僕らの謎解きバレンタイン

無月弟(無月蒼)

前編

 朝のホームルームが始まる前の、6年2組の教室。

 ソイツは自分の席で本を読んでいた僕の前に来ると、いきなり手を合わせてきた。


「お願いだ、知恵を貸してくれ。朝霧小学校の小林少年と言われている、お前の力が必要なんだ!」


 いきなりそんなことを言ってきたのは、同じクラスの男子、佐久間。

 けど『朝霧小学校の小林少年』って、そう言っているのは佐久間だけだろ。


 彼の言う『小林少年』と言うのは江戸川乱歩の少年探偵団シリーズに出てくる、名探偵の助手をやっている男の子の名前。

 佐久間は僕の名字が小林って言うだけで、『小林少年』なんて呼んでいるのだ。


 そんな佐久間がお願いねえ。

 僕はため息をつきながら、読んでいた本を閉じた。


「それで、いったい何の用?」

「力になってくれるか?」

「それは話を聞いてから。いいから、さっさと言っちゃってよ」

「ああ、実は登校して来て机の中を見たら、これが入っていたんだけどさ」


 佐久間はそう言うと、背中に隠していた物を僕に見せてくる。

 それはリボンでラッピングされた、可愛らしい包みだった。


「いったい何だと思う?」

「チョコじゃないの。バレンタインの」


 分かりきったことを聞かないでよ。

 今日は2月14日、バレンタイン。そんな日に机の中に、ラッピングされた包みが入っていのだ。チョコ以外あり得ない。


「そうなんだよ。最初はイタズラかと思ったんだけどさ、開けて中を見たらチョコが入ってたんだよ。しかも手作りチョコが」


 よほど嬉しかったのか、興奮ぎみに喋る佐久間。

 そんな物を教室で開けるなとも思ったけど、そこは目をつむっておこう。


「けどさ、貰ったは良いけどこれ、どこにも名前が書いてなくてよ。誰がくれたのかわからないんだ」

「ふーん」

「だから頼む、探すの手伝ってくれ。小林は頭いいから、こういうの得意だろ」


 まあ確かに苦手じゃないけどさ。


「頼むよ。見つけてくれたら、このチョコ半分やるから」

「なに言ってるんだこのバカ! バレンタインのチョコレートを、何だと思ってるんだ」


 好きな気持ちのつまったチョコを誰かにあげるなんて、考えられない。


「佐久間ってデリカシーないよね。そんなだから女子から『佐久間君って顔は良いし運動も得意だけど、彼氏にはしたくないよねー』って、言われんだよ」

「俺ってそんな風に言われてるのかよ!?」

「そうだよー。アイツは顔だけだって、女子はみんな噂してるよー」

「女子の噂って怖えー。けどこうして、チョコくれたやつはいるんだよな。いったいどこの誰なんだろうなー」


 チョコを抱えてデレデレしてる姿を見てると、なんだかムカついてくる。本当は彼の頼みなんて聞かずに放っておきたいよ。

 けどきっと断っても佐久間はしつこく絡んできて結局手を貸す事になることを、僕は経験上知っている。


 ああ、仕方がない。


「分かったよ。僕も手伝う」

「本当か? さすが小林少年、頼りにしてるぜ」


 喜ぶ佐久間とは裏腹に、僕はなんでこんな事しなくちゃいけないんだろうと思いながら、ため息をついた。


「調子の良いこと言ってるけどさ、佐久間も少しは考えたんだろうね?」

「ああ、俺だって何も考えなかったわけじゃねーよ。このチョコは俺が登校してきた時、既に机の中に入っていたんだ。つまり犯人は、俺よりも早く登校してきた女子の中にいるってことだ」


 滅茶苦茶簡単な推理なのに、佐久間は得意気な顔をする。

 そもそもチョコをくれた人を、犯人と言うのはどうかと思うよ。


「そういや小林、お前今日は俺より早く登校してたよな。なら誰かが俺の机にチョコを入れる所、見ていないか?」


 僕の席は丁度、佐久間の席を見ることができる位置にある。僕がチョコを入れた人物を見ていたなら、話は簡単なんだけど。


「見てない。少なくとも僕がこの席に着いてから、佐久間の席に近づいた女子は一人もいなかったよ」 

「そっか。いや待て、と言うことは犯人は、小林よりも先に登校して、犯行を行ったってことか? お前が来た時、教室に誰がいたか覚えていないか?」


 僕より先に教室に来きていた女子か。ええと、たしか……。


「たしか、明治さんがいたかな」

「明治か。明治だったら良いなあ。可愛いもんな」

「話を聞いてる途中で、ニヤニヤしない。あと、森永さんがいたよ」

「森永か。アイツとはよく一緒にサッカーやってるけど、まさか俺のこと好きだったのか?」

「さあね」


 僕は肯定も否定もせずに、ニヤケる佐久間のことをちょっと冷めた目で見る。


「先に教室にいたのは、その二人だよ」

「だいぶ絞り込めたじゃねーか。けどその二人となると……あ、わかった。明治だ!」

「え、明治さん? それまたどうして?」


 佐久間って、明治さんとそんなに仲良かったっけ。

 さっきの話だと、むしろ森永さんの方が仲良いように思えるけど。


「実はよ、前から明治のやつ、俺の事が好きなんじゃないかって思ってたんだ。だって俺しょっちゅう、アイツと目が合うんだぜ」

「それは君が、明治さんのことをよく見ているからじゃないの?」


 目が合うということは、佐久間も明治さんのことを見ているということ。

 明治さんフワフワしてて可愛いから男子に人気がって、佐久間も密かに熱を上げていることを、僕は知っていた。


 明治さんが佐久間のことを好きだなんて、都合の良い妄想のような気がするけど、一度そうと思い込んだコイツは止まらない。


「間違いねーって。よし、ちょっと確かめてみよう」

「まさか、本人に聞くつもり?」

「当たり前だろ。えーと、明治は……いた!」

「待って、まだ明治さんだと決めつけるのは早い」


 僕が止めるのも聞かず、佐久間は明治さんの席へを向かう。

 明治さんは数人の女子と話をしていて、佐久間はそんな彼女に声をかけようとしたけれど。


「ええ! 正美、隣のクラスの池田くんに、チョコあげたの!?」


 話していた中の一人が、声をあげた。

 正美と言うのは、明治さんの下の名前。すると途端に、佐久間の足がピタリと止まり、明治さん達はキャッキャと楽しそうに話を続ける。


「そうなの。チョコあげて付き合ってくださいって言ったら、OKもらっちゃった」

「カップル誕生ね。おめでとー!」

「正美ちゃん可愛いから、きっと男子残念がるよー」


 明治さん達は楽しそうに笑っているけど、反対に佐久間は固まったまま動かなくなってしま。そんな彼の肩に、僕はポンと手を置いた。


「佐久間、僕の推理では、君にチョコをくれたのは明治さんじゃないよ」

「俺も今わかったよ! くそー、明治じゃなかったのかー!」


 佐久間は悔しそうに奥歯を噛み締めながら、天井を仰ぐ。

 まあ僕は、最初から違うって分かってたけどね。




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