと接触すれば、どこからアレニエさんの正体が露見するかも分からない。そのため、こうして夜間に宿内で静かに交流することにしたのだ。
私が話に混ざることもあるが、基本的には二人の思い出話、または離れていた間のお互いの話が主題になる。
アレニエさんは、冒険者になる前の修行の日々や、なってからの体験談。ユーニさんは、代り映えのしない村での日常などを。私はそれらを、少しの疎外感を抱きながらも聞き役に徹する。せっかく長い別離を経て再会した二人なのだ。私がそれに水を差すのは本意ではない。そもそも話に割り込むのが苦手なのもあるけれど。
そんな日々がしばらく続いたある日のこと。宿に、普段は来ないお客さんが訪ねてきたと、ユーニさんが部屋まで知らせに来てくれた。
「剣が、完成したそうよ」
ハウフェンさんだ。アレニエさんの剣の修理が完了したことを、わざわざ宿まで直接伝えに赴いてくれたらしい。
「ほんと? 行く行く」
言伝を聞いたアレニエさんは、早速とばかりに部屋を飛び出していき、一階ロビーで待っていたハウフェンさんと合流する。少し遅れて私も後に続き、部屋を退出したのだが、その途中ですれ違ったユーニさんは……
「――……」
彼女は、外に向かうアレニエさんの後ろ姿を、なぜか浮かない顔で見つめ続けていた。
***
宿を出た私たちは、ハウフェンさんの工房の前までやって来ていた。
工房から村までの出入り口であるこの場所は、人通りが少なく、邪魔な物も少ない拓けた場所になっている。ハウフェンさんはそこで、鞘に納まったままの〈弧閃〉をアレニエさんに手渡す。
「おー……これが、新しい〈弧閃〉?」
「あぁ。実際に手にして確かめてみてくれ」
促され、アレニエさんは鞘から剣をゆっくりと引き抜く。
緩やかな反りの入った優美な片刃の剣。鈍色の剣身が陽の光を受け、周囲にギラリと反射させている。
見た目は前と全く変わらない。少なくとも私にはそう見えた。彼女もそれを確かめたのか、次には構えをとってみたり軽く振ってみたりして、重さや扱いやすさを見定めていく。
「――うん。しっくりくる。注文通りだ。さすがライセンのお師匠さんだね」
「そうだろう」
彼女の称賛にハウフェンさんは腕を組み、胸を張る。
「でもこれ、本当に前と変わらない感じなんだけど、例の気鉱石っていうのは使ってあるの?」
「もちろん混ぜ込んだとも。そいつはな、一定以上の『気』を流し込んで初めて反応するようになっとる。お前さんが本気で振るった時だけ、その剣は真価を発揮するんだ」
「へぇ……」
「というわけでだな。ちょいと儂にもそいつの切れ味を見せてくれんか」
「あぁ。だから外で渡したんだ?」
「そういうことだ。試し切りはなにがいい? この枯れ枝などちょうどいいか?」
ハウフェンさんは足元に落ちていた枯れ木を拾って掲げてみせる。しかしアレニエさんはそれに首を横に振った。
「それもいいけど……どうせなら、そっちのほうが斬り応えあるかな」
そう言って彼女が指し示したのは、手の平には余る程度の大きさの石だった。ハウフェンさんはそれを素直に拾いに行き、片手で掴み上げ、手の中で弄ぶ。
「こいつを、か?」
「うん。それくらい簡単に斬れるようじゃなきゃ、また修理する羽目になるかもだからね」
彼女の脳裏に浮かぶのは、石の魔将カーミエと戦った際の記憶だろう。金剛石――ダイアモンドの盾に妨げられ、彼女の剣はその刃を砕かれた。再びそれと相対した時を想定しているのだろう。
「よくは分からんが……分かった。こいつをそっちに向けて放ればいいんだな?」
「うん、お願い。投げた後は危ないからちゃんと離れててね。……それじゃ、どうぞ」
アレニエさんの言葉に頷き、ハウフェンさんが石を放る。放物線を描くそれに彼女は狙いをつけ……
「……――ふっ!」
アレニエさんの呼気が短く響いた。そう思った瞬間には、既に彼女の剣は振り切られていた。遅れて、剣閃の残像が不自然に視界に焼き付けられ……
……――ゴトン
と音を立てて、石が落ちる。
そうして地に落ちてから初めて、一つだった石は二つに割れ、綺麗な切断面を残して地面に転がる。
「……なるほど。『気』を込めるとこんな風になるんだ」
そう言う彼女が手に持つ愛剣〈弧閃〉は……刃の外側にもう一層、光とも炎ともつかない輝く刃を出現させ、その剣身に纏わせていた(このあたりで『気』の刃はフっと消えてしまった)。
「あぁ、儂の自信作だ。使用者の『気』を伝達させ、余剰分を刃として形成する剣。しかし、お前さんこそ見事な腕だ。石をここまで綺麗に切断できるのもそうだが、余程上手く『気』を練らなきゃ、今のようなしっかりした形にはならん」
ハウフェンさんが『気』の刃を失った〈弧閃〉を目にしながらそう語る。次いで彼は、斬られた石を拾い、その切断面をマジマジと眺める。剣の切れ味ももちろんだが、アレニエさんの技量によるところが大きいのだろう。
「一応、これだけが取り柄だからね」
