ゼロ達の顛末

第24話 サイド・ストーリーな転位司祭(枢機卿)。え、意味が分かりません

 眩い光の中から、一人の男が現れた。

 日焼けした事が無いのか、雪の様に白い肌をしている。

 髪の毛も脱色したと思われてもおかしくない程の白髪はくはつだ。

 もし、体育会系の如き熱血漢がいたら、男のクセに女々しい奴だ。と、一喝していただろう。

 いや、男の周辺には、実際にその類いとおぼしき男達が、重苦しいよろいを着込んで、きらびやかな衣装を着た人物を警護しているようだ。

 男は素早く天井と壁を一瞥し、この状況と場の雰囲気から察するに王宮がある城と考えた。狭い室内が圧迫され、更に狭く感じる。

 男はゆっくりと視線を、近い者から順に移動させて、一人一人の眼を見ていく。

 その間、騎士に護られた状態で、高貴な立ち居振る舞いをしている女性が、騎士の背中越しに語りかけて来る。

 一人だけストレートの銀髪なので、よく目立っていた。

 だが、聞こえていないのか、後ろを振り向いては別の眼を見るという、良く分からない作業を続けるのだった。


 しばらくして自分の立ち位置である足元を見る。

 ちなみに、騎士達は女性によって静止を呼び掛けられており、男が無視するのを堪え、視線鋭くも立ち尽くしていた。

 やがて、女性は呼び掛けの大声に疲れたのか、息を切らし始めてしまう。

 それでも男は自分勝手に現状分析を続け、徐に腕を組んで仁王立ちすると、女性の居る方向へと視線を固定した。


「……や、やっと、聞いてくれますか?」


 騎士が邪魔で良くは見えないが、女性の声音から察するに成人間近の少女であろう。

 周りを固める騎士達は目庇まびさしから覗く目元を見るに、四十代から三十代が大半を占めている。

 精鋭の中から更に選りすぐりを配置したのだろう。

 若い騎士も少しは混じっているが、天才か打たれ強い連中と見た。


「あ、あの!」


 腰の剣はおそらく聖銀ミスリル、冑には急所部分に使っているようだ。

 外側を囲む騎士が持つ槍は普通の鉄、ないしは、魔法を付与させてあるモノだろう。


「……まだ、なの。かしら?」


 男は白い司祭服のような服を着ている。ボタンを留めると身体の胸辺りへ、十字架となるように黒い刺繍が施されてあるだけの、とても質素な服だ。

 しかしその布地は、糸状に細くされたオリハルコンを編んで作られている。最低限になるまで、軽量化と防御を両立した結果、製造コストを度外視してしまった。

 高価な試作品で有名なのだが、ここは異世界なので誰も知らない。

 また、男の勤め先を知る者も当然いないので、民間人か宗教関係の類いと、勝手に思われてしまう。

 確かに、あながちどちらも間違いと言う訳でも無い。

 だが、ただの命知らずにしては冷静沈着過ぎるし、マイペースにも程があると言えよう。


「……待てど暮らせど、水すら出さないとは。召喚に応じた者に対する礼儀が成ってない」


 男が責任者と見なした王女然とした女性を睨む。

 にわかに殺気立つ騎士達だが、男は何処吹く風とばかりに平然としている。


「すみま--」

「--成りませぬぞ。王女ともあろう方が、こんな居もしない存在を頼るような、下銭で不敬極まりない平民に謝罪するつもりですか?」


 前に立つ騎士から叱責され、王女は怒られた事を気にしてか、更に騎士達の後ろへ引っ込んだ。

 王女のクセに精神面が弱すぎである。

 そんなだから騎士が勝手に発言してしまうのだ。

 通常であれば、王女の方が偉いので騎士は口を挟まない。

 ましてや、召喚された男は無視しただけで、騒いですらいない。


「金を積めば買えちまう魂を、誇りと勘違いする奴には言われたく無いぞ……」


 思わずと言う風に、若い騎士が失笑してしまい、隣にいたベテランの騎士から小突かれる。


