9、バカとバカと大バカ者
◆◆◆◆◆
グランデ王国の祝祭が始まって二日目の早朝。王国中央に存在する緑豊かな自然公園の噴水前に多くの騎士が整列して立っていた。騎士達の視線の先にはブラウンの髪をオールバックにした団長ジャクシオがおり、その隣にはニコニコと笑っているノアの姿がある。
騎士が一切の乱れもなく整列している光景は壮観であり、それを眺めるクロノとヴァンは思わず唾を飲み、息を止めていた。
「諸君、今日は嬉しい報せがある。なんと
ジャクシオの言葉に騎士はなぜか歓声を上げる。クロノとヴァンは謎の歓声の原因に視線を向けると、フィリスは疲れたような表情を浮かべていた。
なぜそんな顔をするのだろう、とクロノが首を傾げる。ヴァンはそんなクロノを見てちょっと呆れているとジャクシオが口を開いた。
「さて、これからこの三人には仮免許の騎士として働いてもらう。しかし、諸君らの中には唐突すぎて納得できていない者もいるだろう。そこでだ、俺が直々にこの二人の実力を図ろうと思う」
思いもしない言葉にその場にいたほとんどの人間がどよめいた。しかし、ジャクシオはその反応を気にすることなく言葉を続けた。
「もちろん、一緒に挑戦したいという者がいたら特別に参加を許可しよう。もし、万が一に俺に勝った場合は特別ボーナスをやろう!」
ノアはジャクシオの言葉に苦笑いを浮かべた。他の者はというと、特に手を挙げることもせず静かに立って佇んでいる。
ジャクシオはその反応を見て、少し残念そうに息を吐き出した。どうやら血気盛んな挑戦者はいないようだ。
「あのー、団長。ちょっとよろしいですか?」
そんな中、クロノが手を挙げた。ジャクシオは「なんだ少年?」と言葉を返すと、クロノは一つの質問をぶつける。
「特別ボーナスって、僕達にも適応されるんですか? なんか強制参加みたいですし」
「おい、変な質問をするな。完全に空気が固まっただろ」
「いやだって、何のご褒美もないのに朝から模擬戦だよ? 理不尽じゃん」
「騎士団に入れただろ? それがご褒美だ」
「確かに入ることは目標だったけどさぁ……」
クロノの反応を見て、ジャクシオは考える。もし自分が同じような立場なら確かにご褒美があったほうがやる気は出るだろう。
ということで、ジャクシオはある提案をした。
「そうだな、もし俺に勝てたら王女様の寝顔写真を取ってきてやろう」
「ちょっと待ってください団長」
とんでもないことを言い出したジャクシオに、ノアは息をつかせる間もなく割って入った。
「なんだ? お前も欲しいのか?」
「いりません。というか何を言っているのですかあなたはっ」
「何って、新入りのやる気を出すための褒美を――」
「ただでさえ立場が微妙でしょ、アンタは。これ以上悪化させてどうしますか!」
「大丈夫だ。俺は忍び足が上手い!」
「何が、どう、大丈夫なんですか! 下手したら説教だけじゃ済みませんからね」
自分より立場が低いノアに怒られるジャクシオ。ちょっと落ち込んでいると、話を聞いていたクロノが唐突に目を輝かせて叫んだ。
「本当ですか? 本当に王女の寝顔写真をくれるんですか?」
クロノの反応を見たジャクシオは勝ち誇ったようにノアに笑顔を浮かべる。ノアはとても苛ついているのか、歯を軋ませ固く握った拳を震わせた。
「バカらしいわね」
「同感だ」
そんなバカなやりとりを傍で見ていたフィリスとヴァンは、大きく呆れていた。
火花を散らすクロノとジャクシオ。模擬戦に強制参加であるヴァンは木剣を準備し、型を確認しながら身体を動かし温め始める。
ノアはやれやれと頭を振り、肩を竦めさせながら騎士に模擬戦に人が乱入しないように警備をするようにと指示をした。
「王女様の寝顔、王女様の寝顔!」
やる気満々のクロノ。あまりにも不純すぎるやる気に、フィリスはさらに呆れる。
そんなクロノとタッグを組むヴァンは真面目に身体を温め続けていた。フィリスはそんな真面目な男についこんな言葉をかける。
「アンタも王女様の寝顔、欲しいの?」
「いらん」
「でしょうねぇ。じゃあなんで真面目にやってるのよ?」
「理由はどうであれ、騎士団長が直々に相手してくれる。こんな機会は滅多にない」
「ふーん、なるほどねぇ。まあ、一つアドバイスするなら想像以上に強いわよ」
「それもすぐにわかる。だから全力をぶつけるだけだ」
真面目に真面目を重ねたヴァンの言葉に、フィリスは息を小さく吐いた。
おそらくヴァンはフィリスのアドバイスを聞いていない。正確には求めていないといえる。だからフィリスはそれ以上のアドバイスを送らないことにした。
「アンタもアンタでバカね。ま、頑張りなさい」
「ああ。ところでフィリス、お前はやるのか?」
「やらないわよ。相手は大バカなおじさんだし」
ヴァンはフィリスの言葉を聞き、興味なさげに「そうか」と返事した。
だが、その言葉には一つの意味が隠れている。ヴァンはその意味に気づくことなく模擬戦を始めたのだった。
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