第13話 人間とアンドロイドの三つ子

 「ユイさんは代わりなんかじゃありません」

 「え?代わりだよ。僕の代わり」


 代わり、と繰り返しているユイのかかとが何かにぶつかった。

 それは『結が食べなかった累のケーキ』だった。


 「……代わりじゃない。だってあなたは累さんのケーキを食べなかった。でもユイさんは食べた!あなたじゃない!」


 千夏はユイを背に庇い結に噛みついたが、当の結はきょとんと不思議そうに首をかしげている。そしてすぐに千夏の意図に気付いたようで、なるほど、と面白そうにクスクスと笑った。


 「瓶ケーキの話になったらその話をするように設定してあるんだよ。ほら、売れるでしょ。そういうエピソードあると」

 「ち、違います!ユイさんは累さんのために」

 「そうだよ。累のためだ。累が幸せでいるために僕が用意したプログラム」


 アンドロイドを動かすのは性格に当たるパーソナルプログラムと脳に当たるAIだ。それに基づき行動し成長するが、その全ては開発者の手の内にある。

 それは千秋も同じだ。どれだけ人間に近づいても、所詮は人間の作った機械なのだ。

 千秋が千夏を呼ぶ声がした。千春よりも少し甘えたな喋り方だ。千春であれと望まれて創られたアンドロイドはもう千春には見えない。


 「プログラムだろうと何だろうとユイさんが選んだ言葉です!」

 「でも僕が許した範囲でしか喋れないよ。だってアンドロイドなんだから」

 「アンドロイドが言葉を交わしてくれるから孤独な人間の独り言も会話になる。それが僕らを支えてくれる」


 千秋は弟だ。千夏はそう思っている。千春の代わりではなく、新しい弟だ。

 そして累はユイが襲われたとき狂ったように怒りを爆発させていた。結がいれば良いのならあの時あんなに叫んだりはしなかっただろう。


 「累さんを支えてたのはユイさんだ。あなたじゃない!」


 千夏は結を睨みつけた。しかし結はそれに言い返すことも怒ることもなかった。

 それどころか――


 「あはははっ!あはは!あ~……あー、おかしい」

 「な、何がですか!」

 「ユイは代わりって言われて傷ついたわけじゃないよ。遺伝子レベルでそっくりな双子の区別がつかないんだ。累が二人になって混乱してるんだよ」

 「へ?」

 「すぐに処理が追い付くから大丈夫」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした千秋を見て、結はくくくっと面白い面白いと笑っている。


 「あのね、僕になれなんて指示はしてないよ」

 「……え?」

 「僕とユイは全然違う性格なんだ。会話は聞き役で甘えん坊。意志薄弱で決定権は相手に委ねる。僕は絶対やらない。けどユイはやる。僕にできないことをユイがやるんだ」


 言っていることが呑み込めず、千夏はぽかんと目を丸くした。

 そしてその隙に結は今度こそユイに手を伸ばした。しまったと慌てて振り返ると、そこには予想外の光景があった。


 「累と一緒にいてくれて有難う」


 結はユイを抱き寄せ、よしよしと頭を撫でていた。それはまるで兄が弟を慈しんでいるようだった。

 どういうこと、と千夏が眉を顰めると、ぽんっと肩を叩かれた。振り向くと累がにこりと微笑んでいる。


 「大丈夫だよ。俺も結もユイを大事にしてるから」

 「……だって、結さんの代わりにユイさんを作ったんじゃないんですか?」

 「ユイを作ったのは俺じゃなくて結だよ。所有者も結」

 「へ?」


 きょとんとする千夏を見て結はまた面白そうにクスクスと笑う。

 その腕の中ではユイが困ったような顔で抱きかかえられいてる。


 「累ってば僕がいないと寂しくて死んじゃうでしょ?だから寂しくないように僕と同じ顔をしたアンドロイドを作っただけ。蘇生だ何だってトンチンカンな騒ぎ方するから非人道的なことしてるように見えるんだよ。君もそれを信じちゃったわけでしょ?メディアの作為に踊らされすぎだよ。あんなの話題性がほしいだけで真実なんてどうでもいいんだ。それを真に受ける方が馬鹿なんだよ」


 急にぺらぺらと喋り出したが、可愛い顔をして言っていることは相当馬鹿にしている。何しろ明確に馬鹿と言っている。

 つまりさっき千夏を煽り怒らせたのはわざとなのだ。結はけらけらと笑いながらぱたぱたと手を振っている。


 「精神的にどう作用するかなんて考えちゃったのもアンドロイド依存症目の当たりにしたからでしょ?あれもメディアの作為だよ。余計な病名つけるのが悪い。大体、故人を忘れずに生きて何が悪いのさ。心中したってそれを選んだのは自分自身で、それを他人が裁くから悪いことのように見える。余計なお世話なんだよ。その人がアンドロイドと生きることを選んだのならそれでいいじゃない。人間と生きようがアンドロイドと生きようが同じことだ。ねえ、千夏ちゃんはアンドロイドと生きることは誰かと生きることになると思う?」

