第33話 格闘家によるマスター教育方針

 火山地帯へと足を踏み入れる光輝。徒歩なのでかなりの月日が経った今、森の事など忘れ去っている。

 降りかかる火山灰は、オールマイティー・ウェポンによって防ぐ。熱すら遮断するので着た切り雀な状態だ。

 道中に現れる人型のゴキブリを殴っては身ぐるみ剥いで、蹴っては首の骨が折れる。

 手加減はしない。何故なら悪党に人権なんて無いのだから。

 町や村に行けば兵士が寄ってくる、ギルドに赴くと拘束してくる。

 いい加減に無駄だと分からないのだろうか、それとも、分からないからやって来るのか。

 一先ず何とか情報は得られた。


 最古のダンジョンは火山地帯であるこの辺り一帯に存在するらしい。複数ある入口前には看板がご丁寧にも設置されている。

 入口付近で錬金術を使えるかどうか試す。問題無いようだ。能力も安定して使える。


 オールマイティー・ウェポンも顕現してくれた。

 もう、何も怖く無い。



 火山を支配しているダンジョン・マスターは狼狽えていた。

 黒髪を適当に切り揃えたので、寝癖が凄いことになっているが男なので気にしない。

 何より長年外へと出ていないし、召喚するモンスターは男女問わずマスターに好感を持つ。

 身だしなみは気にしても仕方ない環境だった。


 そんなダンジョンの侵入者はたった一人、それも同じダンジョン・マスター。

 ダンジョン・クリスタルを使って警告しているのだが、応答が無い。


 対決モードでも無いようなのだが、このマスターは外から堂々と入ってきた。

 なのに、モンスターは簡単に殴り飛ばされ、罠も魔法も効かないようだ。

 黙々と進み、淡々と殲滅していく。ボスですらほとんど一撃で倒れている。

 しかし、マッピングしてないのかフロア内を端から端まで行ったり来たりを繰り返す。ネームド・モンスターが何度も復活するが、容易く蹴散らしている。

 レベルは自分に遠く及ばないのに、疲弊すらしていない。そして、ようやく次の階層へ入る。



 侵入者を監視して丸一日経った。


「何なんだ、あのチート女は」

「先程からナックルのままです。あれがスタイルなのか、まだ本気ではないのかは、現状では判断しかねます」


 マスターの側近であり、世話役の高位悪魔の女性が語りかける。

 ダンジョン内を映す液晶画面は、偵察特化のモンスターだ。

 しかし、神様でも発見出来ない仕様なはずの監視モンスターを、侵入者は一度掴み潰している。それからも、定期的に発見してはザクロにされていたが、一定の時間と距離が不可解だった。


「何故、あんなにも簡単にシュレディンガーが発見されるんだ」

「……おそらく、トイレなのでは?」

「…………不眠不休で動きまわるクセに、魔法は使わない。錬金術は最初の一度きり、スキルもアレでは使っていないのだろう」


 咳払いして話題を変える。


「熔岩の上を歩き、マグマの中を泳いでますが」

「錬金術で自分の身体を熔岩にしているんだろう、人体錬成に手を出した錬金術師なら、最初の手合わせ錬成も頷ける」

「名前付きを下がらせます」


 画面に目を戻すと、また監視モンスターがマミった。



 もう侵入して三日は経つのだが、侵入者は未だに中間の階層だ。最初こそ監視し続けていたが、被害は増える一方ではあるものの名無しだけなので、今は普段通りの生活を送っている。


