15、月と星
◆◆◆◆◆
平原にそびえ立つ二つの塔。太陽が高く昇り、気温が高くなってきた正午という時間もあってか、碧く染まった壁が光に照らされていた。
王国が生まれる前から存在したとされる【月星の塔】のすぐ傍を飛ぶ魔物がいる。それは青い鱗で覆われたドラゴンだ。
青く染まった塔の最上階に住んでいると言われる存在であり、この地の魔物を統べる主でもあり、人々に畏怖を抱かれている災害に等しい生命体である。
そんな青いドラゴンが二体、楽しげに空を飛んでいた。
「うわぁ……今日に限ってなんで二頭も飛んでいるんだよ」
無邪気に飛んでいるようにも見えるドラゴンの姿を見て、クロノは露骨に嫌な顔をした。一緒にノアの魔術で移動してきたヴァンはというと、今にも手にしている剣を抜き出してもおかしくない警戒心を抱いている様子だ。
そんな二人を見て、一緒に空を見上げているノアは苦笑いを浮かべている。
「大丈夫さ。今日は結構高い位置で飛んでいるみたいだし、機嫌も良さそうだから襲ってこないよ」
「そんな保障はないでしょ、副団長。例えそうだとしても警戒しておかないとあっという間にあの世行きですし」
「万が一のことがあったら僕がなんとかするさ」
ノアはクロノの言葉をそう突き放すと、ゆっくりと足を踏み出し始めた。クロノとヴァンはその背中を見つめると、なぜか一緒に来たフィリスにこう告げられる。
「全く臆病ね、アンタ達。そんなに怖がる必要はないでしょ?」
「臆病すぎてちょうどいいと思っているけど、僕は」
「同感だ。ドラゴンがすぐ近くを飛んでいる。警戒してもしたりないぐらいだ」
「あの子達はこの国の守り神。変なイタズラをしない限り怒らないわよ。それにどっちも穏やかな性格だし」
「何が穏やかな性格だよ。そんなことなら背中に乗せてもらって飛んでいるっての!」
「アンタ、高いところ苦手じゃなかった? 確か猫を追いかけてて落ちたから嫌になったって前に――」
「そんな昔の話はいいだろ! ったく、フィリスは人の揚げ足ばっかりとって」
ニヤニヤとフィリスは笑う。どうやら今回の口ゲンカは彼女に軍配が上がった。
負けたクロノは面白くないのかちょっと不機嫌だが、ヴァンにとってこのやり取りはじゃれ合いにしか見えない。とても仲良く見え、ちょっとだけ羨ましく思えてしまう。
そんな中、先を進んでいたノアが三人を呼んだ。
「おーい、ちょっとこっちに来てくれー」
呼ばれた三人は駆け足気味で向かうと、二つの塔の間に立つノアの姿があった。クロノは視線を何気に奥へ向けると、そこには一つの礎がある。
それは塔よりは遙かに小さな石碑だが、人よりは大きな物体でもあった。クロノ達はノアと合流するとすぐに巨大な石碑を見上げる。
そこには文字の羅列があった。一瞬、その文章を読もうとしてクロノはあることに気づく。
「あれ?」
所々の文字と単語が欠けている。そのために文章は乱雑となっており、読むことができない。
「副団長、こいつは?」
「塔が建設された数年後に作られた石碑らしい。今回の目的はこいつの解読だ」
「解読ですか? なんでそんなことを急に?」
「わからない。だけど団長が必要だって言っててね。でも、見ての通りボロボロだし、そもそも言葉が古すぎて読めない」
「確かに。大昔の言葉、というものですね」
「まあ、ある程度は僕にも知識はあるんだけど、これは専門家を呼ばないと難しいかもね」
団長の手に余る訳だ、とノアは呟いた後にため息を吐いた。
そもそも言葉とは時代が経つと連れて変化が起きる。今の常識が昔では非常識、もしくは全く存在しなかったみたいなものだ。
単語の一つにしても意味合いやニュアンスに違うが生じ、場合によっては消滅していることだってある。だから解読となるとその時代の言葉に関する専門知識がいる。
この手の知識を持つ者はたいてい考古学者となるが、ドラゴンが飛び回るここに来たがる物好きはいない。もし呼ぶとしたら空を舞う青き竜を退治しなければならないのだが、それをするには国家予算に匹敵する大金と腕利きを一個師団は必要となる。
つまり、現実問題的には不可能な案件だ。
「参ったね。こうなったら無理矢理にでも連れてこようかな?」
「いくらなんでも訴えられそうですが?」
「裁判の秤はこっちが握ってる。と言いたいけどさすがに分が悪いか。確実に民衆は敵にする」
「場合によっては王族側から糾弾されるかもしれませんね」
「そうなったら騎士団はお取り潰しだ」
