3章
1節 思わぬ再会
「《プロテクション!》」
法術によって生み出した光の盾を両手に携え、私は襲い来る魔物を迎撃する。
棍棒や石製の刃物を持って襲ってきたのは、緑色の肌に尖った耳を生やした人型の魔物――ゴブリンの群れ。彼らの攻撃を両手の盾で受け止め、逸らし、態勢が崩れたところに光の盾を纏った拳を打ち込む!
ゴっ!
「ギエっ!?」
司祭さま直伝のプロテクション・アーツ。武術と法術を組み合わせた格闘技で数体のゴブリンを相手取る私だったが、如何せん相手の数が多い。二匹ほどを討ち漏らし、侵入を許してしまう。が、その先には……
「アレニエさん!」
「はいはい」
キン――!
名を呼ばれた女性は、刃も柄も黒い剣を左腰から引き抜いたかと思うと、近づいてきた二体の魔物をあっという間に切り伏せてしまう。
「よし、終わり、っと」
アレニエさんが黒剣を鞘に納めながら呟く。二体のゴブリンはどちらも綺麗に首をはねられていた。その様を目にし、死を目前にした際の衝動がわずかに首をもたげるが、努めて我慢し、振り払う。
「リュイスちゃんのほうも終わった?」
「はい、なんとか……」
リュイスは、私の名だ。フルネームはリュイス・フェルム。年齢は今年で十六を迎える。
肩まで届く栗色の髪を白のベールに覆い、同じく白の聖服をその身に纏った私は、〈アスタリア神殿教会正殿〉――通称、総本山に務める神官の一人だ。今はとある任務を預かって、この遠く離れた北の大地まで足を伸ばしている。
「さて、死体は一まとめにしておいて、
そう言って手際よく魔物の死体を運び始めたのは、私よりいくつか年上の女性、アレニエ・リエスさん。私の旅のパートナーだ。
あちこちが跳ねたショートカットの黒髪。髪と同じ黒い瞳は、垂れた目尻が優しそうな印象を与える。
私よりほんの少し高い身長を、白い軽装の鎧で覆っている。ただし、左手の篭手の色だけは黒だった。腰の後ろには左右に二本の剣を提げており、彼女が剣士であることを主張している。
彼女は魔物の死体を集めて山にすると、両手をパンパンと払いながらこちらに振り向く。
「よし、完了。リュイスちゃん、《火の章》の準備、頼めるかな」
「はい。……《天則によって力強い火に我らは願う者です。最も迅速にして強力なその火が、信徒には明らかな助けとなるように、
黒い煙のようなもの――穢れを漏れ出させている死体を目の前に、私は祈りを唱え始めた。
――――
死体は穢れを生む。それは病毒を撒き散らし、土地を腐食させ、周辺に新たな死をもたらす。特に魔物の死体は、多量の穢れを発生させる。
神殿では、法術による神の炎で焼き清めることにより、穢れを処理するよう神官たちに教えている。穢れを浄化できるのは、基本的には神官が扱う《火の章》だけだからだ。
なので旅人、特に冒険者は、大抵一人は神官を供に連れて行くことを推奨されている。魔物の死。仲間の死。――自身の死。死に触れる機会が多い職業だからだ。
アレニエさんにとっての私も同じ関係ではあるが、私たちにはもう一つ、旅を共にする理由がある。彼女は、私の依頼を受けてくれた雇われ人でもあるのだ。――勇者を陰から助ける、という依頼の。
――――
――穢れが燃えていく。法術の白い炎に焼かれ、混ざり、空に溶けるように消えていく。
遺体は骨も残さず灰に変わり、ついにはそれも風に散る。『穢れが寄り集まったもの』と言われる魔物
浄化を終えた私はアレニエさんに向き直り、ぽつりと呟く。
「……段々、道中に魔物が増えてきた気がしますね」
この国に入ってから、もう数回魔物に襲われている。私たちがやって来たパルティールという国は魔物がほとんど現れない(女神の守護だと言われている)土地のため、こんなにも違うものかと驚いている次第だ。
「ここら辺は元々魔物が多い土地らしいけど、魔王が復活した影響もあるのかもね」
魔王――魔物たちの王は、歴代の勇者によって何度も討たれているが、およそ百年の周期で再び蘇ってしまう不滅の存在だ。しかも問題はそれだけではなく、魔王はそこに在るだけで、世界中の魔物を活発化させ、増殖させると言われているのだ。魔物の襲撃が増えたのは、そのせいもあるのかもしれない。
「まぁ、それはともかく――」
アレニエさんが街道の前方を見やる。そこには周囲を木の柵で囲まれた、一つの村があった。
「やっと、着きましたね……」
私は目的地である村を遠くから一望しながら、溢れ出る疲労を隠さずに口を開いた。