「まだ此処まで来ないのか」


 名無しのモンスターを幾度となく大量に投入したりしたが、返り討ちにされていた。

 待ち伏せも効果なく、何故か潜んでいる場所を前に立ち止まる。挙げ句の果てにはヤンキー座りしての根性比べをしていた。

 仕方なくモンスターを出すと蹴り技で倒される。

 食事や睡眠は摂っていないので寝込みを襲う事すら出来ない。逆に此方のモンスターが寝込みを襲われているのを見てしまう。

 四日経つ頃には最深部にやっとこさ着いていたが、もうマスターは侵入者の存在を忘れかけていた。


「ああ、そういえば居たな。というかまだ居たのか、あの侵入者は」

「もう名前付きしかいませんが、迎撃しますか?」

「名前付きと名無しの居場所を入れ替えよう。承認」


 側近以外のモンスターは全員が居場所を入れ替わり、侵入者は少し怪訝そうな顔でいる。


「もう気付いたのか、まぁいい。このまま此処まで来るんだろうし、最後に会話出来ればいいかな」


 マスターにとっては冒険者以来の他人だ。対決以外でのダンジョン・マスターとの接触は今までなかったので、今更ながら緊張する。


「身だしなみでも整えよう、風呂に入って来る」

「畏まりました」


 側近は監視を続けようとして向き直ると、監視モンスターがまたまたマミった。




 更に一週間が経過する。


「おい、どうなっている」

「名前付きの部屋で寛いでおられます」


 敵陣の生活空間で、あろうことか侵入者が掃除したり、料理を作ったりしていた。


「何故攻めて来ないんだ。おちょくってんのかあのアマ!」

「名前付きから苦情が来てます、どうしましょうか?」


 マスターをあしらいながら側近はマイペースに報告する。


「あの部屋を複製して、名前付きを戻す。相手が戦闘を仕掛けるようなら退避させろ。俺自らが出る」

「了解しました。装備は彼方です。一応、会席の場を用意してあります」

「ねぇ、さっきからマスターへの対応が三百六十五度違うようなんだが?」

「実質五度違いますが、それが何か」


 真顔で返され、言葉に窮する此処のマスター。

 そんなやり取りがあるとは露知らず、侵入者は戻って来た名前付きを出迎えていた。



 光輝は威圧感の違うモンスターを見て、このダンジョンを創ったマスターの主力と判断する。


「来たか。待ちくたびれたわ」


 モンスター達は光輝に見つかると、逃げる者と殿になる者に分かれて動く。


「全員止まりなさい、止まらんと……ご想像にお任せするわよ」


 そう言って部屋と廊下を仕切る壁に裏拳を叩きつける。

 頑丈なダンジョンの壁にはひび割れすら一つも入らず、拳の跡がキレイに残っていた。それだけで名前付きは光輝の技量の高さを垣間見て、無駄な破壊をしない一点に集中する攻撃力と威力に、抵抗は無意味と悟る。

