第73話 恐怖と向き合え

「次の試験に何が出るのかはあたしも知らない。だけど、もしもあんたに恐怖を植え付けた魔物が現れた時、あんたは戦う事はできるのかい?」

「そ、それは……」

「恐怖と向き合え、そうしないとあんたは前に進めない」

「っ……!!」



バルルの言葉にマオは身体が震え、その様子を見て他の者たちは彼が怯えている事を知った。無理もない話であり、この森でマオは魔物に殺されかけた。そんな場所に急に連れて込まれれば緊張するなというのが酷な話だった。



「バルル、ここは危険過ぎる。魔物と戦うにしても他の場所があるだろう?」

「この森の魔物は昼行性だ、夜ならともかく昼間に入るなんて自殺行為だ」

「子供を連れて移動するのなんて無理に決まっている!!」

「うるさい、決めるのはあんた等じゃない……こいつだよ!!」



三人の冒険者の言葉にバルルは怒鳴りつけ、彼女はマオの両肩を掴む。マオはこの森で起きた出来事を思い返し、前の時はみっともなく逃げ回る事しかできなかった。


初めて魔物を見てその恐ろしさに耐え切れずに漏らしてしまい、しかもリオンに助けて貰いながらも森の中を逃げ回った事を思い出す。あの時の彼は魔法の力も碌に使えず、逃げ回る事しかできなかった。しかし、



「……た、戦います。戦って……勝って見せます!!」

「……よく言ったね、その意気だよ」

「マオ、本当に大丈夫?」

「おい、坊主……無理をするな。顔色も悪いぞ」

「いくらなんでもこの森は……」

「あんた達は黙ってな。何があろうとあたしが責任を取る、もしもやばい奴と出くわしたらそのときはあたしが何とかするさ」

「おいおい、それだと俺達の立場はどうなるんだ……たくっ、仕方ねえな」



マオが森の中に入る決意を固めると、全員が馬車を降りて周囲の様子を伺う。ここから先は慎重に進まなければならず、とりあえずは馬車を安全な場所に移動させる必要があった。


同行していたトム達の話によると深淵の森に生息する魔物の殆どは昼行性らしく、夜を迎えると殆どの魔物は寝入ってしまう。そのためにマオが前回乗り合わせた商団の馬車は夜間に森を移動しようとしていた。


この深淵の森は王都へ辿り着くための近道でもあり、夜の間ならば魔物に見つかる可能性も低い。前回にマオを乗せた商団の馬車が見つかったのは運が悪かったとしか言えず、偶々目を覚ましたオークに見つかった事になる。



(そういえば前の時は傭兵の人達がいたけど、あの人たちの武器は通じなかったな……トムさん達は大丈夫なのかな?)



オークが馬車の前に現れた時の事をマオは思い出し、あの時は商団の護衛を行っていた傭兵団はオークに皆殺しにされた。最初に殺された傭兵の頭は鋼鉄製の剣で挑んだが、オークの腕に斬りかかろうとした時に刃が折れてしまった。



「あの……トムさん達はオークと戦った事はありますか?」

「ん?まあ、仕事で何度か戦った事はあるぞ」

「じゃあ、倒した事もあるんですね?どうやって倒したんですか?」

「どうやってと言われても……普通にこの武器で倒したが?」



トム達はマオの質問に首を傾げ、マオは鋼鉄製の剣を破壊する硬度を誇るオークを彼等がどうやって倒したのか気になった。この時にマオは彼等が身に着けている武器が全員緑色の金属である事を思い出し、率直に尋ねてみる。



「どうして皆さんの武器は緑色なんですか?」

「ん?ああ、そういう事か。もしかして坊主は製の武器を見るのは初めてか?」

「ミスリル?」

「魔法金属の一種さ。そういえばあんたは田舎から来たと言っていたね、魔法金属の事は知らないのかい?」

「あ、えっと……そういえば前に聞いた事があるような」



魔法金属という単語にマオは昔の事を思い出し、この世界では魔法の力を帯びた特殊な金属がある事を王都に向かう途中の馬車で傭兵から聞いたような気がした。魔法金属とは魔法の力を宿す鉱石を特別な方法で加工しなければ手に入らず、マオが暮らしている地方で全くと言っていいほどに流通していない。


トム達が使用する武器はミスリル鉱石と呼ばれる特殊な鉱石を加工して作り出された魔法金属であり、名前はミスリルと呼ばれている。魔法金属の中でも比較的に加工しやすく、素材も手に入りやすいので世界で最も流通されている魔法金属だった。



「魔法金属の武器は普通に金属とは比べ物にならない硬度を誇るんだ。だから鋼鉄程度の武器が通じない魔物が相手でもミスリル製の武器なら通用するわけさ」

「へえっ……凄いですね」

「ああ、といっても魔法金属製の武器はとんでもなく高いからな、俺達もこの武器を揃えるのにどれだけ苦労したか……」

「だけど性能は確かだ。この斧は5年も使い込んでいるが、魔物を相手にしても壊れる事はなかった。普通の武器だとすぐに壊れちまうからな……だから魔物に対抗できるのは魔法金属製の武器だけなんだよ」



オーク以外の魔物も鋼鉄程度の金属で作り出された武器では通じず、魔物に対抗するには魔法金属製の武器でなくては通用しない。それが冒険者達の常識であり、マオの前で死んだ傭兵団は魔物を相手にしながら魔法金属製の武器を用意していなかった事が仇となった。





※これにてアルファポリス版にも追いつきました。今後はカクヨムもアルファポリスも同時投稿になります。

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