「結構遠かったねー」
反対にアレニエさんは、疲労を感じさせない落ち着いた声で返答する。このあたり、単なる基礎体力の違いなのか、冒険者としての経験の差なのか、いまだに分からないでいる。
――――
私たちがやって来たのは、この大陸で唯一の皇帝が治める国〈ハイラント帝国〉。その南東部に位置する村、ホルツ村だ。
人口五十に満たない小さな村だが、近隣に広大な森林――ノルト大森林が広がっているため、木材を加工・輸出することで村民の生計を賄っている。
また、付近の山に鉄鉱石の鉱脈があり、その輸送路の線上にこの村が位置するため、良質な鉱石が入手しやすいという。
材料となる鉱石、燃料となる木材、と条件が揃っているため、鍛冶を志す者も存在するらしいが、利便性から大きな街に移住する者も少なくないという。
――――
そのホルツ村の前まで辿り着いたはいいのだが……アレニエさんの様子が、どこかおかしい。なにやらきょろきょろと辺りを見回しては、しきりに首を傾げているのだ。
「なんだろ、なんか変な感じ……見覚えあるような……? でも、この辺来たことないし……うーん……」
本人にも理由が分からないらしい。どうやら、なんらかの既視感を覚えているようなのだけど……
「……まぁ、いっか。とりあえず、例の鍛冶師を探す、でいいかな、リュイスちゃん」
気にはなるものの、はっきりとはしないため、当初の目的を片付けることにしたらしい。それに愛剣を早く直したい(先日の戦いで折れてしまったのだ)からか、心なしソワソワしているようにも見える。
「はい、構いませんよ。ちょうど門番の方がいますし、あそこで聞いてみましょうか」
村の入り口には、おそらく警備に雇われたであろう青年の冒険者が門番として立っていた。私たちはそちらに近づき、彼に話を聞く。
「あのー」
「なんだい、あんたら。旅人かい?」
「そう、旅人。さっき着いたばかりなんだ。それで、人を探してるんだけど」
「人?」
「この村に、ハウフェンって鍛冶師がいるって聞いたんだけど、どこにいるか知ってるかな」
「ああ、あの爺さんの客か。爺さんの工房なら、村の西の外れにポツンと一軒だけ建ってるから、行けばすぐわかると思うぜ」
「ありがと。行ってみるよ」
門番の彼に礼を言い、私たちは早速件の鍛冶師を訪ねることにした。
***
「そうか、お前さんライセンの知り合いか!」
ガッハッハと豪快に笑いながら私たちを出迎えてくれたのは、浅黒い肌を作業着に包んだ、白髪交じりの人間の男性だった。身長はそこまで高くないが、鍛冶で鍛えられたであろう身体は引き締まり、見る者に威圧感を与える。
「……」
「ん? どうした、神官の嬢ちゃん。儂の顔をじっと見て」
ぼーっと彼の顔を眺めていた私に、本人から
「あ、その、すみません不躾に。ライセンさんはドワーフと聞いていたので、師匠さんもそうなのかと勝手に思っていまして……」
師匠――ハウフェンさんは、納得したようにあぁと一つ声を上げると、私の疑問に答えてくれる。
「やつはな、異端のドワーフなんだ」
「異端?」
「ドワーフは基本的に斧やハンマーなんかの武骨で重い武器を好む。使うにしろ、造るにしろ、な。他の武器を打つこともあるが、ほとんどは手慰みだ。ライセンは、そんな中では珍しく、剣を打つことを本懐にしたドワーフだ。たまたま流れ着いたこの村で、剣を主に打っていた儂に弟子入りを志願してきた」
「だから、師弟の間柄に……」
「ああ。短い間ではあったがな。やつは鍛冶の修行と同時に、安住の地を求めてさまよっていた」
「……安住?」
「ある程度の地域差はあるが、ドワーフの趣味趣向は大まかには変わらない。特にやつの故郷では激しく迫害されたらしくてな。住処を追われ、各地を流れていたそうだ」
「……」
どこであろうと程度の差はあれど、差別や迫害は存在する。ライセンさんもそれらに晒されてパルティールの王都下層に辿り着いたのだろう。そこは、様々な歴史的背景から各地を追われた人々が逃げ込む先でもある。その過程や結果として今の人間関係があるのは、ある意味で不幸中の幸いなのかもしれない。
「今は、下層でそれなりに楽しく暮らしてるよ。この剣もライセンが打ってくれたしね」
そう言うとアレニエさんは、折れた愛剣〈弧閃〉を鞘から引き抜き、ハウフェンさんに手渡す。彼はそれを角度を変えながらじっくりと眺めていく。
「あぁ、いい剣だな。それによく使いこまれている。……そうか。パルティールにいると便りは届いていたが、元気でやっているようだな」
剣から彼の近況が伝わっているかのように、しみじみと〈弧閃〉に見入るハウフェンさん。次いでその視線が、破損個所に向けられる。
「さて、用件はつまり、こいつの修理ってところか?」
「うん。直せるかな」
「継ぎ足せるかって意味なら、無理だ。こうまで折れちまってるなら、
「そっか……うん、しょうがないか。けど、新しく打つにしても、なるべく形とか重心とかは同じにしてほしいかな」
「ふむ。ふむ……なら、こういうのはどうだ?」
そう言うとハウフェンさんは、部屋の隅から鉱石を一つ取り出し、アレニエさんに見せる。
「これは?」
「『気鉱石』って名前の鉱石だ。硬さや加工のしやすさが鉄と同程度というのも見どころだが、こいつにはもう一つ特徴があってな」
「特徴?」
「こいつはな、『気』に反応するんだ。『気』の伝導効率がほかの金属とは比べ物にならない。なんでも、知らずにこいつを掘っていた発掘者が『気』を込めてつるはしを振るったところ、そいつに反応して鉱脈が軽く爆発したとか」
「えーと……大丈夫なの、それ?」
「なに、すでにある程度研究は進んでいてな、『気』の伝達に指向性を持たせる方法も分かっている。武器に応用すれば、その切れ味や威力を大幅に底上げすることも可能だぞ」
「つまり、わたしのかわいい〈弧閃〉ちゃんをその気鉱石とやらで打ち直したいと」
「うむ。どうだ?」
アレニエさんは少しの間考える仕草をしていたが……
「――面白そうだね」
次には興味にキラリと目を輝かせ、ハウフェンさんと修理のアイディアを互いに出し合っていた。
そういえばアレニエさんはこういう人だった。火打金(と、火打石)を仕込んだブーツも面白そうという理由で買ったそうだし、私のことも同じように言って大声で笑っていた。
彼女の「面白い」の基準はよく分からないが、本人が納得してるなら構わないのだろう。剣を打ち直してくれる約束を取り付け、私たちはハウフェンさんの工房を後にする。
「さて、剣が完成するまではこの村に滞在するとして……次は、宿を探さないとだね」
***
村唯一の宿〈森の恵み亭〉は、村の入り口からさほど離れていない場所に建てられた、二階建ての宿だった。早速二人で中に入ったのだが……建物内部を見渡したところ、中には客や店員どころか、店主の姿すら見当たらない。
「すみませーん。宿を取りたいんだけどー」
「はーい」
アレニエさんの呼び掛けに、カウンターの奥から若い女性の声が返ってくる。少ししてからパタパタと足音を響かせながら現れたのは、声の印象通りの綺麗な女性の姿だった。
ふわふわとした金の長髪を、三つ編みにして後ろに垂らしている。年の頃はアレニエさんと同じくらいだろうか。店主にしてはかなり年若く見えたが、他に出てくる人はいなかった。
「ごめんなさいね、夕食の仕込みをしていたの。この時間、普段はあまりお客さんも来ないものだから……」
言われてみればここまでに見た村内の冒険者は、門番をしていた彼や、同じく警備に雇われたであろう数人くらいだった。冒険者の宿としては、あまり活発ではないのだろう。
「泊まるのは貴女たち二人だけ? 部屋は二階の一番奥が空いてるから、そこを……――」
該当する部屋の鍵を手にし、そこまで口にしたところで、推定店主が唐突に押し黙った。どうしたのかと様子を窺うと、彼女の視線はアレニエさんに向いたところで、その動きをピタリと止めていた。その口から、躊躇いがちに呟きが漏れる。
「……レニ、ちゃん……?」
「へ? なんでその呼び方を……。……――っ! ユーニ、ちゃん……!?」
二人はしばらくの間、衝撃を受けたようにお互いを見つめ合う。わずかの間、時間が止まったようにすら感じた。その膠着を先に破ったのは、アレニエさんだった。
「――部屋は二階の一番奥、だったよね? わたし、先に行ってるから」
「あ……待っ――」
一方的に宣言し、いつの間にか女性の手から鍵を受け取って(同時に宿代も置いて)いたアレニエさんは、彼女の制止の声を振り切るように歩を進め、階段の先へと一人消えてしまう。
私は、気まずい空気にどうしていいか分からず、とりあえず女性に会釈だけして、アレニエさんを追うことにした――
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