第3話
「川乃結愛って超有名人みたいだぞ。不思議ちゃん、サキュバス、魔性、男殺しとかすんごいニックネーム付けられてる。いいな、私も会ってみたい」
翌日、教室でお弁当を広げながら中学時代からの友人である
「魔性どころか、天使みたいに可愛い人だったけど、そんなに有名人なの?」
「もはやアイドルというか、男子は信仰の対象にしてるとか聞いた」
「神かよ」
湊曰く、去年の入学式当日にいきなり三人から告白されたのを皮切りに、毎日誰かに告白されるかラブレターを貰っている。
登校途中に小学生と中学生に告白され、下校の途中にはサラリーマンとお爺ちゃんに告白された。
学食のメニューから結愛先輩の嫌いなメニューが消え、代わりに好きなメニューが追加された等々。
いくら噂でも盛り過ぎだろうと呆れそうになるが、結愛先輩にグミを食べさせられたときのことを思い出すと、ふいに胸が高鳴り頬が熱くなる。慌てて湊に悟られまいと顔を外に向けると、昼前から降り出した雨雲が広がっていた。
「だけどさ、男子がそんな感じだから女子からは盛大に恨まれてるみたいだ。特に二年の女子からは敵視されてて、友達もいないみたい」
「敵ってただの嫉妬でしょ、ジェラシーだよ」
「英語で言い直さなくてもわかる。まっ、可愛すぎるのも大変だな」
他人事のように言いながら、卵焼きを口に運ぶ湊も十分可愛い。
中学までは長い黒髪に眼鏡を掛けていたこともあって、見た目だけは文句なしの文学少女だった。ところが高校の入学式当日に会ったとき、湊は金髪のボブカットになっていた。凉水はロックンロールと叫んだのを覚えている。
眼鏡も赤いフレームに変えたことで、ともすると攻撃的な印象を与えがちだけど、中身の湊は何も変わっておらず、なんだかこのギャップがとても素敵だ。
「もし結愛先輩に彼氏ができたりしたら、大事件だね」
「この学校の生徒だったら殺されてもおかしくないな」
静太君と付き合っているのかははっきりしないけど、黙っておこう。
「そんな有名人と、どこで会ったんだ」
「編纂部ってとこ」
お弁当箱からミニトマトを口に運びながら凉水は答える。
「なにそこ、文化部にそんなのあったっけ」
「人数少なくて正確には同好会みたい。別名が除霊部なんだって」
「編纂と除霊ってジャンルが全然違わなくないか?」
極めて当然の意見に、凉水はウインナーを食べながら頷いた。
「この学校って旧校舎の頃は怪奇現象が多くて、それを記録するついでに簡単な除霊もやっているんだって。だから編纂しつつ除霊みたいな」
「うんうん、その噂は聞いたことあるぞ。怪談の宝庫だったって」
湊がミニハンバーグを凉水のお弁当箱に移すと、当然のように凉水が食べる。
「幽霊高校とか化物高校って昔は呼ばれていたって先輩が言ってた。だから放課後は早く帰った方がいいんだって。暗くなると出るから」
そこで湊は箸を下ろすと、凉水を真っ直ぐに見つめる。
「なにか、見たのか。そういえば昨日の凉水、顔色悪かった」
声色から好奇心ではなく、心配から聞いているのが凉水には伝わる。
「う~ん、分からななくて行った感じなんだけど、まだ分からないままで」
湊の優しさについ口籠もってしまう。凉水が見た落下する女子生徒のことを話して怖がらせてしまうのは忍びない。そんな凉水の気遣いも湊には伝わってしまう。
「もう、なんかあったら私にも頼れよな。オバケだろうが殴ってやる」
言いながらスマッシュを打つ湊に、凉水は笑いをこぼした。
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