第6話 グランベリオン公爵
僕はいつもの通りに狩場の草原に来ていた。
すると、いつもとは違う雰囲気が周囲に漂っていた。
「何だろう? 何かいつもと変だな…?」
その理由が分かった。
虫や鳥の声が一切しないのだった。
こういう時は、何かしらの危険度の高い魔物がいる…?
僕は周囲を警戒して進んでいた。
「参ったな…これだけ静かだと、今日は獲物が獲れないか?」
魔物だって馬鹿じゃ無い。
これだけ周囲が静かなら、魔物だって警戒はする。
この場からさっさと退散して、群れで行動したり棲家に隠れている場合があるのだ。
すると、遠くの方から大勢の声が聞こえてきた。
僕は身を乗り出して、声の方向を確認すると、そこには⁉︎
大型の熊の魔物が倒した馬車の上に乗っかって、馬車の中を必死になって漁っていた。
周囲には、先程までは息があったと思われる騎士達が横たわっていた。
「何を漁っているのかは分からないけど…あの熊、ヤバいな。」
ランクD…いや、ランクCに相当する熊だろう。
この世界の魔物は、ランクで格付けされている。
冒険者のランクと同じ様に、魔物にもランクがある。
そして熊の強さがランクCだとすると、冒険者のランクもCランク前後では無いと勝てないというレベルなのだ。
なので…僕はその場を静かに去ろうとしていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! 来ないで…来ないでよ~~~!!!」
「お姉ちゃ~ん!! こわいよ~~~!!」
馬車の中には子供がいるのか?
しかも声からすれば、女の子が2人…
そしてこの状況からすると…騎士達は護衛で、馬車の中にいるのは貴族の子か。
僕は助けに行きたい…が、相手は僕では勝てそうも無い魔物…
僕は助けずに、見殺しにしてその場を去ろうと…去ろうと…
「あの中の子達は赤の他人…赤の他人…」
だが、声を聞く限り…妹達と同じくらいの年齢だ。
でも…騎士達ですら勝てなかった相手に勝てるわけが無い!
僕は可哀想だけど、2人を見殺しに…見殺しに…出来る訳無いだろ‼︎
僕は馬車に近付いてから、熊の顔に調味料・酢をぶっ掛けた。
熊が馬車の上から転がってきて、地面の上で立ち上がると…僕を睨んでいたのだった。
「来い! この熊野郎! 僕が相手だ! 馬車の中の子達は、馬車の小窓から逃げ出して‼」
やっちゃった…
熊の魔物は、ターゲットを僕に変更して睨んでいる。
どう考えても勝てる相手では無いな!
だけど、あの子達が逃げる時間くらい稼がないと…
僕は熊の顔に向かって調味料・酢を放った…が、熊は軽く躱して向かって来た。
さすがにさっきは不意打ちだったので調味料・酢を喰らったけど、正面からでは無理だった。
僕はその場を離れる時に地面に調味料・油を撒いた。
そして後退りしている時に、熊が腕で攻撃をして来た。
僕は吹っ飛ばされたが、空中で体勢を直してから地面に着地した。
鎧を着ている騎士とは違い、子供の体は軽い上に衝撃はそれほど無かった。
上から叩き付けられていたらアウトだったけど、吹っ飛ばされるのなら…
「オラオラどうした、この熊野郎! お前の攻撃はその程度か?」
僕は精一杯強がりながら吠えた。
吹っ飛ばされた時の衝撃は無かったけど、吹っ飛ばされる時に喰らった左腕はズキズキと痛んだ。
地面に調味料・油を撒いて、それの上に立っていたので体勢が固定出来ないままの攻撃だったから、それ程の破壊力は無かったのだった。
とはいえ…?
