6-4 リインカーネーションと最後の巡礼

 人の手が入らなくなって長いと思われるリベラリタス神殿は、外側だけでなく内部も荒れ果てている。

 当時は使われていたと思われる家具や調度品がいくつか残されているが、そのいずれもが壊れ、朽ち果てている。

 壁にいくつかかけられたままの絵画もあるが、ほぼ全ての絵画が色あせて何が描かれているのかわからない状態になっていた。


 昔は他の神殿同様に美しさと神聖さを感じさせる作りになっていたのかもしれないが、その全てが失われた今では、一種の不気味さと緊張感を作り出している。

 どうにか隠れられそうな場所はないか――アヴェルティールの腕の中で周囲を見渡していたとき、ふとリーリャの手元で白い光が弾けた。


(……何?)


 視界の端にちかちかとした光が入り、驚きながらも手元へ視線を落とす。

 リーリャの指を飾っている古ぼけた指輪――その指輪の台座にはまっている白い宝石からぱちぱちと光が溢れ、弾けている。

 神殿に飛び込んですぐのときは、何の変化もなかった。

 アヴェルティールがリーリャを抱えて神殿内を駆けるうちに変化し、光を放つようになった。

 今も指輪からは絶えず光が溢れており、アヴェルティールが前に進むたびに光を強めている。


 まるで、二人をどこかに導こうとしているかのように。


「……アヴェルティールさん! この指輪、もしかしたらどこかへの道を教えてくれているかもしれません……!」


 そうだと確定したわけではない。

 リーリャがそう思っただけで、実際にはそうではないのかもしれない。

 だが、いつ追いつかれるかわからず、隠れられる場所を求めている状況で見つけた変化だ――賭ける価値や意味はある。

 アヴェルティールの目がこちらへ向けられ、リーリャの指にはまっている指輪へ視線が向けられる。

 数秒という短い間、指輪を見つめる。

 そして、何か言葉を発そうと唇を薄く開くが、ぐっとまた唇を閉ざした。


 再び前を向いた頃には、アヴェルティールの顔は先ほどまでの焦りを滲ませた顔ではなく、何かを決めたかのような凛とした顔になっていた。

 眼前に迫っていた扉を乱暴に蹴り開け、先へ進んでから素早く身体全体を使って扉を閉める。

 乱暴な音が空気を震わせたあと、緊張感に満ちた静寂が周囲に広がった。


「……アヴェルティールさん?」


 リーリャが名前を呼んでみても、アヴェルティールは返事をしない。

 あまりおしゃべりなほうではないのは、これまでの旅路の中でも感じ取っている。

 だが、リーリャが話しかければ何かしらの言葉を返してくれていたため、何の返事もしてくれないのは不安になるものがあった。


 先ほど何やら覚悟を決めたような顔をしていたのもあり、さらにリーリャの不安を強める原因になっていた。

 無言のままリーリャを降ろして、少しの間。

 閉められた扉によりかかって押さえてから、アヴェルティールが静かに口を開いた。


「リーリャ。その指輪がどこかへの道を教えてくれているのなら、おそらく指輪が示しているのは祈りの間だ」

「祈りの間……」

「ああ。……その指輪はトレランティア神殿の祈りの間で見つかった。指輪が隠されていた仕掛け床があったのも、初代リインカーネーションの部屋が隠されていたシャリテ神殿でも、祈りの間から行くことができた。これまでの法則から、ここも祈りの間に何かがある可能性が考えられる」


 それに、ここから近い距離にある部屋は祈りの間だ。

 淡々とした声で、妙に落ち着いた様子で、アヴェルティールが言葉を重ねる。

 指輪のことを伝えた瞬間、焦りに満ちた様子から落ち着きを取り戻した姿は――冷静さを取り戻したというよりはリーリャの知らないところで覚悟を決めたかのようだ。


「……俺は、巡礼騎士として生きていた頃、多くのリインカーネーションが祈りの間で命を落としてきたのを見てきた。その中にはリインカーネーションとして選ばれた俺の妹もいた」


 はつり、はつり。アヴェルティールの唇が静かに音を紡いでいく。

 彼の言葉に耳を傾けるリーリャの脳裏に、彼が寝ぼけていた際に呼んでいた名前が浮かんだ。


 フィーユ。

 あのとき、彼が呼んでいたのは――もしかして、過去にリインカーネーションとして選ばれた妹なのか。


「……今のリベラリタス神殿の祈りの間は、一種の処刑場だ。リーリャを近づけたくないが、お前が生き残られる可能性があるのもそこだ。何もなくても、祈りを捧げれば初代リインカーネーションが起こした奇跡をもう一度起こせるかもしれない」


 多くの人々を救うために、全てを明らかにしてほしい。

 リーリャが手紙を介して受け取った初代リインカーネーションの願いはそれだった。

 歪められた伝説が浸透した今の世界では、ただ主張しても取り合ってもらえない。


 けれど、初代リインカーネーションが起こしたものと同じ奇跡を起こすことができれば、これまでの伝説が誤りであったと明らかにできる。

 同じ奇跡を起こせなくても、リーリャが長く生存していれば、今の伝説は嘘なのだと証明できる。


「……お前は初代リインカーネーションとよく似た容姿で、その指輪を見つけられるぐらいに近い力を持っているんだろう?」


 かちり。リーリャの脳裏で、パズルのピースがはまる音が聞こえた気がした。

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