30話 聖炎
「どういう、こと……?」
この、他人を操る能力にセイマネは絶対の自信を持っていたみたい。
だったら動揺してる今がチャンス! 一気に終わらせる!
私だけが操られないこの状況、活かさない手はない……!
「う、あああああああああああ!!」
私に絡みつく糸はアンクが弾いてくれて、みんなに纏った糸は炎が焼き焦がす。
もう、なりふり構ってられない。
この体ひとつで、セイマネに飛びついていた。
「ノルくんは確かにすごく魅力的だよ!! でも、あなたが独占していい理由になんてならない!」
「独占なんて……! 私はただ、ノーブルくんには変わらないでいてほしいだけで……!」
「気持ちはわからないでもないけど、人と触れ合ってノルくんの違った顔が見られるんだよ!? そういうところも喜べるようになったら、もっと楽しいはずだよ!?」
オタク、って単語が通じるかはわからないけど。
私の気持ちが少しでも届いてほしい。
自分の考えを押しつけたい、とかそんなことじゃない。
もっと、その奥の──
「──え!?」
杖を振り下ろした瞬間、セイマネの姿が消えた。
それと同時、彼女の姿は私の背後へ。
そのまま流れるように、私の体を一瞬で拘束してしまった。
……っ! 完全に、油断した……!
今までセイマネは糸を使って他人を操って戦ってた。
それは、自分が接近して戦うのが苦手だからと、勝手に思ってた。
まさかそれすらも、この状況に持っていくための布石だったってこと……?
本当、どこまで考えるてるんだか……!
「どうせ最後ですからね。あなたには全部話しておきますよ」
セイマネが、言葉を放つ。
今は圧倒的に彼女が有利な状況。
いつでもとどめを刺せるからこそ、あえてこの選択をしたってことなのかな。
「私のこの力は、生まれついてのもの。なんで普通の魔法じゃなくて、こんなに変な力があるんだって。何年も、何度も苦しみました。そんなとき、ノーブルくんの姿を見たんです。一生懸命が頑張る姿が、本当に輝いていました。どんなことが起きても、笑顔でピンチを跳ね返すノーブルくんが、本当に眩しかった」
「それじゃあ、ノルくんを傷つける理由にはならないでしょ……!? なんで、こんなことを……!」
「違うんですよ。ノーブルくんに救われた気持ちと同じくらい、彼に特別な感情を向ける人たちを嫌悪する気持ちが強くなったんです。理屈じゃなくて、心の深いところで否定してるんです。その苦しみから逃れられる方法が、これなんですよ」
──だから終わらせる、と。
理由はわかった。この子も、この子なりにノルくんに魅せられたファンのひとり。
でもやっぱり、その在り方は歪んでる。
だけど、セイマネの気持ちは痛いほどに伝わってくる。
私だって、この子みたいな時期があったもん。
自分との推し被りに苦手意識を持っちゃう──いわゆる同担拒否ってやつ。
そのときは、自分と同じ人を友達や知り合いが推してる、ってだけで本当に辛かった。
でも、あるとき気がついたんだよ。
たくさんの人に囲まれてる推しは、もっと輝いて見えるんだって。
変わることは怖いことかもしれないけど、一歩踏み出したら新しい世界が見えるんだって。
意識して、世界が変わった気がした。
苦しんでたあの頃から、抜け出せた気がした。
同じ道を歩んでるからこそ、放っておけない。
アニメでノルくんにしたことは許せないけど、それはノルくんのことを想えばこそ。
好きな気持ちが暴走した結果なんだよ。
アニメではその気持ちのやり場がなくてあんなことになったけど、今は違う。
──最悪の未来を変える。そのために、私がここにいるんだ。
同志に、間違った道は進ませない。
絶対、ここで止めてみせる……!
ただ押しつける、じゃこの子の価値観を塗り潰して否定することになっちゃう。
だからほんの少しでいい。新しい可能性に気がつけるきっかけにさえなれば、それで──!
「それでも! ノルくんの命を奪ったら、なにもかも終わりじゃない! 全部なくなって、あなたは平気でいられるの!?」
「私の中に、綺麗な思い出だけがあれば構いません。それ以上はなにもいらない、私がノーブルくんを守るんです」
最後の言葉を告げた直後。
セイマネが、私を拘束する力を強めた。
関節が軋んで、呼吸も難しくなる。
「ぐ……あっ……」
これじゃ、魔法も唱えられない。
こんなところで止まるわけにはいかないのに……!
「コヤケさん……! やっちゃってください……!」
グラさんの言葉を聞いたと同時。
私の体を、熱いなにかが駆け巡る感覚がした。
グラさんがこのタイミングで声をかけてきたのは、この状況をひっくり返せるなにかがあるからこそ。
最適なバフをかけてくれたってこと。でも、みなぎる力はまだじゅうぶんに巡りきってない気がする。
こんな絶対にミスができない状況で、グラさんがそんなに中途半端なことをするわけない。
今このバフをかけてくれたってことは、私のことを信頼してくれるってことだよね。
さっき、私の肩に触ったときに
──これなら、いける!
「う、ああああああああ!!」
力の限り、体を動かす。ただ、それだけ。
でも、セイマネの拘束を振りほどくにはじゅうぶんすぎた。
二、三度地面を転がったのち、セイマネは睨みながら立ち上がる。
当然、これだけでどうこうなるなんて思ってない。
あくまでも、きっかけに過ぎない。
今のこの子に必要なのは、本当の意味での心の救済。
そのための、ね。
「ねえ、セイマネ」
それはきっと、力でおさえつけるだけじゃなにも解決しない。
「本当に苦しいよね。今の話を聞いて、あなたの姿を見てたらよくわかった」
「なんです、いきなり……? あなたになにがわかるんです……!?」
「確かに、100%はわからないかもしれないよ? でもね、私も似たような道を通ったから、その気持ちに寄り添うことはできるよ。それに、その苦しみから抜け出せる方法を知ってる。もちろん、大事な推しを傷つけないで済むやり方をね?」
一瞬、セイマネが目を見開いた。
同じオタクだからこそ、通じるものがあったのか。それとも、さっきまで私が言ったことが少しでも響いてくれたからなのか。
なんにしても、これで彼女を助ける道が見えてきた。
「ね。その気持ち、一回私に預けてみない?」
私の問いかけに、セイマネが静かに目を閉ざす。
ノルくんからもらったアンクに、グラさんにかけてもらったバフ。
そして、ヒイロちゃんからもらったこの力で──
「
全てを癒し、浄化する聖なる光。
今まで放ってきた荒々しい炎の魔法とは違う、まるで真逆の光。
私たちの周りを、真っ白な光が包み込んだ。
それと同時。
セイマネはひどく穏やかな表情を浮かべ、花をつくほどに強まった花の匂いもすっかり落ち着いていた。
糸が解け、色鮮やかな魔力の粒子が宙を舞う光景は、まるでお花畑みたいで。
頬を伝う涙は、今まで積み重ねてきた苦しみごと、彼女の心を洗い流してるみたいだった。
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