「貴様、言うに事欠いて騎士が持つ剣を鉄グズだと!?」

「そこまでは言ってないっ!」


 王女の前に立っていた騎士が抜剣し、周りの騎士達も次々と剣を抜く。

 そして号令と供に男へ斬りかかる。

 横からは勿論、後ろからも剣が降り下ろされていく。

 騎士道のきの字もない所業だ。


「お前等、実は山賊上がりだろ?」


 呆れた声で騎士達を見つめる。王城勤めであろう騎士の取る行動ではない。

 幾ら頭に血が上っているからだとしても、全員の剣筋がバラバラというのは、鍛練を怠っているか、部隊別に独自の型でもあるのか。

 ひとまず男は床を一瞬で踏み抜き、階下へと落下して包囲網を脱する。

 例え階下が無くても、地中を素手で掘り進むくらいは造作も無い。


「……クソッ。追え、逃がすな!」

「万が一の為に、王女様を避難させろ。弓隊、出会え出会え!」


 男は突然の揺れにたたらを踏み、戸惑う騎士達を放置して、階下の部屋に着地すると、ドアを蹴り破って廊下を走る。


「……俺、召喚された側なのに」


 此方の挑発を曲解し、手間暇掛けて折角召喚した人間を、殺す気で追い掛けるとは、正気の沙汰とは思えない。

 男は口元を引き吊らせつつ、騎士達の護衛対象が居る場所を目指す。


「お飾りとは言え、この件の最高責任者には違い無いだろ。コイツ等を全員クビへと仕向ける為にも、いっちょやっ太郎。もとい、さらったろう」


 すれ違うメイドや文官がギョッとしては、廊下の端へと退避する。


「賊だけを狙えよ。射て!」


 前方より弓矢をつがえた兵士が男目掛けて射ってくるも、手で払う仕草だけで鏃を逸らしてしまった。

 信じられないとばかりに驚愕し、硬直する兵士達を指向性を持たせた殺気で怯ませ道を開けさせる。

 王女の居場所は気配を覚えているので、特定は容易い。


「通すな!」

「掛かって来いやー!」


 真面目に相手するのも疲れる。そのくらい暑苦しい威圧を放つは、召喚した部屋より回り込んできた騎士達だ。


「どけ」


 恐怖のズンドコに叩き落とす程の殺気を全身から放ち、騎士達の気勢を削ぎ、顔に青線引かせるくらいはビビらせ、強制的に蹴って退かす。


「恐喝紛いのおどしなんざ、民間人でも出来るんだよ」


 隅へ縮こまっている騎士に向かって唾を吐き、気を取り直して進む。

 向かって来る騎士や兵士を片っ端から威勢しては、戦意を根こそぎ低下させてやる。

 それでも掛かって来るならば、廊下の窓へ無造作に投げ込み、下の地面までダイブさせるだけだ。


 粗方、騎士達をあしらった頃に、ようやく王女が居る部屋へ到着する。



「こんちはー、召喚された者でーす」


 内側の取っ手に引っ掻けてある用心棒もろとも、足を振り上げたケンカ・キックでブチ破り、男は扉ごと入室した。


「王女様。私達が押し退けますので、お逃げ下さい!」


 温室育ちの王族に無茶を言う二人のメイド。

 モップを構えつつ左と前から押し入って来た男に近づき、必死に唯一の出入り口から退かそうとする。


「右手にモップの擦る方、左手にはモップの柄。ほい、接着」


 両手で一つずつ掴み、交差させると接触した部分を一体化させてしまい、メイドからモップを取り上げた。


「まだまだ!」

「えい!」


 お仕着せのスカートを翻しながら、仕込んでいたカトラリーを投擲する前のメイドと、そのまま突っ込む右のメイド。


「あの、俺モップを取り上げたんだけど。長モノを持ってる相手に、その二通りの攻撃はアウトだ」


 片寄った十字架のようになってしまったモップを振り回し、当たりそうなカトラリーだけを打ち払いつつ、鎌の要領で突っ込んで来たメイドを薙ぐ。更にそのまま、モップの擦る方で顔面を擦ってやり、打撃と臭いと屈辱感で再起不能にしておいた。