この魔物の攻撃は結構な力で殴られていたので、打撲程度のダメージでは無いと思う。
僕は再び向かって来た熊の魔物に調味料・塩を放った。
すると、今度は不意を付けたのでモロ顔に食らって、目にも入ったらしく手で頭を押さえていた。
僕は手の隙間に見える鼻と口を目掛けてから、調味料・酢を再び放つと…見事に喰らって苦しんでいた。
その隙に僕は熊の魔物に大量の調味料・油を放った。
そして、その周囲にも広範囲に油を撒いた。
「これで最後だ‼」
僕は、油の上にミドルソードを地面に刺してから、ダガーを取り出した。
そしてそのダガーをミドルソードの刃に合わせると、勢い良く擦り合わせた。
その勢いで飛び散った火花が油に引火すると、地面の油を伝って行き…熊の魔物に引火したのだった。
『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』
「これで…」
勝ったと思っていた。
炎の中で動こうとする姿を見なければ…!
僕は調味料・油を追加して、火力を増して行った。
さすがにここまでやれば大丈夫だろう…?
そう思っていると、熊の魔物は地面に倒れた大きな音が聞こえて来た。
「倒したのですか?」
僕は背後から声がしたので振り返ると、貴族のドレスを着た女の子と小さな男の子が隣に立っていた。
あ…女の子2人じゃ無かったのかw
貴族の女の子は、僕と同じ歳くらいかな…?
そんな事を思っていると、貴族女の子の隣にいた男の子が炎を指差した。
すると…炎の中にいる熊が起き上がってから、僕に向かって襲い掛かって来た。
僕は2人を突き飛ばすと、熊の魔物は僕の左腕に噛み付いて、骨が砕ける音がした。
僕は痛みに耐えながらも、右手に持っていたミドルソードで熊の魔物の喉に剣を突き刺してから、その首を刎ねてから今度こそ本当に倒したのだった。
そして熊の口から左腕を離すと、左腕は火傷と骨折をしていた。
「この魔物を相手に生き残ることが出来たのなら、この程度の怪我なんか…」
ロットから貰ったブレスレットが光ると、火傷がスッカリ治っていたのだった。
だが、骨折は治っては居なかった。
僕はダガーを鞘に入れてから左腕に固定して布を巻き付けた。
そしてしばらく待っていると…馬車と騎士達が来たのだった。
「おぉ…セリア! そして、アートも…無事で何よりだ!」
「この子が…いえ、この冒険者の方が助けて下さったのです。」
僕は地面に跪いて頭を下げた。
「その様な事は不要だ! 君は娘と息子の恩人なんだ!」
「いえ、僕は平民ですので…その様なわけには参りません。」
僕は立ち上がって頭を下げると、その場を去ろうとした。
だが、貴族の女の子が僕を呼び止めた。
「本当にありがとうございました! 私の名前は、セリア・グランベリオンと申します!」
「私からも礼を言わせてくれ! 私はティーダス・グランベリオン…公爵だ。」
「僕は…いえ、ただの平民の冒険者です。 名を名乗る程ではありませんので…失礼致します。」
「待って下さい! せめてお怪我の治療を…」
「気にしないで下さい、冒険者は、自己責任が基本ですので…では!」
僕は報告の為に冒険者ギルドに寄った。
初めての依頼失敗を告げてから違約金を支払って、家に帰った。
ライラさんからは、怪我について色々聞かれたが…言っても信じて貰えないと思って言わなかった。
その頃…熊の魔物が居た場所には大騒ぎになっていた。
「旦那様…大変な事が分かりました!」
「どうした、ルーカスよ?」
「お嬢様と御坊ちゃまを襲った熊の魔物ですが…マーダーグリズリーという冒険者殺しとして懸賞金を掛けられていた魔獣の変異種です。」
「何だと⁉ 魔物では無く、魔獣だと⁉」
「それを…冒険者とはいえ、お嬢様と同じ位の少年が1人で倒されたそうです。」
「手練れの騎士を全滅させた相手をか? 何者なのだ?」
「あの少年は冒険者と名乗っていましたので、弟君に話されるのが早いかと思われます。」
「うむ…魔獣の死体は回収して積んでおけ! では、弟に会いに行くぞ!」
公爵家の親子と護衛の騎士達は、その場所を移動して冒険者ギルド前に着いたのだった。
そしてティーダスは冒険者ギルドに入って行き…受付で紋章を見せて言った。
「ここのギルドマスターに会いたいのだが…」
「公爵家! 少々お待ちください‼」
ティーダス公爵は、冒険者ギルドに何の用があって来たのか?
そして、ギルドマスターに会う理由とは⁉
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