幽冥流し ~州峰高校編纂部~

如月禅

一章 

第1話

 雨の降る放課後、典侍てんじ凉水すずみはぼんやりと水滴が伝い落ちる窓の外を眺めていた。

 春の雨に煙る景色は灰色に染まり、遠くに連なる山々も今は蜃気楼のように霞んでは頼りなく鎮座している。

 梅雨というにはまだ早い四月、午前中から降り出した雨は教室の気温を冬に戻していた。

 雨音に混じり、ひそひそと会話する生徒の声が聞こえてくる。雨が止むのを待っているのか、それとも誰かを待っているのだろうか。教室に充満する陰鬱さは通夜を思い出し、気が沈みそうになる。

 入学前は中学とは違う、もっと楽しい日々になると期待していたのに、このクラスは覇気がない。

 偏差値の高い進学校特有の空気、なんだろうか。あるいは中学と代わり映えのないセーラー服と詰め襟の制服が悪いのか、それとも突き抜けたムードメーカーがいないせいなのか、雨音に包まれながら物思いに耽っていたときだった。

 ふと視界の中に、人があらわれた。

 凉水と同じ制服のスカートがふわりと風になびく。

 女子生徒が浮いていると思ったのは一瞬で、彼女は地面を背に体をくの字に曲げ、両手を空に伸ばし、何かを掴もうとするように落ちていった。

「……ッ」

 あまりにも不意の出来事に、声をあげることすら忘れていた。

 凉水の心臟は、細い雨音を掻き消すように暴れている。クラスメイトを見やる。彼も彼女も、誰も窓を見ていない。刹那のことに誰も気付かなかったのだろうかと凉水はいぶかる。

 雨が見せた幻にしては、女子生徒の白くほっそりとした指先や、揺らめくスカートの質感まではっきりと記憶していた。

 窓に駆け寄ると、震えそうになる指で鍵を外した。窓を開ける。

 ここから下を覗けば、あの娘の変わり果てた姿が――。

 脳裏をよぎる光景に寒気を覚えながらも、地面を見下ろした。

 そこに女子生徒の姿も、誰かが落ちた痕跡もなかった。

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