「ひ、酷い」


 突っ込んで来たメイドが足元に落としたカトラリーを、モップを使って掬い上げて拾い、王女目掛けてゆっくりと放り投げる。


「ひゃあっ!?」

「危ない!」


 ゆっくり飛んでいるカトラリーを、再度手にしたカトラリーで撃ち落とし、身を屈めた王女の前に立つメイド。


「はい、終わり」


 男がモップの擦る方で顔面へ突きを放つ。

 後ろには王女がいるので、避ける事は出来ない。

 メイドが片腕を上げて防ぐ合間、男が接近と同時にメイドの腹部を殴る。

 反撃として反対の手から放たれたカトラリーは、無情にも男の残像を切り裂いただけであった。


「メイドにしては、まぁまぁだった」

「うぅっ、卑劣な」


 足元にうずくまったメイドの頭を踏みつけ、問答無用で黙らせる。


「さて、これで残ったのは王女だけ。召喚しょうかんぬしでいいか?」

「はひっ!」


 極度の緊張と恐怖に舌を噛む王女。


ベネよし


 王女の手を掴む。思わず引っ込めようとしたが、王女は思い止まって強張らせる。

 瞬間、王女は男を召喚した部屋に転位していた。


「邪魔が入らないように、多重結界を張らせて貰う」


 男と同等の魔法使いでなければ、破る事が難しい結界を展開し、王女の手を離す。

 二人っきりとなった事で、より一層恐怖してしまったのか、奥歯を鳴らして震えてしまう。


「俺を喚ぶのに魔法使いは何人死んだ?」

「……じ、十四人です」

「約二から三個小隊か。……ふー、ん?」


 城を隈無く走った訳では無いが、魔法使いは見掛けなかった。


「……此処は王城か王宮に当たる場所か?」

「せ、先王が隠居の場所として使っていた古城です。ま、魔法使いは常駐してません」

「なるほど。俺は偶然召喚されたのか」

「え、失礼ですけど。勇者様ですよね?」


 何処の世界に、召喚した勇者が味方なはずの騎士から追い掛けられ、刃を向けて、あまつさえ丸腰の相手に、騎士が負けるんだ。

 メイドを文字通り足蹴にした民間人が勇者か、世も末である。

 そんな文句が喉まで出かかったものの、男はポーカーフェイスで悟らせない。


「どちらかと言うと僧侶が近いんだ。格好の通り宗教関係の職に就いてるから」

「お強いのですね……。あ! み、水をご用意します!」


 ドアに駆け寄るも結界のせいで開かなかった。


「水はもういい。それと、然り気無く逃げようとしてもムダだ」

「逃げようとは思っていません」


 王女は毅然といい放つ、どうやら少しは落ち着いてきた様だ。


「名前を聞こう」

「……シルエットです。この国の第二王女を仰せつかっております」

「ゼロと言う、しがない中間管理職的な司祭だ」


 召喚された者が偉そうに命令するな。と王女は憤るも、怒らせればメイドの二の舞は嫌なので、素直に名乗る。

 男も名乗り返し、これでようやくお互いの名前が判明した。


 魔法使いが異世界より勇者を召喚するのは、ファンタジーに置いて有りがちな出来事である。