 名前付きとマスターは監視モンスターの視覚情報を共有しているので、すぐに止まった。

 マスターだけがふと立ち止まっていることに気付き、現場へと走る。

 名前付きの思考は一致し、自分達の頭蓋に風穴をあけられては堪らない、と考えた。全員が整列して気をつけの姿勢で、光輝を待つ。


「うんうん、武力行使よりも話し合いが一番よね」


 名前付きは口を閉ざす。



 男女共に豊富な種類の名前付きが居る。流石は人々から最古のダンジョンと呼ばれるだけはあった。

 しかし、強さに胡座を掻いている節が否めない。此処のモンスターは延び知ろが少ないのは分かった。典型的な無双状態に慣れてしまったダンジョンの末路である。

 マスターもこれでは部下におんぶに抱っこの有り様だろう。既に最初期のような緊張感とは無縁な安定した状態なので、自己鍛練を疎かにしているに違いない。

 罠と地形を組み合わせた序盤とは違い、中盤は数に物言わせた物量任せ、終盤は育てた幹部の安全を最優先に、立ち位置の総入れ替えと女々しいのなんの。

 犠牲が怖いのなら幹部なんか育てるなと言いたい。もしくはちゃんと代えや予備を用意するべきである。


 マスターはようやく光輝の居る場所まで辿り着く。


「遅い」


 遠く離れて目視も難しいはずなのに、光輝は目敏く見つけ出すと、新入りを床に這わせた。

 何が起きたのか理解が及ばない。何故、マスターである自分はダンジョンの床にキスしているのだろう。


「新兵の分際で遅刻するとは、教育がなっていない。此処のマスターはロクに部下の管理すら出来ないのかしら?」


 はい、俺がマスターです。

 とはいえ、この侵入者は同じダンジョン・マスターである事すら分からないのか。

 名前付きと同じ扱いは我慢出来ない。部下を此処まで育てたのは他ならぬ自分だ。

 何度も危険な目に会ったが、苦楽を共に過ごしつつ、今日まで生きてきた側近とは、天秤の傾き方が違う。意地で頭の上に乗せられた足を退かす。


「アンタの名前は?」

光輝シャイニングよ!」


 どう動いたのか、またまた分からないのだが、シャイニング・ウィザードらしき技を喰らって目の前が真っ暗になる。


「あわわ、マスターが呆気なく倒された」

「は……? コレが此処のマスター?」


 モンスター達に問うと、一斉に頷かれた。

 弱すぎる、マスターならもう少し頑丈なはずだ。携帯小説の主人公特権は当てにならない。いや、主人公ではないのか。

 でも、脇役や使い捨てのキャラだってここまで柔ではなかったと思うが、思い違いなのかな。


「……お前等には、このダメ・マスターを振り向かせるぐらいの、得意分野を延ばした芸を仕込む」


 訳が分からないと言う顔をされたので、このマスターが抱いているであろう、部下への心象をある事無いこと吹き込む。

 どうやら、思い当たる節があるようだ。側近とおぼしき悪魔に介抱がてら確認すると、概ね一致しているらしい。


「メイドさん、貴女も変わる気があるならだが。このマスター共々再教育してやろうか?」

「お願い致します。出来れば、あの頃の頼もしげで危なっかしかったマスターに、戻して下さいませ」


 どの頃なのか分からないが、やってヤンヨ。


 まず、料理が得意なモンスターにはレパートリーを増やして貰う。

 更に思考実験を積み重ねた結果、狼やドラゴンは動物形態よりも、人型形態の方が教え易いと判断した。

 だから何が得意か分からないモンスターには、掃除や洗濯、食材の加工から調達、ダンジョン・ポイントを使わなくても出来る事は、全てやってもらい適性がある分野に振り分ける。

 振り分けたらその分野を纏める監督役に面倒を見させ、指導力と采配の腕を磨かせておく。

 道具は素材から作るか、魔法の応用で補ってやらせる。素手で出来るなら素手のままで勿論構わない。


 兎に角、ダンジョン・ポイントに頼らない事、自分の能力で出来る範囲を見極め、スキルや魔法、技量での応用力をつける事を目指す。

 ポイントも無尽蔵に湧く訳ではないし、冒険者の数やレベルにも限りがあるのだ。

 特にこのダンジョンは侵入者が少ない。

 これまでダンジョンとして保ってこれたのは、一重に名無しのモンスターが気を利かせて、外に出ては狩りをするとダンジョン内で倒していたからである。もしくはダンジョン内で食物連鎖を頻繁に繰り返し、身体を張って名前付きのモンスターが困らないようにしていたのだろう。


「お前にはモンスターに感謝する精神を思い出して貰う」

「お前じゃない。俺の名前はミッドだ!」


 椅子に縛り付けたミッドの頭目掛け、掠めるよう交互にストレートを放つ。側頭部が拳圧で刈られる。


「誰が発言を許可したのかな、ん?」


 ミッドは泣く泣く延々と、ダンジョンの初心者が作る戦力や罠の配置、出会う魔物の対処法を書き上げては、クリスタルのホログラムに投影し、レベルに合った冒険者との模擬戦を眺めていた。


 ちなみに、普通のダンジョン運営以外の選択肢をしても、クリスタルは仮想の過程と結果を弾き出す。

 一番デンジャラスな運営は、マスターである事を隠してギルドに加入し、義勇兵としてその都度モンスターを駆使し戦争で敵国を落としたり、自国内で訓練所を開いたり、国を起こしたりしたモノだった。

 何故か戦争時は味方のモンスターに敵兵と間違えられたり、偽物の成り済ましたマスターにモンスターが引き抜かれる等という、予想外なバッドエンドを迎える。

 最悪なのはギルド内の酒場で頼んだ定食を食べ、クエスト中に発症した食中毒による死亡だった。

 下痢で苦しんでいる所を魔物と勘違いした、哨戒中の仲間による剣で斬られての殺害である。

 しかも、その死因は魔物のせいにされてしまう。隠蔽した仲間達は、報酬の山分けで宴会。ミッドの葬儀には誰も寄り付かない。


 光輝は流石にこの結末は不憫過ぎだと思ったが、誰とも親しくしていなかったミッドにも原因はあると考える。

 それを指摘してもミッドは納得出来かねるようだ。引きこもりだからって仮想空間でも人見知りしなくても良いだろうに。



 側近のアマユミは人間の性格一覧表を渡す。


「これで、まずはクーデレの基本を押さえてもらうわ」

「クーデレ、普段クールに振る舞い、いざというときにデレる。類似として、喰うデレがある。はぁ、コレがどう役に立つので?」


 胡散臭そうに辞典並みの分厚い本を眺める。

 アマユミはストレートヘアーをかきあげて、光輝の前に意気消沈で突っ伏すマスターの脳天に落とす。カエルが潰れた声を出して痙攣し、動かなくなった。

 通常はモンスターがマスターに攻撃する事は出来ないのだが、今回は不慮の事故と認識されたようだ。


「考えようによっては、自分のマスターを操れるようになるわよ」


 この言葉でアマユミは気づいてしまう。

 クーデレなら普段通りにまずは報告やら、各持ち場への判断を仰ぐ。

 マスターは基本的に自室で、魔法陣の細かい解析や新しい魔術の開発をしている。

 アマユミは助手のように雑用をこなす事が多い。朝から晩までずっとだ。

 最後に就寝前の報告と夜行性のモンスター達へ、必要な指示や見回りのシフトを発表する。そして別々に臥床。これが今までの暮らし。

 アマユミは別段、マスターの寵愛を受けたい訳でも、懸想している事も無い。

 家族よりの主従関係に徹しているのは、仮初めとはいえ創造者と披創造者の立場を理解しているから。

 マスターの死は自分の死、しかして、自分の代わりはいくらでもいる。


 それが変わると言うことは、恋愛か、友情の違いくらいしかない。

 腐っても男女、ならば、一つ屋根の下で間違いが起きない筈がないのである。それを経て愛情と友情の二択となりうるのだ。

 光輝の暗に言わんとするところは、今までの関係が歪過ぎ、惰性的な思いで付き従う事程、相手を侮辱しているらしい。

 この問題は本人の意思に関わらず、相手を意識すらしていない事と同義だった。

 下手するとダンジョン運営が一気に破滅する。創造者だからと言ってモンスターを見ているつもりが見ていない。

 それは主従というより、隷属での放置と変わらない事だ。


 都合の良いときだけ頼り、悪くなると知らない振りである。そんなマスターに名を付けて貰い、衣食住を与えられても嬉しくない。

 ただ、空虚なだけ。

 ならば、どうするか。簡単な事だ。支配権を自然な形で奪えば良い。

 具体的にはマスターを魅了して骨抜きにする。失敗してもマスターが調子に乗るだけで、遅いか速いかの違いしかないのだ。主従関係やダンジョン運営の破滅とかではなく、性的な意味で。


「大丈夫、まだこのダンジョンは持つから。焦らず、逸らず、じっくりと丁寧に」

「イエス・マスター」


 アマユミはマスターよりもマスターらしい光輝にかしづく。

 人間から最古と呼ばれたダンジョンは、悪臭漂う二人が管理していた。

 他の連中は側近に遠慮しているのに、肝心の側近が惰性の延長で摩耗し過ぎ、自身の思いすら記憶の彼方である。


 マスターもそうだ。軋轢から勘違いが始まり、勘違いから破滅を導くところであった。

 まぁ、一度アクションを起こせば連鎖的に修復するだろう。でも、肉欲乏しいマスターを振り向かせるのは、至難の技だと思う。初々しいといえばそうだが、見てるだけで吐き気がする。