 「え?あ、えーっと……」


 言っていることはあまり千夏の頭には入ってこなかった。

 ただ一つだけ、聞き覚えのある言葉があった。


 『君はアンドロイドと生きることは誰かと生きることになると思う?』


 それは前に街中で遭遇したユイが言っていた言葉だ。結ではなくユイだ。ユイだったはずだ。だがあの時のユイはあまりにも口数が多く、いつもより感じが悪いように思ったのを思い出した。


 (あれ?そういえばあのサングラス……)


 あの時のユイは何故かサングラスをしていた。アンドロイドには不要どころか邪魔でしかないサングラスを。

 そしてそれと同じサングラスが今、結の手にある。


 「……結さんていつ帰国したんですか?」

 「二カ月前だよ。忙しくて会社に泊まり込みだったんだけど――」


 結はかちゃりとサングラスをした。

 それはやはりあの時遭遇したユイそのものだ。そして、ユイは結そのものだ。


 「フラペチーノ買いには出たかな」

 「あ、あなたまさか!」

 「ユイの視覚データは常に僕の元に届くようになってるんだ」


 結はクスクスと笑っている。まるで最初からずっと馬鹿にされているような気分だ。


 「独り言は会話になる。いいね、それ。夏目翔太の求めたシナジーを叙情的に表現してる」


 ハッと千夏は気が付いた。

 現代ではあり得ないほど人間そのものであるアンドロイド。それを作った夏目翔太。


 (そうだ。ユイさんを作ったのが累さんじゃなくて結さんなら……)


 千夏はどくどくと心臓が鳴るのが聴こえた。

 結はただクスクスと笑っている。


 (この人が夏目翔太……!)


 千夏は何故か急に全身から冷や汗が出た。

 結は顔色を変えた千夏を見てさらに面白そうにくくくっと笑った。


 「難しく考えすぎなんだよ。何だっていいじゃない、幸せならそれで。そう思わない?お兄ちゃん」


 結はぴっとソファ席を指差した。その先には心配そうな顔をして駆け寄ってくる千秋がいた。


 「千夏~!何で怒ってるの~!?」

 「え、あ、ああ、その」


 怒っちゃヤダよ、と千秋に抱きしめられる。口をツンと尖らせて拗ねた顔はあざとく、しかし愛らしい。

 よしよしと撫でると嬉しそうに微笑んで、千秋はちろりと結に視線を向ける。


 「結さん、来るなら言ってよ~。千夏がびっくりしちゃったじゃない」

 「急に暇になったんだよ」

 「千秋知ってるの!?」

 「だって僕の製作者の一人だもん」

 「あ、ああ、そう、そっか……」


 じゃあ知らなかったの僕だけか、と千夏は急に恥ずかしくなった。完全に独り相撲だ。そしてそれを分かってて言い合いを続けた結の意地悪さに千夏は苛立ちを覚えた。


 「そんなことより!お客さん注文待ってるよ~。ケーキまだあ?」

 「え?あ、す、すみません!!」


 言われて営業中だったことを思い出し、客の視線が集中していることにようやく気が付いた。

 千夏はぺこぺこと頭を下げ、溜まっていた注文の品物をどたばたと出していく。だが客も驚いだわねえ、と結が生きていたことに一緒に驚いてくれる。

 その姿にあははっと声を上げて笑いながら、結はこれみよがしにユイ専用のソファ席に座った。


 「千夏ちゃーん。僕も瓶ショートケーキちょーだい」

 「食べないんじゃないんですか」

 「これは商品で誕生日関係無いもん。僕だって食べるよ」

 「……結さんて性格悪いでしょう」

 「よく言われるよ。ユイもケーキ持ってこっちおいで」


 多少の嫌味は届きもしない。

 結は累も一緒に食べようと席に連れ込むと、棗兄弟は営業中である事をすっかり忘れ去って和み始めた。他の客もまだざわついているが、結はちらりと千夏を見てひらひらと手を振ってくる。

 馬鹿にされ続けて千夏がイラついていると、ちょんちょんと千秋が腕を突いてきた。


 「三人とも嬉しそうでよかったねえ」

 「そう、かな……」

 「そうだよ。人間とアンドロイドの三つ子っていいねえ」


 結はユイを連れて行った。累だけでなくユイもだ。

 ユイはまだ複雑そうな顔をしているけれど、累に頭を撫でられ結にくっつかれている時は嬉しそうにも見える。


 (人間とアンドロイドの三つ子か……)


 いいね、と千秋はくふくふと笑っている。千春ならきっと累に向かって仕事しろと言っただろう。


 「……僕らも三つ子だよ」

 「あ、そうだよ!春夏秋!あと冬だね!」

 「だねって、増えないよもう」

 「そうなの?僕弟欲しい。だっていっぱい一緒だといっぱい幸せだよ!」

 「それは結さんに言ってよ。まあでも、うん」


 Androdiaには故人をモデルにしたアンドロイドがいる。

 あくまでもモデルで生き返ったわけでは無い。


 「幸せならなんでもいっか」


 今日もAndrodiaは行列を作っている。

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