 それはさておき、ゼロは事情をシルエットから聞き出した。

 この世界での人物召喚は、ただの中高生を喚ぶだけでも、対価として術者の命を一つ消費してしまう。

 それが成功であれ、失敗であれ、等しく消費される。

 故に、階級や役職で言えば、王女であるシルエットが召喚主となるのだ。

 基本的に送り返す事は、召喚した術者が死んでいる為に出来ない。


「魔王に対抗する為、やむ無く召喚したのか」

「はい。これまでにも我が国は召喚に成功しては、勇者様を送り出して来ました」


 練習用の木剣に革の鎧だけを持たせて、たった一人で城下町から出発させる。

 魔法は道中で覚え、仲間は自分の稼いだお金で揃えろと言う。最初の所持金すら貰えないのに、色々と無茶な話だ。


「定期的な連絡は?」

「勇者様の魔力を感知出来るので、特にはありません。勇者様の多くが、魔王の配下に膝を着いてきました」


 おそらく、昔の勇者の事だろう。

 最近の勇者は勇者と言う肩書きに酔って、自分と魔物の力量差も顧みず、無理に戦いを挑んでは、道中の魔物に返り討ちに合うと予想される。


「……俺の魔力も感知出来るのか?」

「はい、出来ま……あれ?」


 シルエットはゼロの魔力を感知しようと集中するが、魔力を感知出来なかった。

 そこで、左手の中指に着けていた水晶の指輪を外し、ゼロに握って貰う。

 水晶には自分の魔力と国王の魔力が宿っているので、特定は容易である。

 新たにゼロの魔力を登録したので、これでどんな場所に居ても位置が判るのだ。

 しかし、シルエットは水晶に登録してある自分の魔力すら、全く感知出来なかった。勿論、ゼロの魔力もだ。まるで無いかの如く、何も感じない。


「ちょ、ちょっと、返して下さいませ?」

「フォイ」


 アッサリと返却され、丹念に調べてみるも壊れてはいなかった。


「道具を使ってもその程度の魔力感知なら、熟練の魔法使いにカモられるところだ。良かったな、王族の生まれで」

「……魔力はもっていらっしゃいますよね?」


 ゼロは右手に炎を噴射させ、左手に水の球を作り上げる。


「なんなら攻城魔法でも、ブッぱなそうか?」

「すみませんすみません。御勘弁して下さい!」




 王族だからか、シルエットの謝罪は平謝りにしか見えない 。だがゼロは溜飲を下げ、両の掌に集めた魔力を拡散させた。


「良い子だ。否を認められるその素直さを、常に忘れるなよ?」

「は、はい。ありがとうございます?」


 今一、褒められた感じがしないシルエット。

 その気になれば、この城から脱出するのは簡単なのだろう。


 それでも此方の言い分を聞いてくれるのは、召喚した際の、契約に関する縛りが効いているから。そうと思いたい。

 召喚して契約する前段階は、お互いに顔見せとなるので、基本的には一言二言の会話する余地がある。

 召喚主が何となくでも気に入らない、もしくは、召喚された者があるじと認めない場合において、単純だが明確な戦闘での勝敗で、召喚した事象や契約の不履行が可能と成る。