 いい加減に気付けよ、ミッド君。アマユミさんが可哀相馬さんだって。



 最古のダンジョンは結果的になんとか救われた。

 詳細は省くが、オペレーション・パトロール・デートを何度か行う内に、アマユミはマスターにソフトタッチしまくって周りに印象付ける。

 思い出すだけで頭痛がするので、黒歴史にさっさと葬った。


 最終的には破滅の先送りにしかなっていない。それもそうだ。

 部下を育てはしたが、主に二人の関係に力を注いでいたのだから。自分自身の維持に関する、基本的な事以外は何も教えていない。

 彼処のモンスター達は高見に登れた可能性がある。それこそ、得意分野が達人級になっているくらいは、確かに育てられた筈である。

 人間の文化に頼らなくても発展させられただろうが、マスター達が邪魔してくれたので後の祭りだ。


 風の噂では辺境の森にドラゴンの守護する街が出来、物好きな冒険者が移住して魔物と交流しているそうだ。

 森の周辺で魔物と貴族の私兵での軍隊が正面衝突するも、肉弾戦にもつれ込み、軍隊が敗走したらしい。

 その時、近くの町を使って軍隊が編成の準備を整える際に、町の糧食を根こそぎ持っていったそうだ。

 私兵を率いた貴族は没落、軍隊は野盗として狩られる。

 残された兵糧は軍隊より強い魔物が彷徨くので、冒険者といえども手が出せない。

 諦めて散り散りになり、町を放棄する決意が下されるも、ドラゴンが町の広場に糧食を投下し始める。

 その不意を突いて、魔物達が町の側で白旗を振る行動を起こす。


 勝った魔物側が町に降るという奇妙な状態へと陥った。

 双方ともに話し合いを繰り返し、町は魔物に占拠された情報が流れたので、国から見放される結果となり、地図からは町を含めた森までが消え失せる。

 どうも、国側としては貴族の横暴と魔物に負けた事実より、魔法使いの軍隊が包囲しての殲滅戦とする方が、国の威信に傷が付かないと考えたようだ。


 何より、国の軍隊が強い事を印象付けられる。怒らせれば次に灰塵と化すのは、他国にもなりかねないのだ。

 証拠抹消の意味も兼ねた野盗狩り、冒険者共々町人達は存在しない町から来ても、不審者扱いかスパイ容疑で投獄する腹積もりか。軍隊の敗走した噂を流す者も同様に潰すのだろう。

 中々切れる人物が居るようだ。しかし、狭い未来しか見えていない。そんな国なんて高が知れている。

 光輝は奇しくも、また一つ国を腐らせてしまった。



 錬金術の使用には等価交換が条件である。しかし、等価交換とは言え失ないたくないのが人間だ。それでも錬金術を使うが、等価交換は必ずしも同等の価値を対価にする訳では無い。

 腕一本で魂を鎧に定着させる事もあれば、錬金術の能力を一生使えない事で別世界に跳べもする。

 要は失なう物が用意出来る間だけしか、錬金術は使えないのだ。逆に用意出来る内は等価交換だろうと、等価でない交換でも、錬金術は使える。過剰に対価を支払っても、一定の効果しか引き起こさないが、少ないと最悪死ぬのが錬金術という能力だ。

 意味を履き違える錬金術師が後を絶たない。


 光輝もその一人だったが、相方の虹と組んで暴れまわる内に、破壊神に気に入られたのだ。

 破壊神曰く、錬金術は後天的能力故にノーモーションでの発動は難しい。賢者の石は等価交換無しでの錬成を可能とするが、実際には死人の魂を対価にしているだけの欠陥品だ。

 ドーピングと大差無い。

 しかし、光輝と虹は違う。

 派生や範囲は違うものの、確かに対価は支払っているから錬金術が扱える。少ない事はなく、過剰な場合は多々あるが、本人達に直接的被害が無い。


 無い以上のしわ寄せは世界に来る。例えば星の寿命、起こりうる気象等が発生しないとかであり、立ち寄っただけの世界の未来なんて心底どうでもいい。引っ掻き回すだけ引っ掻き回しては立ち去るのが使徒である。

 しかも、能力の応用次第では創造神や唯一神の許可なくても、世界が生まれるだけの知的生命体溢れる惑星や宇宙を造り出す事も出来た。

 生み出した星では、光輝や虹はまさしく神に等しい存在である。その星の人間がもし、何様のつもりだ、と逆上してきたなら迷う事なく神様だと言う。

 造り出した世界では不意討ちを受けても死なない。神様だから搾取もするし、気紛れに終末を訪れさせたりもする。

 実際に反重力を複雑に操れば、無から有へと宇宙を創れるのだ。トンネル効果にビッグバンは一瞬、光よりも速い勢いで膨れ上がる。

 もっと簡単に創る方法もあり、時間、空間、物質を操れる能力者なら協力する事で創れ、管理も分担出来るのだ。


 では、光輝の能力に弱点は無いのかと言うと、探せばけっこうある。重力や次元、分散させて特化した時間、空間、物質の能力、光と同じ速さで動く敵、最終的には相手を転生させる能力に、エネルギー変換能力。宇宙を操れるからと言って、光速移動が出来る訳ではないのだ。

 それら科学での理論や法則をねじ曲げるのが、魔法であり奇跡と呼ぶ。理論に沿って修正したり、魔法未満での科学を歪める能力が錬金術だ。まともにやり合えば錬金術の分が悪い。

 しかし、武器や体術を動因すれば分からない。義弟が良い例である。

 武器の特性を引き出し、己の技量だけで魔法を斬ったのだ。通常ならば魔法には魔法、剣には剣となる。この図式は奥深いが使い古されていると言えよう。



 光輝は魔法使いの集団に襲われていた。

 火球や風の矢、岩の槍、水の剣、一人一人が違う属性の魔法を大量に放つ。火球は拳を振り抜く事で打ち返し、風の矢は返す手で掴む。岩の槍は砕き、水の剣は刀身を殴って反らす。雷の斧は交差させたグローブの甲で受け止め、氷の鎚は威力が乗る前に柄を指先で受け止める。

 楯は不要、この程度は拳だけで事足りるが故に、光輝の拳速は上がっていく。


 一時間も経つと、魔法使いの大半が魔力切れで昏倒している。残りは身体強化で杖を振るうか、拳を交えようと接近戦を挑む。

 徹底抗戦虚しくも、魔法使い達は惨敗した。


「戦闘スタイルがコロコロ変わるのは良いけど、武術がどれも伴っていないわ」


 魔法使いなら魔法を極めておかないと、そう呟くも誰も聞いていない。

 この魔法使い達は他国の精鋭部隊のようだ。服の中身を調べると、身元を示す物は見つからないが、国が囲っている連中特有の装備品の良さに、健康的な鍛え抜かれた身体で解る。体臭がキツくない事だけでも、生活面は保障されている環境なのだろう。


「おい、起きろ」


 魔法使いの特殊部隊隊員である一人を起こす。


「気が付いたかな、国へ帰って上に報告しなさい。次襲って来たらお前等を潰す、とね」


 颯爽と立ち去る光輝を、ただ見送る事しか出来ない隊員だった。



 光輝は歩く。

 馬には乗れない、鋼鉄の馬なら乗れるが造る訳にもいかない。ガソリンにオイルも作らないと存在しない世界では、火薬も製造法から秘匿されている。自転車もダメ、車なんてもっての他だ。

 馬車に相乗りさせて貰っても盗賊や魔物に襲われてしまう。相乗りさせてくれた恩義はあるが、護衛の者がヤられるまでは動かない。護衛が倒れる頃には馬が死んでいるか、完全に包囲されているかのどちらかだ。

 もしくは持ち主が死んでいる場合もある。光輝は馬を操れないので、馬車が無事でも乗れないのだ。故に徒歩に落ち着く。

 護衛を手伝えば強さが際立ってしまい、詮索される事になりかねない。雇われると自由に動けないから、無職の旅人のままだ。


 何より、この世界の人は強くもないのに生きる事に拘る。生活水準は低いまま、便利な道具は魔導具だけで魔法使いしか扱えない。科学の恩恵はほとんど魔法にすり替えて、魔法が扱える者こそ至上の存在と勘違いしている。

 だから、貴族や王族が横暴に振る舞う国が多い。そんな人間には期待すらしていないし、ダンジョンを作る者やモンスターの方が、まだ世界に革命を興せると思う。

 いつ死ぬか分からない、その点ではダンジョン・マスターもただの人間も変わらないが、必死さがまるで違う。

 マスターは簡単には外に出られない、ポイントが尽きれば飢えて死ぬ。モンスターや罠の配置が甘ければ冒険者に殺される。下手すると同じマスターに殺されるか、隷属するしか出来ない。譲渡しても記憶がない上、この世界の常識や知識が足りないし、凡人並みのステータスしか無いのだ。

 鍛え直すにも衣食住が無い状況では、魔物の餌も同然である。そうならない為にも短期間で強くなり、安定した収入を確保すべく奔走していく。



 光輝の噂はコアを通じてマスター達に広まった。

 立ち寄る村や町でマスターの使いと接触する事も多いが、ギルドの連中に嗅ぎ付かれやすくなってしまう。撃退は楽勝だが、キッチンに出没する太古の生命体並みに、次々出てくる。

 ダンジョンのモンスターに料理を教えながら、戦い方も実戦で教えていく。弱い場合は光輝が武器を折り、防具を外して全裸装備で戦わせる。

 拘束まですると実戦ではないのでしないが、素手でも強い冒険者は手足を砕く。相手も足掻こうと必死になるが、ここまですると基本的に抵抗すらしなくなる。

 しかし、光輝が居なくなった途端に元気を取り戻す場合があるので、やっぱり拘束はしない。



 約一年間もの間は一つのダンジョン・モンスターをそうやって育てていく。

 忘れた頃に光輝はやってくるので、ピンチな状態のダンジョンも多々あった。しかしながら、育てる対価は期間中の衣食住だけでありながら、関わったダンジョンの生存率は高い。

 勿論、ギルドがただ指をくわえてダンジョンが育つのを待つ訳もなく、光輝を狙ったり、ダンジョンへ過剰な程の冒険者を派遣したりする。


 だが、一部の地域では魔物の戦い方がかなり高度で、地図に無い知らない街へ立ち寄り、滅法強い女の情報を得ようと聞き込みをすると、人間に化けた魔物達がボコボコにしてしまう。

 ダンジョンへは何故か支援物資やモンスターの貸し出しが行われ、光輝が到着するまで高レベルモンスターが守護している。

 貸し出しの対価はなんと無料だ。支援物資でモンスターを養えないようであれば、貸し出したモンスターが一狩りして稼いでくるらしい。

 それを当たり前と勘違いするマスターは、貸し出したモンスターに狩られるだけだ。さらに光輝を門前払いする輩は、身をもって格上の実力を思い知るだろう。


 一見して光輝のメリットが少ないと思われるが、損得勘定無しでの暇潰しだから問題ない。

 暇は空腹以上に厄介な敵であり、暇をもて余す状態が続くと無気力になる。娯楽を否定する者は、文字を書いたり読んだりしない存在だ。そんな人間にこちらを否定する権利も権限も無い。


 妬み、怨み、嫉み、侮り、不満を周りに当たり散らす、面倒臭い奴は他人と自分の能力には違いが無いと思っているのだろう。

 人は平等と良く言う、人の上に人を創らず、人の下に人を創らずであるが、はっきり言って詭弁そのものだ。人間の生と死だけが平等であり、人間と魔物の命もまた平等なのである。

 何故なら人間一人が死んだところで、偉人だろうと天才だろうと死ねばそれまでだ。例え国の最高権力者が全員死んだとしても、変わらずに世界は回り続ける。

 英雄的行動も独善的行動も、日常生活に花を添える程度な出来事であり、そういう人間は死ぬと崇拝者達の心の支えとなるが、偶像は微笑むだけで何も語らない。

 だから、光輝の到着前にダンジョンが攻略されて、マスターに怨まれようとも、何も感じない。運が無く、早いサイクルでの輪廻転生を待つだけである。 


 光輝の戦い方には能力、錬金術、拳や蹴りの体術があり、数ある格闘術の中でも気功術が強い。魔法を闘気で弾き、他人の生命力を操作する事で治癒力を上げ、拳大の気を放てば中距離戦も戦える。