アレニエさんはなんでもないように言葉を返すが、ほんの少し嬉しそうでもあった。照れ隠しのように、彼女は生まれ変わった愛剣に視線を送る。
「うん。いいね、新しい〈弧閃〉。すごくいい」
「そうか、そうか。満足してもらえたようでなによりだ。儂も久しぶりにいい仕事ができた。弟子の成果にも触れられたしな」
「下層に帰ったら、お師匠さんが褒めてたって伝えとくね」
「ああ、よろしく頼む。お前さん方も元気でな。また近くに寄ったら、いつでも訪ねてきてくれて構わんぞ」
「うん、ほんとにありがとね」
「お世話になりました」
私たちは礼を述べ、ハウフェンさんの工房を後にした。
***
「……おかえり、レニちゃん」
工房から宿に戻ると、迎えてくれたのはわずかに暗い顔を見せるユーニさんだけだった。他の客は今は出払っている。
「ただいま、ユーニちゃん。……どうかした?」
挨拶に応じるアレニエさんだったが、すぐにユーニさんの浮かない顔に気づいたようだ。何かあったのか問いかける。
ユーニさんはそれにしばらく沈黙し……わずかに間を空けてから、躊躇いがちに口を開いた。
「……その……剣の修理、終わったみたいだね」
「うん」
「……ということは……二人とも、もう、ここを出て行っちゃうの?」
「(……あ)」
そうだ。私たちはアレニエさんの剣が直るまでこの村に滞在していただけであって、それが終わった今は再び旅に戻らなければいけない。
「……うん。そうなるね」
アレニエさんもそれに気づいたのか、わずかに神妙な声で肯定する。
だからユーニさんは、ハウフェンさんが来た時から暗い顔を見せていたのか。再会できた親友と再び別れなければならないから。戦う術を持たないであろう彼女では、この村を出て自分から会いに行くのも難しいだろう。
「この村で、ずっと暮らすのはダメなの? 依頼の途中で立ち寄った、って言ってたけど、それが終わってからなら……」
旧友との別れは受け入れ難く、彼女は必死に引き留めようと手を伸ばす。しかし……
「ごめんね」
アレニエさんはそれを、動じることなく言葉で振り払った。
「ユーニちゃんともう一度会えたのはほんとに嬉しかった。一緒にいたい気持ちもあるよ。でも……村の他の大人たちは、まだ怖い。長居していたら、わたしのことを思い出す人も出てくるかもしれない」
「それ、は……。……」
「それに――」
「……それに?」
「わたしにも、帰る家ができた。かーさん以外の家族もできたんだ。今の依頼が終わったら、そこに帰って無事な顔を見せなきゃいけない。だから……この村には、残れない」
そう語るアレニさんの横顔は寂しそうでもあり、わずかに誇らしげであるようにも見えた。義父であるオルフランさんと、彼が経営する〈剣の継承亭〉のことを、本当に大事に思っているのだろう。
「……そっか……」
ユーニさんは少し悲しげに、けれどどこか納得したような表情で頷く。
「そんな顔しないでよ。遠いし、頻繁には無理だけど、たまには遊びにくるからさ」
「うん……」
「まぁ、こんな仕事だし、ちゃんと生きて帰れたらの話なんだけどね」
「もう……そこは、自信もって帰るって言ってよ」
目の端に涙を浮かべながらも、ユーニさんが笑う。
「分かった、もう引き留めない。いつかまた、うちに遊びに来てくれるのを待ってる」
「うん。気長に待ってて」
そうして二人は、お互いに笑顔を浮かべる。
その後私たちは一度部屋に荷物を取りに戻り、出立の準備を整える。それからすぐに戻った一階ロビーには、私たちを見送るべくユーニさんが待機していた。彼女がアレニエさんに問いかける。
「次に向かう場所は決まってるの?」
「とりあえず、この国の帝都〈デーゲンシュタット〉に向かうつもり。ちょっと情報収集もしときたいし」
「そう……気を付けてね。嘘か本当か分からないけど、魔王がほんの十年で目覚めた、なんて噂もあるし、他にも何があるか分からないから」
「あー……うん。そうだね。気を付けるよ」
どうやら、勇者や魔王の噂はこの村にはあまり届いていないみたいだ。まさかその噂が真実で、しかも私たちがそれに関わっているとは、ユーニさんも思わないだろう。
「リュイスさんも。気を付けてね。それから、レニちゃんのこと……」
「はい、任せてください。アレニエさんは、私が護りますから」
「……うん。任せたよ」
少し大きな口を叩いた気もするが、これは揺るぎない私の本心であり、決意だ。ユティルさんからも同じように頼まれているし、私自身もそうしたい。そして帰るんだ。アレニエさんと一緒にあの街に。
「それじゃあユーニちゃん。また、ね」
「……うん。また」
そうして彼女たちは別れの、けれど再会を約束する挨拶を交わし、再びそれぞれの生活に戻る。
ユーニさんは、変わらない村での日常に。そして私たちは……
「じゃ、行こっか。――勇者を助けに」
「はい」
危険に挑む冒険者として、勇者を陰から助ける生活に戻るのだった。
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