 今回の事例では、間接戦闘で敗北したものの、召喚された者の気まぐれで、この場から去らないだけなのだ。


 それをシルエットは、少し勘違いした。

 司祭という事は、積極的に女性へ話したりはしない。それなのに、自分だけとはいえ長く話している。

 おどかされてはいるが、明確に危害を加えられてもいない。

 人質なら結界を張る意味も薄いし、指輪もキチンと返してくれる。


 突飛な考えだが、物語において召喚された者は、大抵その国の王女か、見目麗しい女性と結婚するものだ。

 ゼロが例に漏れず、自分を花嫁候補としているなら、好感度を下げる様な事は控えよう。

 ただし、司祭である上にお付きのメイドはキッチリ戦闘不能となっている。

 正直言ってこの線は薄い。

 それでも可能性の一つに、一目惚れは否めない。

 いや、逆か。女性である以上、一目惚れされてみたいものなのだ。


「さて、と。立ち話にも疲れた事だし、宿でも探すとするか」

「勇者様は城下町に泊まれませんよ?」


 酷い規則があったものだ、とゼロは思う。


「何言ってる、勇者でも泊まれる場所はあるぞ。まぁ、俺は引き受けた訳じゃあ無いけど」

「……何処ですか?」

「地下牢」


 犯罪者の為の別荘なら、例え勇者であっても泊まれる。

 勇者とは諸事情あって、歩く犯罪者でもある訳で、それでも泊まれないなら、犯罪者達は全員が無罪放免となってしまう。


 つまり、シルエット王女を拐ったゼロは、問答無用で打ち首もあり得る処を、召喚された勇者という免罪符で投獄に減刑されるのだ。

 本人が否定しても、周りが認めた時点で勇者は勇者となる。

 その勇者を打ち首にしてしまえば、召喚した魔法使いは犬死にである。

 また、勇者を召喚する魔法を創った魔法使いと、それを許容した世界や神様が、間違っているのと同義となるだろう。


「――と、そんな訳だ」

「……それは、そうですが。でも、国王が定めた政令ですし」

「犯罪者を野放しにしては、民衆に不満を与える。不満が溜まれば暴動が起きやすくなる」


 シルエットは髪の毛を弄りつつ考え込むも、良い返しが思いつかない。


「ふむ、そこまで考えなければいけないとは。余程国王が怖いのか?」

「いえ、別に……」


 ゼロはため息をつき、自身の首から下げていたロザリオを持つと、シルエットの首に当てがい背後へ回り込む。


「動くな。下手に首を動かすと、仕込み刃が首の血管を切り裂く」


 結界を解除して廊下へ出る。

 騎士達は未だに復帰していないのか、文官とメイドが手に槍を持ち、部屋のドア周辺を包囲していた。


「殺気を放つのも億劫だ」


 小さな影が二つ、ゼロとシルエットの足元から現れると、左右のメイド達に一つずつ向かって行く。近づくにつれ、影が鮮明になると、メイド達は影の正体に気付くや否や、悲鳴を小さく挙げては槍で影を突いたりしている。


「あ、あれは、食糧庫の小鬼と並ぶ台所の悪魔!」

「魔人以上に厄介な奴を使役するとは、あの勇者の血は何色だ!?」


 最初の影を潰す頃には、三十匹の一個中隊が目前にまで迫っていた。

 続々と二人の足元から湧き出る小さな影達、ゼロは阿鼻叫喚となる廊下を右方向に進む。

 潰されればその倍の数が前後へと向かって行き、メイド達の意識を強制的に逸らす。


「夢に出そうです」

「いいから歩け」


 自分の足元からも出現している事実を受け入れたくないシルエットだが、ゼロはお構い無しだ。

 やがて小さな影に混じって、少し大きめの影が走り出す。


「小鬼の大群だと!?」

「もう終わりだ!」

「嘆いてないで、食糧庫を死守しろ!」


 シルエットの意識が遠退くのを察知したゼロは、お姫様抱っこして歩く。


「クソッ、魔法使いを呼び寄せろ!」

「あ、何か良いなー……」

「貴女、惚けてないで。服に取りつかれているわよ!」

「キャー!」


 真っ黒な影達を相手に奮闘するも、メイドと文官なので旗色は悪い。


「諸君、ウイルスや細菌をばら蒔け。人間に目にもの見せてやれ」


 静かに影達を煽るゼロ。小さな死神達は応えるかの如く続々と飛行しては、上と下の二面攻撃でメイド達を翻弄する。

 そしてそれは、ゼロとシルエットが城を出ても、しばらくは猛威を奮った。


 ゼロには道中の追手すら差し向けられなかったので、歩いて道なりに進んだ先にあった、町の宿屋へと駆け込む。

 最初は宿屋の主人も渋っていたが、ゼロが背負っているのが第二王女と知ると、一転して奥の部屋に案内してくれた。

 宿代は王女の権力で支払う予定な為に、無一文でも問題無い。


「ハッ。……ここは?」

「気が付いたか、最寄りの町だよ」


 ゼロは簡単に説明を終え、シルエットが食べる夕食を用意した。


「食え。明日は国王の居る城まで行くぞ」

「これが庶民の味、ずいぶんと塩辛い」


 視線で、暴れたら路地裏に捨てて行くと脅されていた為、特に文句らしい文句は言わず、身体を拭くと寝てしまう。


「シルエット王女様は、意外と庶民的なのか?」

「第一王女様や王太子様よりは、庶民に良く接して下さっている。この前も自分の小遣いから、貧民層へ炊き出しをしてくれたぞ」


 宿屋の主人と少し話をすると、ゼロは宵闇の町へ散歩に出掛けた。

 朝食を終えたゼロは虎の威を借る狐の如く、シルエットに会計を頼み宿屋から出る。


「すみません。後日お支払い致します。どうしても今日と言うのであれば、町の護衛官の元へ請求して下さい」


 部下に丸投げという踏み倒しを、悪気もなく行う。

 悪意の無い権力の行使や、善意での暴力が一番たちの悪い事だ。


「王城を思い描いてくれ。自室でも構わない」

「……結界に弾かれますよ?」

「それなら召喚も弾かれていたはず。転位と召喚の違いは、対価の違いくらいなモノだろう?」

「え、えーと……」

「勉強しなさい。王女様だからちやほやされるのも、成人する迄だから」


 王位継承権の低い王子や王女は、基本的に成人したら政略結婚の道具として扱われる。酷い時には思春期頃に嫁がされたり、親同士で婚約が決まっていたりもするのだ。

 第二王女なら薄いだろうとタカをくくっていると、婚期を逃しかねない。


「民草から無能と後ろ指さされたくなかったら、こっそりとでも良いからがくを身に付けろ。ああ、何を学ぶかは自分で決めなさい。どんな知識であっても、王族なら無駄には成らないからな」

「……分かり、ました」


 最終的な決定権は王族にある。


 夫である王を支えるのが王妃ならば、諌め、正すのも王妃の仕事であり、他の誰でもない王妃だけにしか出来ないなのだ。

 宰相や大臣に強制力等は存在しない。ねやを供にする王妃は、王に次ぐ発言力を有している。


 その発言力に耳を貸さないようなら、王妃としてだけなく、女としても軽んじられていると言えよう。

 宰相達すら、自分の代わりに仕事をする程度、と見ているのだ。


「王妃となるか、女王となるかは知らん。ただし、周りを欺きたければ慎重に動け。素直過ぎても利用されるだけだからな。故に、知識をつける事をオススメする」


「あの、さっきから上から目線なのは何故ですか?」


 王女としてのなけなしのプライドを振り絞って問う。


「知識、魔法、腕力。どれか俺に勝っているのかい?」

「身分が」

「シルエット。君が勇者として呼んだ以上、俺は魔王を倒さなければならない。俺が否定しても、周りはそう思うのだろう。なら、魔王とて王である存在、それを暴力で倒す勇者に、身分は通用しない」