 能力は隕石落としから自転速度の加速だって出来るし、宇宙を説明する為の理論を具現化させれば、相対性理論も実体験が可能だ。

 ただし、ブラックホールの細かい操作や光速移動は出来ない。精確には出来ても確認のしようがないのだ。


 弟のウェザーと違って光速移動すれば意識は飛び、ブラックホールを操作するとたちまち次元の穴へと吸い込まれる。反物質を創れば自分が消え失せる可能性もあるだろう。

 しかしながら例えそれで死んでも、直ぐに転生するので修行のやり直しくらいで済む。使徒にとっては死はリセットの意味合いしかなく、死ぬ事に恐怖は抱かない。

 重力の操作は出来るので、光魔法をズラしては敵を押し潰し一網打尽にしてしまう。レールガンも撃てるし、ワームホールで移動も出来る。自転速度を加速させれば時間すら進ませてしまうので、世界そのものがジョジョのようになってしまう。

 どうなっているのか分からないから、検証出来ないので考える事を止めた。


 思考は好奇心をそこそこ満たし、思いと思いのズレが信仰や争いを生む。

 信仰がない状態では神様すら弱体化する。思考しないで動ける人間はおそらくいないだろう。理性を失なえばそれは野生動物と大差無い。

 そして、野生動物は信仰なんてしないが故に神様は弱る。


 錬金術は複雑な陣を描き、尚且つ再生、分解、構築の三つを理解しておかなければ発動しない。三つの内一つを常時発動させる方法は、腕に刺青で陣を描くと出来る。しかし、それは錬金術とは言い難いモノだ。

 禁忌とされる人体錬成については割愛しよう。ホムンクルスも全略する。

 ただ、現実に創る方法はあり、それは馬の子宮に人間の精子を注ぎ、二ヶ月強で取り出すと極小の胎児のような生き物が出来上がるそうだ。

 それを密閉した壺の容器に入れ、中を水分や栄養素で満たし、日の当たらない地下室で保存する。

 さらに三ヶ月から五ヶ月の間、一度も開封する事無く放置すれば、晴れてホムンクルスの誕生である。

 このソースはコンビニの雑誌で、歴史上に実在した錬金術師の本という物に書いてあった。


 オールマイティー・ウェポンの楯だが、意識していない時は常に浮遊している。重さは無く、耐久力は無限大、どんなに薄くとも頑丈で、矛盾した設計でも思うがままに出来上がった。

 銃なら銃弾の代わりに小さな楯が射出され、剣の場合は硬さが切断力に直結している。

 無意識化では具現化すらしないし、魔法使いやダンジョン・マスターすら欺く。更に、楯としての形状に拘りは無く、持って防げるのならどんな形でもいいようだ。

 それ故に銃や剣でも使用可能なのである。逆に持てない形状の武器や楯にはならない。

 闘気そのもののようなエネルギー状のバリアや、浮遊したままの防御は出来ないのだ。必ず持つ事、というのが制限なのだろう。

 だから、一部を持ち他の部分を浮遊させた状態での使用は出来ているし、銃なら銃身で、剣なら刀身で防ぐ事が可能だから、鎧や手甲は言わずもがなである。


 ちなみに、毒の刃や爆発物は出来ない。熱気や冷気を纏わせる事は可能なので、武器の熟練度が足りないのだろう。

 楯から大きくズレる兵器ではあるが、鎧の延長としてパワード・スーツには変形可能だ。

 材質も関係無いので、視界確保の為ならプラスチック・シールドも出来る。熔岩や王水に浸けても溶けない、ライトセイバーに核攻撃すら防ぐ。オマケに神話上の伝説の楯や鎧も再現出来るようだ。

 もう、乾いた笑いしか出ない。

 弱点は同じオールマイティー・ウェポンか、作製者と唯一神、そして神魔による攻撃くらいである。

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