12、運命は加速し始める

◆◆◆◆◆


 澄み渡った青い空。遠くに見える太古の時代から経っている二つの塔が一望できるその部屋にそよ風が遊びにやってくる。カーテンを手始めに揺らし、カップに水を注ぐメイドの髪を撫で、そして眠っている一人の老人の頬に触れた。

 白く染まった髪はすっかり痩せており、頬もこけ、額や目尻はシワで覆われている。身体も細く、骨と皮しかないように思えるほど痩せていた。


 メイドは眠っている老人を起こさないように近くのテーブルへカップを置いた。すると遊んでいた風が急にメイドと老人の身体を撫で、楽しそうな笑い声を上げて逃げていく。

 唐突なイタズラにメイドが顔を上げると、部屋の出入り口に王女アイリスの姿があった。


「お父様のご様子はいかかでしょう?」


 訊ねられたメイドは、浮かない顔をして首を横へ振った。

 アイリスはその回答に落胆した表情を一瞬見せる。しかし、すぐに気を取り直してメイドにお願いをした。


「少し、二人にさせていただいてもよろしいですか?」


 メイドはアイリスの言葉に従い、一礼をして部屋から去る。その背中を見送ったアイリスは眠っている父親もとい国王に視線を向けた。


 偉大なる王、稀代の天才、絶対的な権力者。様々な呼び方をされていた国王だが、それはもう昔の話。今のこの姿を人々が見れば、何を思い感じるだろうか。

 かつて国を立て直した偉大な王も歳を取り、近づいてくる死をどうすることもできないでいる。


 それはアイリスにとって悲しいことだ。同時に迫る世代交代による新時代の幕開けに、アイリスは押しつぶされそうになっていた。


「お父様……」


 アイリスは国王の頬に手を添える。しかし、国王は眠ったままだ。

 助けてもらいたい。だが、それは求めてはいけないとアイリスは感じていた。


「だーかーらー! これが終わった後に行くんだっての!」

「静かにしてください、ジャクシオ団長! ここどこだと思っているんですか

!」


 ふと、妙に部屋の外が騒がしいことにアイリスは気づく。楽しそうな声に顔を向けると、そこには黒いスーツを着た二人の男がいた。

 二人はなぜか離れられないように手錠で繋がれており、どうしてそんな状態になっているのかわからずアイリスは頭に疑問符を浮かべる。そんな男達を見つめていると、オールバックにしたブラウン色の髪の男性が突然ダッシュをし始めた。


「いかん、約束の時間に遅れる。ノア、ダッシュしろ!」

「え? ちょっ、おわっ!」


 駆け込んでくる二人の男。それは見ていたメイドと執事が慌てて通路の隅に逃げ込むほどの迫力だった。

 向かってくる先は、アイリスがいる国王の自室だ。アイリスは慌てて部屋の奥へ逃げ込むと、途中情けない悲鳴と共に男達は転がってきた。


「あたたたたっ」

「転ばないでくださいよ、ジャクシオさん……」


 それはあまりにも無様で情けなく、だけど不思議と愉快で楽しい姿だ。そんな二人を見たアイリスは、思わずクスクスと笑ってしまった。

 その笑い声を聞き、男達はアイリスに視線を向ける。そして数秒ほど

状況確認に時間を費やした後、ようやく王女がいることに男達は気づいた。


「おお、アイリス王女ではありませんか!」

「バカ、ジャクシオさん! すみません、うちの団長が騒いで。すぐに出ていきますから!」

「何を言っているノア。俺の目的はここだぞ」

「いいから頭を下げて! 極刑になりますよ!」


 さらに賑やかになるジャクシオとノア。そんな二人を見て、アイリスは楽しげに笑う。

 なんだか楽しい、とアイリスは感じていた。もしこんな身分ではなく自由になれたら、とさえ考えてしまう。

 しかし、その幸せな一時はすぐに終わる。


「騒がしいな。ジャクシオ、またお前か」


 アイリスは慌てて声がした方向に振り返る。そこには先ほど眠っていたはずの国王が、目を開いてアイリス達を眺めていた。

 思いもしないことにアイリスは言葉が出せない。病に伏せてからは目を覚ますことなく、ずっと眠り続けていた国王が目を開いていたのだ。


「約束通り、起こしにきましたよ先生」


 ジャクシオはニッと笑う。国王はそんなジャクシオを見て、呆れたようにしながらも優しい微笑みを浮かべた。


「頼んでいたことは調べてくれたか?」

「バッチリ、と言いたいところだがまだ全然だ。なんせ膨大な量だからな」

「ちょっと待ってください、ジャクシオさん! なんで国王が、というか何を調べて――」

「ああ、そうだな。後で詳しいことを話してやろう。だがその前に、手錠をどうにかしてくれないかノア? 先生、いや国王とちょっと二人っきりで話したい」


 ノアは慌てて手錠の鍵を取り出し、ジャクシオを解放する。ジャクシオは手首を擦りながら国王に生意気な笑顔を向けた。

 国王はそんなジャクシオを見て、勇ましく笑う。それは病に倒れる前から見ていた頼もしい笑顔だった。


「さて、本題に入りたいところだがその前に一応言っておく。先生、お待ちしてました。ご無事で何よりです」

「お前に心配されるようでは俺も落ちぶれたものだ。だが、一応言っておこう。待たせたな、ジャクシオ。ただいまだ」


 それは、ノアの知らないジャクシオの笑顔。

 それは、アイリスにはわからない父親の力強さ。

 笑い合う二人を見て、ノアとアイリスは互いの顔を見合わせるのだった。

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