 謂わば、変則的な革命である。


 身分とは周りが認めて初めて機能する。


 悪徳貴族が貴族足り得ているのと同じようなものだ。

 どんなに弱小でも、王が任命して貴族に加えたら、そいつは貴族の末席に座れる。


「権力で暴力を止める事が出来るなら、その逆もあるんだよ」


 人は虫を殺せるのに、虫が人を殺せない。そんな事はまず有り得ない。


「よく、分かりました……」


 シルエットは泣きそうになるのを堪えて、自室を思い描く。


 シルエットの使う部屋に次元の裂目が出現し、二人は無事に転位出来た。

 シルエットは部屋の奥に向かい、掃除していたメイドを驚かせてしまうも、なんとか着替えを終える。


「さて、国王の元へ案内してくれ。ああ、衛兵を呼んでもいいぞ」

「何故ですか?」

「たぶん、宰相が引き止めるだろうから。そうなれば、衛兵やら近衛やらを殴って引っ張り出す」


 脳筋じみた発言に、しばし絶句するシルエット。


召喚サモン! サーモン!」

「な、何を喚んだのですか?」

あぶらが乗った鮭だ」


 廊下に通じるドアの向こうから、魚の跳ねる水音が聞こえる。


「城中の通路いっぱいに」

「何故そんな事を……」

「また斬りかかって来られたくはない」


 結構根に持っていたゼロ。

 足の踏み場も無いので、鮭を踏むしかなくなる。

 魚の表面は滑るので、踏みつけると転ぶ。

 シルエットは頭を抱えたくなるのを我慢して、ベルを鳴らし衛兵を呼ぶ。


 突然現れた鮭と王女に右往左往しつつも、衛兵は国王への謁見の旨を宰相へと伝えた。


「タコやイカでも良かったんだが、見慣れていない海洋生物だと、余計な混乱を招くから控えたんだ」

「もう混乱してます!」


 なんとか戻ってきた衛兵に案内され、謁見の間に向かうゼロ達。

 心無しか、衛兵は疲れているように見受けられる。

 ちなみに、ゼロが足を降ろす場所にも鮭は居たのだが、何故かゼロを避けるように、飛び跳ねて移動した。

 しかし、前を歩くシルエットと衛兵は気付かない。


「と、扉の前でお待ち下さい」


 衛兵が扉を軽くノックする。

 しばらくして謁見の間に通じる扉が少しだけ開いた。


「お早めにお通り願います」


 シルエットは衣装をシワになりにくいよう、身体に合わせて折り畳み隙間を通る。

 ゼロはシルエットの真横に転位した。


「……転位魔法は使えないはず。どうやって通った!?」


 長い床の行き着く先にある玉座の、横へ立つ男性が困惑している。


「宰相とお見受けするが、不勉強だな」


 周りを見回しつつ勝手に先へと歩くゼロ。

 シルエットは青ざめた顔をしているだけで、静止の呼び掛けすらしない。

 おそらく呼び掛けても、無視されると思っているのだろう。


「止まれ、無礼者!」


 両側の壁に立っていた近衛騎士が怒鳴りながら進み出て、ゼロへ手を伸ばし掴もうとするも、何故か手が逸れてしまい触れられない。


「この!」


 抜剣して切り捨てようと剣を降り降ろすが、全く当たらずに剣は床を傷付けるだけ。


「結界を張ってるんだから。魔法剣でも無い限り難しいぞ?」

「フャイヤー・ボール!」


 別の近衛騎士が魔法を放つも結界に阻まれてしまう。

 そして、次第に魔法は結界の表面を沿って回り始める。


「魔法の制御権はありがたく頂戴しよう」


 近衛達のみならず、全員が愕然としていた。


「……はぁ、制御権の有無も理解していないのか。そんなんで良く魔法を使えるな」


 回っていた火の玉は、魔力供給を遮断されたのか、やがて消え失せてしまう。


「……神官、此方の非礼を詫びよう」

「だから無礼に接するのを止めろ、と?」


 玉座に座った初老の男性目掛けて、人差し指を向ける。

 すると、瞬く間の内に赤い光が集中していく。


「ハハッ。笑わせんな!」


 瞬間、ビー玉程の火の玉が玉座の背もたれに直撃した。


 誰も彼もが反応出来ない速度だったので、ゼロが何をしたのかすら解らない。


「俺は召喚された者だ。召喚されたにも関わらず、水は出ないわ、騎士に追い掛けられるわ、弓矢を向けられるわと散々な目に会わされた。挙げ句、魔王を倒しても、元の世界に帰れないときたもんだ。無知な王女に話しを聞けば、金も寄越さず、旅の仲間も寄越さずと踏んだり蹴ったり。初期装備は許容範囲だとしても、城下町の宿屋には泊まれないだと?

 次の町までどれだけ離れていると思っている。サバイバルの道具も無しに野宿しろとか、勇者って言う肩書きを過信し過ぎだろ。ふざけンじゃねーぞ。直談判しに来たら、近衛や宰相も魔法のマの字も知らない?

 それに殿中にも関わらず抜剣やら魔法とか、オメー等王女がどうなってもいいのか。国王の目の前で、剣が刺さったご息女の焼死体を見せ付けるとか、悪趣味極まり無いな、オイ。攻撃が通用しないと分かったら譲歩してへり降りつつ、身分や権力で抑えつけようって?

