養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜
陰陽@4作品商業化(コミカライズ・書籍・
第0話 社交が嫌いになった理由
若い息子が爵位を継ぎ、大きく事業を成功させたことで新しく建てられたロイエンタール伯爵家の邸宅は、建物だけなら公爵家に勝るとも劣らない作りだと言われていた。
私設騎士団の訓練場を持ち、庭園には花々が咲き乱れ、外から見た人間は、思わずどんな人が住んでいるのだろうと覗き込むのだ。
ロイエンタール伯爵夫人である私が、いつものように仕事に行く夫を玄関まで見送って、義務を果たしたので自室に引きこもろうと階段を上がった時だった。
突然、玄関が大きく開かれたかと思うと、続いて威圧的な声が邸宅に満ちた。
「うちの不出来な嫁はどこかしら?すぐに呼んでちょうだい!」
夫の母親の声だった。私の義母、前ロイエンタール伯爵夫人。彼女はいつも予告なく現れ、私の生活を乱す人だ。
使用人が慌てて階段を登って私を呼びにやって来る。そしてこう告げるのだ。ロイエンタール伯爵夫人がお呼びです、と。
従者たちの間で、私はロイエンタール伯爵夫人ではない。その名は常に義母のもの。嫁いでから今日まで、ずっと。私は階下に降りるのをためらった。行きたくない。義母の訪問は、決まって屈辱の始まりなのだから。
宝石を散りばめた豪奢なドレスを纏い、扇子を優雅に振っている。……またか。私は内申ため息をついた。義母は私の姿を見るなり、鼻で笑った。
「まあ、今日もみずぼらしいわね。早く準備なさい。パーティーに連れて行ってあげるわよ。わかっているだろうけど、拒否なんて許さないわ。あなたには社交界に出る義務があるのよ。さあ、早く支度しなさい。馬車が外で待っているわ。」
私は無駄だと思いつつも、一応首を振って目線を落としつつ言った。
「お義母さま……。突然過ぎてドレスが準備できていませんわ。それに今日は家でゆっくりする予定なんです。」
毎回突然訪問しては、私を社交に連れ出そうとする義母に、事前準備などできるはずがない。現金で品質維持費を渡してもらえないせいで、新調したドレスなど持っていない。
だけど義母は私の抗議を無視し、扇子で軽く私の腕を叩いた。まるで家畜を追い立てるような仕草だと思った。
「予定?そんなもの、いつだって私が決めるのよ。ドレスがないですって?ふん、いつものやつがあるでしょう。あなたのような不出来な嫁には、それでじゅうぶんじゃないの。」
義母が言っているのは、私の数枚あるうちのいずれかを着ろという話だ。私のドレスは実家から持参したものと、ここで一度だけ仕立てた一着。それだけだった。
「貧乏貴族じゃあるまいし、貴族の集まりに同じドレスを何度も着るなんて恥ずかしいことだけれど、みっともない格好で恥をかくのも、勉強になっていいんじゃない?」
その勉強とやらを、私は幾度となく、義母に強制されているのだけれど。これも嫁いでからずっと、同じことの繰り返しだ。
「あなたが自分から出かけるようになれば、あの子だってドレスを仕立てるように指示をするでしょう。あなたが妻としての役目を果たさないから悪いのよ。さあ、ぐずぐず言ってないで、さっさと着替えていらっしゃい。」
義母は私の腕を強く掴むと、強引に引きずるように階段の真下まで移動させた。
パーティーなんて行きたくないわ。私を貶めることだけが、義母の目的なんだもの。
義母はロイエンタール伯爵家の領地の運営も、伯爵家の財政管理も、本来伯爵夫人がする仕事をすべて私から奪うことで、私の品質維持費がろくに支払われない状況を作っていた。
夫もそれを把握している筈だが、それに対し何もすることはない。私が夫にないがしろにされた妻であることを理解している従者たちは、私には何をしてもいいものだと思い、仕事のストレスの憂さ晴らしをしてくる。
義母の来る日は特にそうだ。夫の目の前ではさすがに私に酷い扱いはしないけれど、義母の前だと堂々と下に見てくる。
だけど義母はロイエンタール伯爵家の権力者だ。夫は義母には逆らわない。義母の言うことを聞かなければ、今度は夫からの叱責が待っている。この家で生きていく限り、義母の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
私はため息をつきつつ2階へと上がり、誰も着替えを手伝ってくれない中、ノロノロとドレスへと着替え、髪を結い上げて階下へ降りた。
邸宅の玄関で待つ馬車は義母の専用車だ。私には自分の馬車などなく、いつもこうして義母が連れ出す時だけ貴族の集まりに参加するのだ。馬車が動き出すと、義母は満足げに扇子を広げ、私を上から下まで眺めた。
「ふふ、今日もそのドレスね。だいぶくたびれてきてるじゃないの。そんな貧相な姿でパーティーに出るなんて、笑いものよ。夫に愛されていないと丸わかりね。私の夫は生前一度もそんな扱いはしてこなかったわ。」