ヴァンの言葉にノアは頭を痛める。そもそもこのドラゴンがいるおかげで他国に牽制をかけている一面があった。そのドラゴンを退治するとなると、後々の国家間勢力に影響を与えかねない。
どうしたものか、とノアは考える。同じくヴァンもない頭を回転させ、アイディアを閃かせようとしていた。
「我は待つ。◇と◇がそろうその時まで待ち続ける」
そんな中、クロノは石碑を見つめながら言葉を放った。
フィリスは唐突な言動を始めた彼に驚き、目を大きくして振り返る。ヴァンとノアはというと、突然放たれた言葉の意味を理解できないままクロノを見つめていた。
「理想は夢、夢は◇。希望が輝く夜空には隠れ、希望が隠れると理想は顔を出す。かつて夢見た者は◇の如く満ちあふれ、理想を抱く者は己を見失い走る。しかし二つは同じ。時は共にできなくとも、想いは同じ。ゆえに我願う。夢でしかあらぬ光景を夢見て、叶わんことを。この想いを読みし者よ、我が願いを叶えたまえ――」
その言葉は何を意味するのか。
石碑を見上げながら口を閉じたクロノは、思わず目を鋭くさせた。欠けている単語は何なのかわからないが、何か意味があるものだと考える。
彼の言葉を聞いていたノアは、まさかと思い石碑と交互に見た。専門的な知識がいる文字を、難解な文章を、クロノは読み上げたのだ。
「クロノ、お前知識があったのか?」
ノアよりも先にヴァンが訊ねる。するとクロノはちょっと不思議そうな顔をしてその場にいる者達に告げた。
「読めるって、これ術式に使う言葉じゃんか。欠けているから全部は読めないけど、魔術を扱っているならわかるよ」
クロノの言葉を受け、ノアは慌てて文章に目をやる。だが、どこをどう読んでも一部しか理解できない。いや、その一部ですら意味合いとニュアンスが合っているのかすらわからなかった。
そんな文章をクロノは迷うことなくほぼ読み上げたのだ。だからノアは純粋に驚くしかなかった。
「お前、意外とすごいな」
「なんかムカつく言い方だね、ヴァン」
ヴァンも同じようで、ただ純粋に驚きクロノを褒めていた。ただ彼を褒めるということが慣れていないためか、少し粗雑な物言いのようになってしまったが。
何にしても調査が進む。ノアがそう確信を得たその時、ドラゴンが大きな雄叫びを上げた。
「何、どうしたのっ?」
突然のことにいち早く反応したのがフィリスだった。何が起きたか確認するために空に顔を向けると、一体のドラゴンの身体に黒いモヤらしき何かがまとわりついていた。
それは次第に身体を飲み込んでいき、完全な闇の中にドラゴンが消える。何が起きたかわからず見ていると、先ほどとは違う雄叫びが上がった。
「ギギャアァアァァアアアァァァァァッッッ」
それは悲鳴にも聞こえる嫌な声だった。
真っ黒に染まった鱗の奥に、燃え上がるような赤い光が溢れている。目は赤黒く輝き、地上で見上げているフィリスを見た途端に鋭くなった。
赤黒い粒子を散らし、赤黒きドラゴンは急降下する。地面への衝突なんて考えてないのか、まっすぐフィリスへ向かっていった。
「フィリス!」
フィリスが思いもしないことに固まっていると、クロノが飛び込んできた。そのまま抱きしめ、ある程度駆けていくと唐突に地面が揺れる。
クロノはフィリスがケガしないように自分が下敷きとなる格好で倒れ込む。フィリスはというと、ただ痛そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫?」
「うん、どうにか」
フィリスは起き上がると同時だった。
地面に突き刺さるように降り立った赤黒いドラゴンが、大きな大きな咆哮を上げたのだ。
それを見たクロノは身体の芯から震えた。逃げなければ確実に死ぬ、とさえ感じるほどだ。しかし、フィリスは反対の行動を取った。
「やめて! 私がわからないの!」
まるでドラゴンに駆け寄るようにして、フィリスは向かっていく。それを見たクロノは思わず叫んだ。しかし、いくら名前を呼んでも彼女は止まらない。
クロノが採れる方法は二つ。フィリスを見捨てるか、ドラゴンに立ち向かうかだ。
「クソォー!」
震える身体。逃げ出したくなる足。心は警報をけたたましく鳴らし、頭が逃げろと告げている。
だがクロノは、その全てを拒絶した。
フィリスを助け、守るために普段絶対にしない単独戦闘を始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます