第11話 アンドロイドの本能
「千夏、元気ないねえ」
「え?あ、ごめん」
「いいよ。元気ない時は僕とぎゅーってしよ」
千夏が母親のことを考えてぼうっとしていると、ぴょこんとチハルが顔を突き出して来た。
そして千夏の腕にしがみ付いて頬ずりをする。成人はおろか、高校生にもなれば兄弟でこんな密着は気恥ずかしい。だが千夏はこれと同じことをしていたアンドロイドを知っている。
「これはユイだな。データ不足なところは暫定でユイを参考にしてるんだ」
「ああ、どうりで」
「千春ならどうする?教えて教えて~」
「そうだなー……」
千夏は一つのことを気にして悩み始めたら一週間、二週間と引きずるタイプだ。だが千春は数時間落ち込んだらすぐに立ち直るタイプだった。親に心配されるのはいつも千夏で、千春はそれを見てため息を吐いていた。
『千夏いつまでうじうじしてるの~。陰気なの止めてよねえ』
あーあ、と言って千春は千夏をほっぽって出かけるか一人で遊び始めるのが常だ。
「……放置かな」
「え~!?ほったらかし!?」
「うん。慰めてはくれないかな」
「千春ちゃんはドライなんだね」
「というか、効率悪いこと嫌いなんです。悩んでる暇に動けばって」
「だそうだよ、チハル」
「え~!え~!それやるのぉ~!?」
チハルはむうっと眉を顰めて頬を膨らませ、ぷんっと千夏に背を向ける。
「あんな感じ?」
「はい。元気になったら来てね、みたいな感じ」
「やだ~!僕やだ~!」
「うわっ」
千夏を突き放したことが耐え切れなかったのか、チハルは秒で戻ってきて千夏にぎゅうと抱き着いた。
「やだ~!僕千夏に優しくしたい~!」
「いいんだよ、お前は千春のことを覚えれば」
「やだ~!」
チハルはいやいや、と言って千夏の腕にしがみ付いた。
ちゃんと覚えろよと累が言って聞かせるけれど、チハルは不服そうに頬を膨らませる。何だか可哀そうになってきたが、その時ユイがよしよしとチハルの頭を撫でた。
「仕方ないよね。人間を支えるのがアンドロイドの本能だし」
「本能?」
「うん。人間が辛い時は傍に居たい。放っておくのも愛情って理解するのはまだ難しいかもね」
「そんなの愛情~?一緒にいた方が良いに決まってるよ!」
「色んなお客さんと話せばそのうち分かるよ」
「今はとにかく千春を覚えればいいんだよ」
ぶう、と千春は頬がこれ以上伸びないであろうほどに丸くした。
(千春っぽくするの嫌なんだ……)
累は離れるように言っているけれどチハルは千夏の傍を離れようとしない。
ぎゅうっと抱きしめてくれる腕は温かくて、千春とは全く違う行動をするチハルの頭をそっと撫でた。
「いいよ。優しくしてくれるのは嬉しいし」
「ほんと~!?千夏が嬉しいと僕も嬉しい!」
やったあ、とチハルは喜んでさらにきつく抱きついてくる。双子というよりも年の離れた弟のようだ。
何だか可愛く思えてきて、千夏はもう一度チハルの頭を撫でてやった。
「一度甘やかすとクセになるよ」
「でも嫌がってること無理矢理やらせるのは……」
「千夏君がいいならいいけど。でも甘えん坊がチハルのパーソナルになっちゃうよ?」
「チハルのパーソナル……」
千春は千夏にごろごろ甘えたりしない。
これがチハルの性格になるのなら、それはつまり千春から遠ざかるということだ。
「……それは駄目なんでしょうか」
「それは千夏君次第だよ」
累はぽんっと千夏とチハルの頭を撫でた。何故か累は嬉しそうに微笑んでいる。
「チハルの試運転期間もあとちょっと。終わったら一旦美作が持って帰って、完成したら戻って来る。その時に千夏君に決めてほしいことがあるんだ」
「僕にですか?」
「そう。あいつの名前」
「名前?」
「チハルのままでもいいし新しくしてもいい」
千夏はチハルを見た。
容姿は千春にそっくりだが、甘えん坊なところは千夏にも千春にもないものだ。ベースはユイだったが、ユイよりもずっと甘えん坊で子供のようだ。千春の口調はゆっくりで間延びしていると教えたが、今のチハルは語尾は伸びながらもぽんぽんと跳ねるようなリズムで喋る。これも千夏とも千春とも似ていない。
「……考えておきます」
「うん。よろしく」
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