17、若き騎士の勇気と無謀

◆◆◆◆◆


 勇気とは何か。それはありとあらゆる恐怖に打ち勝つために自身を奮い立たせることだ。

 無謀とは何か。それはありとあらゆる恐怖に打ち勝てる能力があると過信することだ。


 一見、似ているもの。しかしそれは似て非なるものである。

 勇気とは自身を知り、相手を知った上で恐怖に打ち勝つこと。しかし、無謀は自身と相手の力量を計り間違えたことによって生まれる愚かさだ。


 これから始まろうとしている二人の若い騎士とドラゴンの戦い。それは傍から見れば後者に当てはまること。だが、騎士達はそれを承知のうえでやろうとしている。

 それに、騎士達はただ無策で戦いを挑む訳ではない。


「ドラゴンだから真正面からぶつかりたくはない。だが、お前の付与はそんな相手でも対応できる力を持っている」

「無我夢中にやってたから実感はないけど。でも、真正面からぶつかり合う理由にはならないよ」

「お前はフィリスを守った。自分も危険な攻撃に耐えた。それで十分な理由にならないか?」

「だけど……」


「俺はお前を信じる。お前がいればドラゴンを倒せる。それにこのまま黙って引き下がりたくないだろ?」


 クロノは促されて力強く頷く。

 ノアに致命的な傷を負わせた。フィリスを傷つけ、悲しませた。ドラゴンと戦う理由なんてそれだけでいい。問題はこのまま引き下がれるか、ということだ。

 嫌だ、とクロノは答える。大切な人を傷つけられて黙っているなんて彼にはできなかった。

 だからヴァンは腰に携えていた長剣を抜く。クロノの剣となり、ドラゴンと戦うために足を踏み出した。


「ガアァアァアアアァァァァァッッッ」


 ドラゴンはヴァンの姿を見るなりにおぞましく大きな雄叫びを上げた。口からはまだ死を呼ぶ輝きが溢れており、目は血走っている。いつでも攻撃できるぞ、といわんばかりの臨戦態勢になっているとも言えた。


 ヴァンはそんなドラゴンと対峙する。クロノは自分の代わりに剣を振るう彼を支援するために、再び羽ペンを出現させた。

 勝てるかどうか、なんて話じゃない。普通に戦えばヴァンに勝ち目はない。それは例えクロノの魔術があったとしても。


 だが、それでも若き騎士達は挑む。大切な人達を傷つけたドラゴンに、一泡吹かせるために。


「ギャオォオオォォォオオオォォォォォッッッ――」


 ヴァンが大地を蹴ると同時にドラゴンは咆哮を放った。思わず耳を塞ぎたくなるようなけたたましい声が空気を震わせる中、恐れることなく騎士は突撃する。

 クロノはその突撃に合わせて羽ペンを振るう。黄金に輝く文字が踊り出すと、途端にヴァンの身体が暖かな風に包まれた。


 恐れることなく突っ込んでくる騎士の姿にドラゴンは睨みつける。そのまま大きく口を開き、死へと誘うブレスを放った。途端にヴァンの視界は真っ白に染まる。もしかしたらもう死んだかもしれないという錯覚が襲いかかってきた。

 だが、そんなことはないとヴァンは言い聞かせる。そしてその足を止めることなく踏み出し、ブレスを吐き続けているドラゴンの懐へと入った。


「もらった!」


 ブレス攻撃は攻略した。その証拠にドラゴンは回避できないほどまで距離を詰められ、身体を切り裂かれようとしている。

 勝利を確信した瞬間だった。しかし、相手はドラゴン。そう簡単に勝てる相手ではない。

 甲高い音と同時に嫌な手応えがヴァンの右腕に伝わる。思わず視線を剣へ向けると、その刃は大きくかけていた。


「ガァアアァァァ!」


 ドラゴンの鱗は鋼鉄よりも硬い。そういう噂を昔、誰かがしていたことをヴァンは思い出した。もしその話が本当ならば支給された剣では切り裂くことなんてできない。

 ヴァンがその噂の真実を身をもって知った直後、ドラゴンは大きく片足を上げた。咄嗟に後ろへ下がり、彼は回避を試みる。

 だが、その攻撃は予想外のものだった。


「うおっ」


 ドラゴンの足が地面を踏みつけた瞬間、そこは目繰り上がる。立ってられないほどの衝撃が走る中、ドラゴンはヴァンではなくクロノに顔を向けた。

 まさか、と彼は気づく。


「させるか!」


 ドラゴンの狙いは初めからクロノだったのだ。

 ヴァンは慌ててドラゴンへ駆け出すが、その前に宙へ逃げられてしまった。このまま次の行動を許せばクロノがやられる。そうなればヴァンに勝ち目はない。


 どうする、とヴァンは正解を探す。

 攻撃しようにも届かない。魔術なんて使えない。クロノに指示を出しても間に合わない。

 ならば、と一か八かの手段を取った。


「この剣、お前にくれてやる!」


 ドラゴンの鱗を切り裂けなかった剣をヴァンは投げた。

 もちろん、普通に身体を狙っても意味がない。だから彼はクロノを信じた。


『猛々しく燃え上がる蒼き炎。その熱は冷たく、その揺らめきは力強い。海をも凍てつかせる炎はいつまでも燃え上がり、一つの氷山を作り出す。蒼炎よ、我が名により力を貸せ!』


 ヴァンが剣を投擲すると同時にクロノは詩を詠み、空間へ文字を記した。

 回転しながらドラゴンへ向かう剣が黄金に輝くと同時に、蒼い炎をまとう。その刃はドラゴンの胸を切り裂きそのまま地面へ落ち転がった。


 蒼い炎が広がると同時に凍てつく大地はとても幻想的な光景で、こんな状況でなければ息を呑むか感嘆の声を上げるかのどちらかをしていただろう。


「ギャアァアアァァァアアアァァァァァ!!!」


 そんな大地の上にドラゴンが落ちる。燃え上がる蒼い炎に包まれたことによってか、身体が冷気に飲まれていた。どんどんと凍てついていく中、ドラゴンは動きを鈍らせていく。

 しかし、ドラゴンは諦めない。せめてヴァンだけでも道連れにしようとしているのか、最後のブレス攻撃を放とうとしていた。


『やめなさい』


 そんな中、一つの声が空気を揺らした。


 ドラゴンはその声に驚き、振り返ると眠っていたはずの少女が睨みつけるように悲しい目で見つめている。

 少女はゆっくりと凍っていくドラゴンへ近づく。そしてドラゴンにしか理解できない言葉でこう告げた。


『疲れたでしょ? 休んでいいよ』


 その言葉を聞いたドラゴンは、ゆっくり瞳を閉じる。その大きな身体を丸め、翼を閉じて眠り始めた。

 満足げな顔は幼い子どもの寝顔のようにも思え、それを見つめるフィリスはさらに悲しい色を目に帯びさせた。


「フィリス……?」


 クロノは何が起きたかわからないまま、フィリスを見つめる。

 ヴァンはというと、ただ呆然として立ち尽くしていた。

 フィリスは何も答えない。代わりに凍りついたドラゴンを慈しみを持って見つめ続けるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る