第8話 耐性

「ウォオオオオンッ!!」

「くそっ、逃げるぞ!!」

「うわっ!?」



少年はファングが鳴き声を上げたのを見てマオの腕を掴み、森の中を駆け出す。逃げ出した二人に対してファングは追いかけはせず、雄たけびを鳴らし続ける。



「ど、どうして逃げるの!?さっきみたいに魔法で……」

「お前を助けるために3回も魔法を使ったんだぞ!!魔法は無限に生み出せる力じゃない、これ以上には無駄にできない!!」

「ま、魔力!?」

「説明している暇はない!!くそっ、よりにもよってファングがこの森に住んでいるなんて……早く走れ!!仲間を引き連れて追いかけてくるぞ!!」



マオの腕を掴んだまま少年は走り続け、後方の様子を確認する。先ほどまで聞こえていたファングの鳴き声が聞こえなくなり、その代わりに足音が鳴り響く。



「ちっ!!気を付けろ、そこら中に奴等がいるぞ!!」

「えっ!?」

「止まるな、走れ!!死にたくなかったら走れ!!」



既にオークから逃げる時にマオは相当な体力を消耗していたが、少年はここで立ち止まればファングの群れの餌食になると警告する。マオは必死に足を動かして少年の後を追う。


しばらくの間は二人は森の中を駆け抜けていたが、やがて複数の足音と鳴き声があちこちから響き渡り、二人の進路方向の先にファングが出現する。



「ガアアッ!!」

「うわぁっ!?」

「避けろ!!」



前方に現れたファングにマオは驚くが、少年の言葉を聞いて咄嗟に横に飛びのく。二人が左右に分かれると正面から突っ込んできたファングが通り過ぎ、二人に避けられたファングは慌てて体勢を立て直そうとした。



「ガウッ!?」

「失せろ!!スラッシュ!!」

「うわっ!?」



少年は小杖を振ってオークを倒した魔法を発動させるが、最初にオークを倒した時と違って風の刃は規模が小さく、移動速度も落ちていたが。それでもファングに当てる事は成功したが、今回は体勢を崩さずにファングは踏み止まる。



「ギャインッ!?」

「き、効いていない!?」

「くそっ……やはり、風耐性持ちの魔物に風属性の魔法は効果は薄いか」



オークの肉体を切断する程の威力を誇る魔法をファングは二度も受けたにも関わらず、致命傷どころか掠り傷程度の怪我も負っていない。その様子を見て少年は悔しそうな表情を浮かべるが、マオは前方を見て声を上げた。



「あ、見て!!森の外に出られるよ!!」

「なにっ!?なら早く出ろ!!」



どうやら逃げている間に二人とも何時の間にか森の外に辿り着いたらしく、二人は森を抜け出すと彼等を追って数匹のファングが後を追う。


森を抜けられた事は運が良かったが、周囲は広大な草原が広がっているだけで人の姿はなく、マオと少年は背中合わせの状態でファングの群れと向き合う。少年は舌打ちし、マオは怯えた表情を浮かべる。



「と、取り囲まれた……」

「はあっ、はあっ……くそっ、ここまでか」

『グルルルッ……!!』



ファングの群れはマオと少年を取り囲み、ゆっくりと距離を詰めていく。すぐに襲い掛かって来ないのは少年の魔法を警戒しているらしく、彼が手にした小杖を構えるとファング達は警戒したように身構える。



(この子の杖を警戒している?当たっても怪我なんてしてないのに……全く効果がないわけじゃないのか?)



先ほど少年はファングに対して2回も魔法で攻撃を行い、どちらの攻撃も致命傷には至らなかった。しかし、ファングの群れが警戒する姿を見て全く効果がないというわけではなく、こんな状況にも関わらずにマオは「風耐性」と呟いた少年の言葉を思い出す。



(風耐性というのは風属性の魔法の耐性がある事を言っていたのか?それならこの狼達はやっぱりファングという名前の魔物なのか?)



これまでの少年の言葉を思い出してマオは情報を整理し、自分達を取り囲んだ狼の群れは只の狼ではなく、ファングと呼ばれる魔物だと再認識する。そしてファングという魔物は「風耐性」と呼ばれる能力を身に着けている。


鋼鉄以上の硬度を誇るオークの肉体を切り裂いた少年の魔法を受けてもファングを怯ませる程度しか効果を与えられず、それでもファングに警戒心を抱かせるほどの威力はあるとマオは判断した。




――この時のマオの勘は冴えわたっており、彼の考えた通りに「風耐性」とは「風属性の魔法に対する耐性」という能力だった。この風耐性を身に着けている魔物は風属性の魔法を殆ど受け付けず、いくらオークを一撃で倒す程の威力の魔法だろうとファングには殆ど通じない。




状況を把握したマオは少年が得意とする風属性の魔法はファングには効果がないと知り、それならば他の属性の魔法を使えば倒せるのではないかと考えた。しかし、マオが思いついた事を少年が思いつかないはずがなく、彼が他の魔法を使おうとしないのは彼が事を意味していた。


最初に少年が魔法の説明をした時、彼は自分が「風属性の適性」があると告げた。しかし、その他の属性を身に着けているという話はしておらず、先ほどから少年が風属性の魔法しか使わない事から考えても彼は他の属性の魔法を使えない事を証明していた。

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