13節 石の猛威
男の様子は階下の仲間たちと同じく、その身に複数の丸い穴を空けられた、無惨なものだった。傷口から夥しい血が流れ出て、床を赤黒く染めている。
「――……っ!」
隣にいるリュイスちゃんが体を強張らせるのが分かった。彼女も気づいたのだろう。男が既に事切れていることに。
「……ん? なんだ、お前ら。どこから入ってきた? この中にいるのはこいつで最後だと思ってたが」
建物内に残された最後の一人、正体不明の少女がこちらに気づき、横目に視線を向けながら声を届かせる。
砦には似つかわしくない黒のドレスに、透き通るような白い肌。金色の髪をなびかせた頭部からは、左右に硬質な角を生やしている。
状況的に、彼女がこの砦内の暗殺者を殺した張本人だろう。それに頭から伸びる二本の角。おそらく、魔族だ。
「こいつの仲間か? それとも、お前らのどっちかが勇者か?」
勇者を、狙ってる……? いや、まあ、極論どの魔族だって勇者の命を狙ってておかしくないんだけど……まさか、また魔将ってことはないよね?
「わたしが勇者だ、って言ったら、どうなるのかな」
興味本位で聞いてみる。
「あ? そんなもん、この場で殺すに決まってるだろ」
「勇者じゃなかったら?」
「見られちまったからには、やっぱり殺す」
どっちにしても殺すんですね。
分かってはいたが、魔族とは会話が通じても行きつく先は変わらない。うちのかーさんみたいに本能が極端に薄い個体でもない限り、争うのは避けられないのだろう。
「で? 結局お前らは勇者なのか?」
「どっちにしろ殺すなら、どっちでも一緒じゃない?」
「……そういやそうか?」
怪訝な様子で、けれどちょっと納得しそうな魔将。なんか口八丁で丸め込めそうな気配がある。
どっちでも一緒とは言ったものの、実際には「勇者を始末した」という事実のあるなしは、戦の今後を左右する重大な情報だ。人類は新しい勇者が選ばれるまで防戦を余儀なくされ、魔物側はその間にこれ幸いと攻め込んでくるだろう。
だからこそ、勇者の命は護らなければいけない。わたしにとっては可愛い弟子なのだから、なおさらだ。
「まぁ、いい。確かにてめぇの言う通り、殺すのには変わりねぇんだ。勇者かどうかは、後で確認すりゃいい。キヒヒ……光栄に思えよ。あたしは〈岩石〉のカーミエ。石の魔将さまが、わざわざ相手してやるんだからなぁ」
「石の魔将……?」
少しだけまさかとは思ったけど……ほんとに魔将だったの? 自分の引きの悪さにちょっと気が滅入る。
が、わたしのその様子をどう受け取ったのか、少女が唐突に声を荒げる。
「てめぇ、なんだその反応は! この石の魔将さまに不満でもあんのか!」
「いや、別に出会ったばかりで不満もなにもないけど」
「確かにあたしは空位になった地の魔将の席を奪ったが、だからって他の魔将に引けをとったりしねぇ! こいつはあたしが実力で勝ち取ったもんだ! なめてんじゃねぇぞ!」
少女――石の魔将カーミエは一方的に捲し立てると、次いでぶつぶつと何事か呟く。
「クッソがぁ……どいつもこいつも『石』ってだけでバカにしやがって……! 確かにイフなんかに比べりゃ名は知られてねぇが、それもこれまでの話だ……! 今に目にもの見せてやるからな……!」
なんか、こう……魔将もいろいろ苦労してるんだなぁ。確かに〈暴風〉のイフと比べたら、石の魔将って聞いたことないものね。
しかし彼女が本当に魔将だというなら、警戒は最大限にするべきだ。砦内の暗殺者がどうやって殺されたのかもまだ判明していない。石の魔将と言うからには、石を操るのだと思うけど……。……石。石造りの、砦……!?
「はぁ、はぁ……あたしとしたことが取り乱しちまったが、そういうわけだ。てめぇらには、あたしの名を広める礎になってもらう。さぁ、こいつらみたいにいい悲鳴聞かせてくれよ、キヒヒヒ……!」
その笑い声と共に、前方の床石がわずかに鳴動し……次には形を変え、鋭い石の槍となってわたしを襲う!
「――!」
馬上槍ほどの大きさの鋭い円錐。それを寸でのところでかわしたわたしは、反撃のために相手に目を向けるが……
石槍は、一本だけではなかった。
魔将の足元からわたしがいる場所までを埋め尽くすように無数の石槍が床から生え、こちらを串刺そうと地を走り来る。
「リュイスちゃん、下がって!」
そう叫びながら、わたしも慌てて後方に下がる。
それを追うように石槍の絨毯が迫ってくるが……ある程度離れたところで、その動きが止まる。操作範囲の限界だったのか。魔将が意図して止めたのか。
「キヒヒ……よく避けたな」
その声が届く頃には石槍は縮み、元の建物の床に戻っていた。
「いい場所だろ? ここならあたしの魔術は使いたい放題だ。触媒はそこら中にあるからな」
得意気に語る石の魔将カーミエ。確かに、周囲全てが彼女の攻撃手段に成りえるのだとしたら冗談じゃない。一旦ここから脱出するべきかもしれないが……
「おっと、逃がしゃしねぇぞ」
言葉と共に、背後から石が擦れるような音。ちらりと目線を向ければ、通路の石材がガタゴトと移動し、先刻まではなかった壁を造り、逃げ道を物理的に塞いでいた。
「この砦にノコノコ入ってきた以上、もうてめぇらはあたしの腹ん中なんだよ。おとなしく消化されやがれ」
「そう言われて、おとなしくされると思う?」
「ま、そりゃそうだわな。いいぜ、精々抵抗してみるんだな」
魔将が言葉と共に手をかざすと、再び床がわずかに鳴動し、そこから次々に隆起した石槍がこちらに迫る。
「っ!」
その全てをなんとか避けていくが、石槍は絶え間なく断続的に繰り出され、休む間をわたしに与えない。しかしそれは、こちらの反撃の芽を摘むため、というより……
わたしは串刺しにされるのを避けながら、抱いた疑問を魔将に叫ぶ。
「わたしたちを始末する気なら、岩で圧し潰したほうが早いんじゃないの!?」
「キヒ! そんなことしちまったら、てめぇとの遊びがすぐに終わっちまうだろうが! おら、おら、もっとうまく避けてみせろよ!」
やっぱり、相手は遊んでいる。こちらが避けられそうなギリギリの箇所に石槍を突き出し、当たるかどうかを一方的に楽しんでいる。
避けられなかった場合の結果がおそらくは、一階の死体の死因になるのだろう。人体を貫き、空洞を空け、その後はただの石材に戻ってしまう……
そうして最後に突き出された槍を大きく後ろに跳んでかわし、リュイスちゃんのところまで下がらされたところで、ようやく悪趣味な遊びが終わる。
「お前、いいな。こいつらよりよっぽど面白ぇ」
言いながら魔将は、足元の物言わぬ死体を足蹴にする。
「っ! 貴女……!」
目の前で死者を愚弄され衝動を刺激されたのか、リュイスちゃんが怒声を上げる。しかしそんなことで魔将が悪びれるわけもなく、足蹴にした死体をさらに踏みにじる。
「なんだ、同族意識ってやつか? この程度でいちいち頭に血を上らせるんだからご苦労なこったな。キヒヒヒ!」
「……!」
リュイスちゃんの肩に手を置き、その場を動かないよう引き留める。そうしなければ彼女は、今にも怒りで飛び出していきそうだった。
「実際、いいところで勇者の死の匂いがしてくれたもんだぜ。結界ギリギリまで接近するなんざダリぃと思ったが、ここなら存分に力を振るえる」
その言葉は、簡単には看過できないものだった。手短に息を整えながら、わたしは疑問を口にする。
「……あなたが、『死の匂いを感じ取れる』っていう、〝あの女〟?」
「あ? あたしは違ぇよ。そいつはルニアって名の陰気女の加護だ」
ルニア。また別の魔将の名前か。
つまりは、どこかでその女魔将をどうにかしないと、毎回アルムちゃんの死の匂いがするところに刺客を送り込まれてしまうのだろう。
「つーか、なんでそんなこと知ってやがる。魔族の間でもそんなに広まってねぇ情報だぞ」
「さて、なんででしょう?」
「……言うつもりがねぇならいいさ。勇者かどうか調べるついでに、それについても聞き出してやる。だから――喋れる程度に死んでくれやがれよ」
そう言って、魔将はこちらに手をかざす。わたしの足元の床がかすかに揺れて、魔術の兆候を知らせてくる。
このままここに留まれば、一階で見た死体と同様の骸を晒すことになる。だからわたしは素早く地を蹴り、前方に駆け出した。
一瞬遅れて背後から石が隆起する音。が、それには構わず真っ直ぐ走り続ける。
魔将はそれを鼻で笑いながら次なる魔術を発動させる。目前の床が揺れ、生み出された石槍が、こちらの進路を塞ぐように突き出される。
が、わたしは右側の壁に向かって跳び、その一撃をかわす。
「キヒ! なら、これはどうだ!?」
次いで、壁に向かって手をかざす魔将。周囲の床や壁が震え、今までより細く鋭い石の棘が無数に生み出される。が……
わたしはそれが生み出されるより早く壁を蹴り、反対側の壁まで跳んだ。
「んなっ――!?」
相手の驚く声を聞き流しながら、今度は左側の壁を蹴り天井へ。そうして床を、壁を、天井を、縦横無尽に砦内を跳び渡りながら石の魔将に接近し――
キンっ――!
跳躍の勢いと全身の力を『気』に変え、すれ違いざまに愛剣で魔将の首を斬りつける。
「ガっ!?」
――浅い。
寸でのところで避けられたらしく、斬撃は首を半ばまで切り裂くに留まっていた。斬り落とすつもりで振るったのに。
「てめぇ!」
傷口から血を噴出させながら、カーミエはこちらに手を突き出し、魔術を発動させる。わたしは着地後すぐに反転し、迫りくる石の刺突をかわしながら接近。再度、すれ違うように剣を振るう。
「グアっ!?」
先刻より警戒されていたためか、今度は首にまで斬撃は届かず、防ぐために突き出されたであろう右腕を切断しただけだった。
「グっ……!」
右の肘から先を失い、ボトボトと血を垂れ流す石の魔将。首の傷も決して浅くはなく、どちらも人間であれば致命傷になりえるものだ。しかし……
「てめぇ……」
傷を負いながらも、それには構わずこちらを憎々しげに見やる魔将。その表情に死相はいまだ遠く、戦意もまるで失う様子がない……
「てめぇ! その剣、神剣でもなんでもねぇ、普通の剣じゃねぇか!」
……気になるのはそこなの?
「ってことは勇者じゃねぇんじゃねぇか。チっ、せっかく名を上げるチャンスだと思ったのによぉ」
そう文句を述べる魔将の首の傷は、既に塞がり始めている。
床に落ちた右腕も魔術で操った床石に運ばせ、あっさり右肘と接着させていた。以前戦ったイフと同じく、この程度では命を奪うところまでいかないのだろう。
「それとも、そのもう一本の剣が神剣か? ……いや。妙な魔力は感じるが、やっぱり神剣て感じはしねぇな。……しねぇんだが……どこかで、見たような……」
わたしの腰に提げられたもう一本の剣、黒剣〈ローク〉を指して怪訝な表情を見せる石の魔将。
「イフが持ってたからじゃない?」
「あー、そうだ。イフの野郎が持ってた剣か。すっきりした……って、なんでてめぇがそれを持ってるんだ?」
「イフを倒したの、わたしだからね」
「マジかよ!」
カーミエは吹き出し、天井を仰いで笑う。
「てっきり勇者に返り討ちにあったかと思ってたらあの野郎、それ以外の人間にやられてたのかよ! キヒヒ! 原初の魔将だからって偉そうにしてやがったくせにざまぁねぇぜ!」
原初の魔将、というのは初耳だけど……目の前の少女の言動を見るに、魔将の中でもなにかしらの上下関係があるのかもしれない。
「ずいぶんと余裕そうだね。あなたの首をもう何度か落とすだけなら、わたしにだってできそうだけど?」
カーミエはそれまで浮かべていた笑みをピタリと止め、表情を消す。
「……調子に乗んじゃねぇよ。確かに人間にしてはやりやがるが、てめぇらみてぇな魔力の少ねぇ雑魚にあたしがやられるわけねぇだろ」
一度は消した表情に、にやりと笑みが浮かぶ。
「それに……てめぇら人間は、こういう手に弱ぇんだろ?」
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