 おいおい、王サマ。一体何見てたんだ。遠すぎて見えなかったとかそんなオチは聞きたくないぞ。権力が通じないのは此処へ来た時点で見当が付くだろ普通。じゃなきゃ王女と一緒に来るか。一人でやって来た方が速いっつーの!」


 一気呵成いっきかせいに喋る喋る。


「……このたびは此方の不手際に――」


 玉座の背もたれに見えない何かがまた直撃し、背もたれが後ろへ倒れた。

 もう、国王の頭分しか残っていない。


「回りくどすぎて、良く聞こえなかったようだな。次は簡潔に言う。金と仲間を寄越せ。俺に剣を向けた者全員を暇にしろ。あと地下牢に泊めろ。そうそう、仲間の一人は召喚主である第二王女な。どれか一つでも守られない場合は、城ごと国を消滅させてやる」


 出来るはずが無い、そんな罵声は国王を人質に取られているが為に挙がらないのだ。


「き、金額は?」

「国家予算を持ってこい」


 金額を問うた宰相は顔面蒼白となる。


「……冗談だ。国王の小遣いを一年分用意してくれ」


 国王に小遣いなんてものは無いので、謎かけの如く金銭を用意しろと言うゼロ。


「儂に小遣いは無い」

「廊下で跳ねてる鮭を売って来い。それが小遣いになるだろ?」

「お前の仕業か!?」


 国王が肘掛けから手を放した瞬間、両側の肘掛けが消失する。


「黙れ、とんだ言い掛かりだ。俺がやった証拠でもあるのか?」

「この状況に追い込んだ張本人なら、そう考えるのも致し方あるまい」

「なるほど、そう返すか。まぁ、俺がやったと仮定して、それで?」


 どうしようも、出来ない。


「……仲間は何人居る?」

「この国が有する騎士、全員だ」


 近衛達は渋い顔でゼロを見る。


「少数精鋭、そう考えるのも良いとは思う。だが、魔王とその配下が、本当に人間へ害を成すのなら、向こうは物量で押せばいいだけとなる。質よりも量、これは戦争において定石手段だ。なら此方も大軍を率いて、人間対魔族の全面戦争を繰り広げて、魔王を討ち取れば良い。違うか?」


 少数精鋭で事を成すには、相当な運が無いと厳しい。


「そ、それは、そうだが、他国の侵略に備え、防衛の為にも残さなければならない。帰ってくる場所が無いでは、笑い話にもならん」


「協力を仰げ、魔王を討つのに反対が出るのか?」


 ゼロは国王に向かって歩く。


「反対する国は魔王と内通してるかもな。そうでなければ……」


 玉座に続く階段を登り、国王の目の前に立つ。


「侵略したい他国の王様が魔王、その国の人間を魔族と呼称している。勇者一人ないしは、少数精鋭である意味も暗殺に向くから。そう、邪推してしまうぞ?」


「い、いやいや、それは無理がある話しだ」


「そうだろう。自分達より少し魔法が使える、剣技が優れる。羨ましい、妬ましい。調べると魔法や剣は、その国が産出する鉱物が良質だから。なら、自分達もその鉱物由来の武器を使えば強くなれるはず。でも、真正面から激突しても競り負ける可能性が高い。ならどうしよう。古代魔法を使い異世界人を召喚して、暗殺者に仕立て挙げれば、蜥蜴の尻尾切りも簡単だ。勇者が捕まっても知らぬ存ぜぬ、暗殺に成功したら強襲して併合する。勇者はお払い箱、ないしは種馬として一生を過ごす。……確かに無理がある話しだな」


 首から下げていたロザリオを手に、魔力で剣を形作る。


「他国に確認しても、大丈夫?」


 物置小屋の宣伝文句のように確認し、剣を国王の足元へ突き刺す。


「構わん」

「あい、分かった。なら、騎士を揃えても大丈夫だろ」

「え……」


 剣閃が走り、玉座の背もたれを人の形に切り抜く。


「なるべく人員をこう」

「はぁ、こんなんだから交渉したくないんだな。アイツ等の気持ちが良く解った。交渉決裂、サヨナラー」


 剣に魔法を籠めていくゼロ。


「お、お待ち下さい!」


 シルエットが走り、ゼロの真横にやって来る。


「あぁん?」

「どうして私を連れて行くのですか?」

「召喚主だから、だよ。召喚された者にとって、召喚した奴を頼るのは、普通なら至極当然な訳だし。まぁ、俺はどうでもいいけどね」


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