夫は私にドレスをプレゼントすることはない。私が社交を嫌っているせいで、出かける必要のない妻の為のドレスなど不要だと考えているから。
そもそもドレスがないせいで、社交が余計に嫌いになっているのだと、考えに至ることがないのだ。恥をかかされるのがわかっていて、どうして人前に出たいと思うのか。
私は返事を返さず、ただ黙って窓の外を見つめ、俯くしかなかった。馬車は今日の主催者の邸宅に向けて走り続けた。その間も義母の一方的な叱責や嘲りは、やむことがなかった。
今日の主催者は候爵家らしい。ロイエンタール伯爵家の邸宅程ではないけれど、木漏れ日が優しく差し込み、美しい庭が天井高くまでの巨大な窓から見える、お金をかけたとわかる作りをしている。
その中で女性たちは、最新の流行を取り入れた豪奢なドレスを纏い、自らのドレスや宝石の美しさを誇り、どこそこのブティックで手に入れたのだと、楽しげに話していた。
テーブルには丁寧に磨き上げられた銀器に盛られた軽食やデザートが並び、人々はそれを適当につまみながら、立ったままワインを飲み、優雅に会話を交わしていた。
笑い声が響き、時折、誰かの噂話が囁かれては、またワインを口に運ぶ。
表向きは穏やかな社交の場だが、実際には値踏みとマウントの取り合いによる、貴族たちの冷徹な戦場だ。
本来男性にエスコートされて参加するものなのだけれど、家族や親戚であれば、同性同士での参加も許されている。夫は私をパーティーに連れて行くことがないから、私がパーティーに参加する時は常に義母と一緒だ。
私は義母の後ろに従いつつ、頭を軽く下げてパーティー会場へと入った。一気に周囲の目線が私たちに集まったような気がした。
私のドレスは淡いモスグリーンで、レースが何層も施され、一見贅沢な仕上がりなのだけれど、それはもう何度も着回したものだった。私に会ったことのある人なら、何度となく目にしているドレスだ。
生地は少し色褪せ、裾の部分に小さなほつれが見え隠れする。侍女たちは誰も繕ってくれないので、年々くたびれてきている。
貴族の令嬢たちは同じドレスを繰り返し着ることはず、事前にブティックにオーダーして毎回新調するのが常識だ。
だけど義母が屋敷の管理を私に引き渡してくれないことで招待状なども義母の管理下に置かれ、私は事前に招待されていることを知ることが出来ない。
夫は事前に招待状をもらい、それに参加の返事を書いた集まりに以外、ドレスを購入してはくれないのだ。
一応、ドレス代は請求書払いで夫が負担してくれるはずなのに、事前に申告することが出来ないことから、私は毎回ドレスの新調を夫に申し出ることが出来ない。
だからドレスの準備が間に合わず、クローゼットに残る数少ないドレスから選ばざるを得ないのだ。
本来貴族夫人というものは、品質維持費と呼ばれるお金が経費として割り当てられ、その中でドレスを新調するものだが、私に渡されるのは令嬢のお小遣い程度のもの。直接予算を割り当ててもらえてはいない。
これも屋敷を管理している義母の采配によるものだ。更に貴族夫人であれば必ず持っている専用の馬車が与えられておらず、これも私が社交をしたがらないからと、不要なもの扱いされている。
一応、夫が使う専用の馬車以外の馬車はあるのだ。だが、それは家令たち、従者が外出する時の為の物であり、私は常にそれを借りる立場となっている。
それはとても恥ずかしいことなので、滅多にそれを借りて外出することはない。借りようとするたびに、使用する用事がございますので、と家令に断られてなお、自分を優先するように言うことは、私には出来なかった。
元々社交は苦手ではあったけれど、それでも伯爵夫人として嫁いだからには、ある程度義務を果たさなくてはと思っていた。
だけど最初から馬車を与えられず、ドレスも与えられない中で、私の社交嫌いはどんどん酷いものになっていった。だから馬車を与えられない理由など後付に過ぎない。
義母の馬車で来ているため、帰宅は義母の気分次第。彼女が満足するまで、この場に留まるしかないのだ。
義母は到着するなり、他の貴族たちと挨拶を交わし始めた。私は1人、隅の壁際に立とうとしたが、義母の声が鋭く響いた。
「ほら、見て下さいな。随分と馴染み深い姿でしょう?あの子はあれがよいのですって。それに息子にドレス一着仕立てて貰えないんですのよ。妻としての勤めを果たしていれば、ドレスくらいいくらでも夫が仕立ててくれるものですけれどねえ。」
そう言って、他の貴族たちとこちらを見て笑っている。私たちの間にはずっと子どもが出来ない。義母としては、さっさと離婚させて別の女性をあてがいたいと思っているらしく、そのことを堂々と私の前でも言ってくる。
貴族女性のつとめは、結婚して跡取りを産むこと。それが出来ない私は、妻としての役目を果たしていないということなのだ。
義母の言葉に、周囲の女性たちがくすくすと笑いを漏らし、扇子ごしに私に視線を向ける。義母は私に近付き、扇子で軽くドレスを叩くような仕草をし、まるで汚いものを払うように動きながら、声を大きくした。
「領地経営も、ロイエンタール伯爵家の管理も、いまだにまともに出来ないのでしょう?困ったものですわね。」
義母の知り合いらしい夫人の言葉に、我が意を得たりとばかりにほくそ笑み、
「そうなんですのよ。おかげで未だに隠居出来ずに気が休まりませんの。ほほほ。」
と、扇で顔を隠しながら笑った。そうね、未だにまともに出来ないわ。なぜなら一度も引き継いでもらったことがないから。私はロイエンタール伯爵家のお金の流れを、何一つ理解出来ないでいる。
黙って俯くしか出来ない私に、義母は常にいいたい放題だった。もともと知り合いが少なかった私は、義母が吹聴する私の悪い噂を訂正することも出来なかった。
「あなたのような名ばかり子爵の娘が、ロイエンタール伯爵家に嫁いだのは本当に幸運というものよ。子どもが産めないのだから、せめてそんなみっともない格好で、私に恥をかかせないでちょうだい。皆さんもそう思いませんこと?」
同調を求める義母に、女性たちが笑っている。私は何かを言おうとして、何も浮かばなかった。ただ俯き、レースを指でいじることしか出来ない。
帰りたい。今すぐこの場から逃げ出したいのに、馬車がない。お金もない。義母が満足するまで、耐えなければならない。
義母の行動は私を貶めて、自身を高く見せるためのものだ。
「あなた、最近の税制改革について、どうお考えかしら?……あら、答えられないの?それで伯爵夫人が務まるとお思い?そんなだから私がいつまで経っても引退出来ないんじゃないの。」
義母はさらに勢いづき、私の肩に手を置くと、軽く小突くかのように押して、耳元で囁くように言葉を続けたが、声は周囲に聞こえる大きさだ。
「あなたはただ、ロイエンタール伯爵家の妻として立っているだけでいいのよ。でも、それすら上手にできないなんて、困ったものだわ。本当に不出来な嫁だこと。」
周囲の視線が、まるで針のように刺さる。私の沈黙が、義母の自信を増幅させる。彼女は周囲の貴婦人たちに視線を向け、まるで舞台女優のように声を張った。
「せめて最近の流行についてお話ししてみせたら?いくら領地や屋敷の管理が出来ないとはいえ、貴族たるもの、見ておかなくてはならない舞台や、目を通すべき本くらいには、目を通しているでしょう?あなたと話したいと、さっきから皆さんがお待ちですわよ。」
私だって、せめて流行の舞台や本にくらいは目を通したいけれど、外出する為の馬車がない上に、パーティーで親しくなれる友人が出来ないから、それを知ることが出来ない。
「ふふふ、黙っていらっしゃるということは、ご存知ないのかしら?」
「伯爵夫人なのに、そんな基本的な話題も知らないなんて、信じられませんわ。」
「私が代わりに説明してさしあげましょうか?」
「まあ、俯いてばかりで返事もないなんて、本当になんの為にいらしたのかしら。」
私を取り囲む人々が、口々にそう言った。
「このドレスの生地、もうくたびれてきているわね。私のメイドの服の方が上等かもしれませんわ。」
「あなたはここにいるだけで、伯爵家の名を汚しているのよ。」
「黙って俯いているなんて、認めたようなものね。こんな方が義理の娘だなんて、本当におかわいそう。」
口々にそう言う貴族女性たちに、社交界への嫌悪感が胸いっぱいに広がっていく。私は顔を上げることすらままならなかった。
義母は最新ゴシップに話題を変え、私が知らないことを見越して、女性たちと盛り上がる。私の腕を軽く掴み、逃げられないように引き留めながら。
「ふふ、皆さん、このような嫁を支える私が、どれほど大変か分かるでしょう?」
義母は満足げに笑っていた。
周囲を味方につけた義母は、心を完全に閉ざした私に、今日はこれくらいで許してあげるわと言い、馬車を呼ぶよう従者に指示を出した。既にパーティーは終わりにさしかかっていた。
足取りも重く、社交の場への拒絶がまた増した私は、満足げに扇子を振っている義母とともに、ロイエンタール伯爵家へと戻り、ベッドメイクもされていない自室のベッドで、ドレスも脱がずに泥のように眠った。
────────────────────
ご指摘いただいた箇所を修正するにあたり、0話として主人公の社交嫌いの理由、及び義母に何をされていたのか、従者たちになめられる理由を書いてみました。
先の展開で書いているのですが、最初にあったほうがわかりやすいかなと。
X(旧Twitter)始めてみました。
よろしければアカウントフォローお願いします。
@YinYang2145675
少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。
ランキングには反映しませんが、作者のモチベーションが上がります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます