11節 気になる顛末
「……あった」
砦までの道は獣道とそう変わりなく、下草を踏み越えながら進まねばならなかったが、そのおかげで先行する何者かの痕跡は残りやすくなっていた。
真っ暗な森の中を、法術の明かりを頼りに足取りを捜索していたわたしは、砦への道から逸れて横道へ進む足跡を見つける。
砦へ続く道のほうには、複数人の足跡が残っている。おそらく件の暗殺者たちのものだろう。こっちは今は無視していい。
リュイスちゃんを伴い横道を駆け抜ける。しばらく進むと……
「(……いた!)」
前方に人影が見える。
誰かが誰かに馬乗りになって押さえつけており、その状態で言い争う声がかすかに聞こえてくる。もしかしなくても、探していた二人だろう。
かろうじて間に合った、と思った直後――
上に乗っているほう(とんがり帽子にローブ姿なのでおそらく魔術師くん)が、掲げた片手を振り下ろす姿が、月明かりの影に映る。
間に合わなかった……?と、後悔が過ったのも束の間、馬乗りになっていたほうが弾かれるように仰け反る。
「(反撃した? まだ生きてる?)」
とにかく急ぐしかない。全力で走りながら意識を集中する。思考が加速する。
この距離なら、リュイスちゃんに合図を出してもらってわたしは走りながらナイフを投擲して牽制、そのまま一足飛びでとんがり帽子の首を斬れば間に合う――そんな目算を立てたところで、暗殺者の彼女の頼みを思い出す。
善処する。状況次第。そう断っておきながら、結局それは頭の片隅から離れない。彼女にしてやられた。
「(あーもう仕方ない)」
馬乗りになっているのが反撃しようとしているアルムちゃんという可能性もなくはない。その場合、問答無用で首をはねるのはまずい。どちらだとしてもいいように、動きを止めるに留めておいたほうがいいだろう。
割とギリギリのこの状況で、そんな言い訳を思いつく自分に呆れながらも、加速した思考の中で手順を少々軌道修正する。方針を固めたら、後は実行するだけだ。
「リュイスちゃん、合図お願い!」
「はい!」
事前に決めておいたシエラちゃんたちへの合図。それを見れば彼女たちもそのうちこちらにやって来るだろう。
そうしてリュイスちゃんへ指示を出しつつ、自分は走りながらポーチからダガーを取り出す。
「《……攻の章、第一節。星の瞬き……シャイン!》」
背後から聞こえる彼女の祈りと共に、法術の光が撃ち出される。
光の弾は尾を引いて空へ昇っていき、そして弾けて消えた。暗闇に包まれていた森が、少しの間だけ明るく照らし出される。前方の人影も。
位置を確認したわたしは、馬乗りになっているほうの手に向けてダガーを投擲。当たらなかったとしても牽制になればいい。
そして駆けていた足を止め、左足を軸に回転しながら『気』を練り、周囲の風を集め、右足に伝えて――蹴り放つ!
前方に突き出した右足を中心に風が渦を巻き、小型の竜巻が高速で吹き荒れる。
風の渦は螺旋を描きながら、狙い過たず馬乗りになっていた推定魔術師くんを呑み込み、吹き飛ばし、地面に叩きつけた。
蹴った態勢からすぐに駆け出したわたしは、今まで下に圧しかかられていた推定アルムちゃんに急いで駆け寄る。
「アルムちゃん、無事!?」
「けほッ! けふっ……! 師匠……? どうしてここに……?」
アルムちゃんは、今まで首を絞められていたのか、片手で自分のそれを抑えながら少し苦しそうに、そして不思議そうにこちらを見ている。
わずかに頭から血が流れているのが気にかかったが、それ以外は(少なくともパっと見た限りでは)致命傷はなさそうだった。……間に合ってよかった。
「さっきシエラちゃんたちに会ってね。二人を探してるって言ってたから、探すの手伝ってたんだよ」
内心の動揺も安堵も表には出さず、わたしは答える。なんとなく、弟子にみっともない姿は見せたくない。
「それは……けふっ……ありがとう、ございます。……えへへ」
「?」
まだ苦しげな様子を見せながらも小さく笑う彼女に怪訝な顔を返す。
「勇者がこんなんじゃダメだって分かってるんですけど……師匠に助けてもらえたのが嬉しくて」
彼女は少し恥ずかしそうに笑いながらそんなことを言う。
あまり人にお礼を言われることがないし、ここまで直接的に好意を伝えられることはなお少ないので……ちょっと照れる。
と――
「アレニエさん!」
合図を撃つため遅れていたリュイスちゃんが合流し、アルムちゃんが生きているのを確認して安堵のため息を漏らす。
「良かった……間に合ったんですね」
「なんとかね。……ちょっと危なかったけど」
ほんとにギリギリだったけど。
アルムちゃんの無事を確かめると、次に彼女は、奥でズタボロになって倒れている彼に目を遣る。
「……あの人は……生きてますか?」
「打ち所が悪くなければ、多分、ね。しばらく動けないと思うし、ダガーを抜かなければそこまで失血もしないんじゃないかな」
「そうですか……」
彼女は目に見えてホっとした様子を見せる。
暗殺の実行犯だとしても、やっぱり目の前で死人が出るのは嫌なのだろう。ついさっき凄惨な場面を見たばかりだからなおさらだ。
状況を確認した彼女は、アルムちゃんに視線を戻す。
「頭から血が……すぐに治療しますね」
「あ、ありがとう……けふっ」
そうして、リュイスちゃんが治療のために彼女に近づこうとしたところで――
「アルム!」「勇者さま!」
合図に気づいてこちらに向かってきたのだろう、シエラちゃんたちが到着する。
「勇者さま、どうしてこんなところに……いえ、それよりもその怪我は……待っていてください、すぐに治療を……!」
アニエスちゃんはアルムちゃんを見るなり駆け出し、大慌てで傷を癒し始める。先に治療しようとしていたリュイスちゃんは、その勢いに押されるようにして後退させられていた。
「先輩、これは……一体どういう状況なんですか……?」
そして一緒に来たシエラちゃんは、怪訝な顔で辺りを見回しているところだった。
彼女の視界には、少し苦しそうに上体を起こしているアルムちゃんと、奥の方でぐったりと身体を投げ出している魔術師くんの姿。一見しただけでは状況が掴めなかったのだろう。
現状を伝えないわけにもいかないので、わたしは手短に、魔術師くんが勇者暗殺のために送り込まれた刺客であること、寸でのところでそれを阻止したことを説明する。
「……エカルラートが、刺客……?」
普段は落ち着いた佇まいを見せるシエラちゃんも、今は動揺を隠せないようだった。
勇者の仲間の地位を欲する者は少なくないため、おそらく彼女も普段からそれは警戒していたと思う。が、勇者本人に刺客が差し向けられ、しかもその刺客が仲間の一人だというのは、さすがに予想の外だったようだ。
「――わかりました。滅しましょう」
対して、アルムちゃんを介抱していたアニエスちゃんは、話を聞き終えるなりそんなことを言い出した。真顔で。
しかしあまりの問答無用っぷりを見かねてか、直接の被害者のアルムちゃんが止めに入る。
「あの、ちょっと待って、アニエス」
「なぜ止めるのですか! あの男は勇者さまに仇為そうとしたんですよ! 厳罰を……いいえ、即座に処断するべきです! 私が今すぐアスタリアの御許に送って……!」
「待って、待って!」
なにがそこまで彼女を駆り立てたのか、激昂したアニエスちゃんは、仮にも先刻まで仲間だった人間になにか危なそうな法術を唱えようとしている。あの子本当に神官?
そういえばわたしが挑発したときも、魔術師くんと一緒にすぐに乗ってきてた気がする。激しやすい性格なのかもしれない。
「エカルにはエカルの理由があったし、仕方がなかったんだよ。ぼくはこうして生きてるし、許す……のは無理かもしれないけど……もう少し待ってくれないかな。エカルと話をさせてほしいんだ」
怒りが収まらないアニエスちゃんとは真逆に、冷静に相手を宥めるアルムちゃん。ついさっき殺されかけた張本人だというのに、それに対する怒りは感じていないように見える。
彼女の口ぶりからは、魔術師くんの凶行の理由も知っているような節がある。
知っていて、それでも彼を罰する気はない、ということだろうか。そのうえで話をしたいということは……
「……勇者さまが、そう仰るのなら……けれどあの男は勇者さまの命を……うう……せめて、拘束した状態でなら……」
「うん。お願い」
到底納得はしておらず、渋々といった様子ではあったものの、アルムちゃんの言葉で彼女もひとまず落ち着いたようだ。撃とうとしていた攻撃用の法術を仕方なく破棄し、代わりに対象を捕縛するための法術(以前リュイスちゃんがわたしを止めるために使ったのと同じものだ)を発動させる。
「《……封の章、第二節。縛鎖の光条……セイクリッドチェーン》」
中空から現れた光の鎖によって彼の四肢は拘束され、釣り上げられる。彼女たちはその周りに集まり、会話(というより尋問のようだったが)を試みる。
わたしはここで彼女らとは逆に後ろに下がり、離れた位置で立ち止まっているリュイスちゃんの元へ移動した。
彼女は、魔術師くんの処遇が気がかりなのか、勇者一行を心配げな眼差しで見ていたが、わたしはその頬をつんつんと指で突つき、少し声量を抑えながら声を掛ける。
「そろそろ行こう、リュイスちゃん」
「? ……アレニエさん?」
「ここから先は、あの子たちの問題だよ。部外者は去らなきゃ。それに、わたしたちは先に行かないと」
「……先?」
アルムちゃんを助けられたことで安心したせいか、彼女は失念しているようだったが……
「この先の砦で、暗殺者が待ち構えてる」
「あ……!」
砦まで勇者を誘導するはずの魔術師くんが現れなければ、そこで待機している彼らもそのうちなんらかの行動を起こすだろう。
いや、さっきリュイスちゃんに撃ってもらった合図を彼らも見ていたなら、既に異変に気付き、向こうから打って出ようとしているかもしれない。
あるいは、魔術師くんから事情を聴いた勇者一行が、自分たちから砦に向かうことも考えられる。
砦にいるのがわたしたちを襲った暗殺者と同じか、それ以上の実力を持っているならば、それらから彼女らを守り切る自信はちょっとない。
つまりとにかく、再び暗闇を強行軍で、今度は件の砦まで向かい、こちらから強襲する必要がある。
「……なかなか、腰を落ち着けられませんね」
「アルムちゃんが無事に魔王を倒すまでは、ずっとこうかもね」
「……なんだか、途方もない道のりに思えてきました」
「大丈夫。地道に繰り返してたら、いつかは終わるよ」
まぁ、わたしたちのほうがうっかりやられて終わる可能性もあるんだけど。
勇者とその仲間たちに背を向け、わたしとリュイスちゃんは再度森に分け入る。
「……う……アル、ム……? それに、お前ら……」
背後から、目を覚ましたらしい魔術師くんの声がかすかに聞こえてくる。
彼女たちの顛末も気にはなるけれど、残念ながらゆっくり聞いている暇がない。
問題を片付ければ、機会があれば、彼女たちとまた会うこともあるだろうし、結果も分かるだろう。その時には、アルムちゃんももっと成長しているかもしれない。
彼女はこれからどんな勇者を目指すのか。目指す先で、わたしのような存在と交わる未来はあるだろうか。
少しの期待と不安を抱きながら、わたしとリュイスちゃんはその場を後にした。
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