7、黄金文字と美しき詩詠み

◆◆◆◆◆


 多くの人々が溢れかえる大通り。王城のテラスが望めるそこにいる人々は、姿を見せた王女に歓声を上げる。

 同時に警備をしていたクロノも息を呑んだ。


 幼い頃に別れて以来、目にしたことがなかった王女の姿。銀色に染まった背中にかかるほどの髪と白いドレスが美しく、頭に飾られているティアラがその美しさをさらに引き立てている。

 鳶色の瞳もあの時と変わらず綺麗な色をしており、想像以上に美しい少女へ成長していた。


「クロノ、どうした?」

「すっごく綺麗になってる。なんか感動しちゃった」

「新聞や雑誌でたまに見かけるだろ?」

「生でなんて久々なんだよ! ったく、ロマンがないな」


 クロノの言葉にヴァンは敢えて反応しないでおいた。ひとまず、王女の姿に感動して仕事になっていない同僚のために周囲に気を張る。何か怪しい人物はいないか、と思いつつ周囲を見渡す。

 すると一人の子どもが目に入ってきた。


「あ、ムキムキの兄ちゃん」

「お前は確か、射的屋にいた子どもだな。どうした?」

「なぁなぁ、お仕事終わったらまた射的屋で遊ぼー。俺だと撃ち落とせなくてさー」

「そういうのは自分でやらんと達成感はないだろ?」

「おっさんにも言われた。道具貸してやるから練習しろって」


 子どもはそういって持っていたオモチャの弓矢を見せた。

 気が優しそうな親父だが、しっかりしているもんだ。ヴァンはそう思いつつ、子どもに言葉を駆けようとした瞬間だった。


「きゃあぁぁぁぁぁっ」


 唐突に響く空気を切り裂くような悲鳴。何事かと思い、ヴァンは反射的に顔を上げる。

 静かに立ち佇んでいた人々が、動揺したかのようにドヤドヤとしながらある方向を見つめていた。ヴァンは視線を合わせるように振り返ると、一体のゴーレムが暴れている光景が目に入る。


「なっ」


 一瞬、どういうことなのかヴァンは理解できなかった。だがその一瞬が終わるとすぐに事態の緊急性に気づく。

 王女を守るべき存在が、王女に襲いかかっている。今は近くにいた騎士とフィリスが懸命に王女を守っているが、二人だけではゴーレムに敵うはずはない。王女を含め、全員がやられるまで時間の問題だ。


「何が起きたんだ……」

「呆然としている暇はないだろ、ヴァン!」

「だが、今から走っても――」


 ヴァンの言う通りだ。今いる場所は、いくら急いで向かっても十分はかかる。もっと近ければ助けに行けたかもしれないが、それでもどうにかなる訳でもない。

 しかし、クロノはその事実を承知の上で叫ぶ。


「飛ばすもの。なんでもいいから攻撃できるもの!」

「ここから狙い撃つ気か? いくらなんでも無茶な――」

「やらないよりはいい! それに勝算はある!」


 クロノの言葉にヴァンは耳を疑った。勝算がある、となぜ言い切れるのか全くわからなかったからだ。

 しかし、クロノの顔に迷いはない。だからこそヴァンは近くにいた子どもから奪い取るようにオモチャの弓矢を手にした。


「これでどうにかなるか!?」


 先ほどまで遊んでいた射的屋の弓矢。竹板に糸が張られ、簡易的に作られた弓と先が丸まった全く攻撃力がない矢である。

 クロノはそれを目にし、ヴァンに力強く頷いた。


「大丈夫。できる!」


 クロノは右手を広げる。数秒ほど経つと光が集まり、一つの形へと変わっていく。

 それは羽根ペン。黄金に輝きが印象的はそれをクロノが手にした瞬間、クロノは意識を深く深く沈め始めた。


『弓よ。お前には彼方へ矢を飛ばす力を与えよう。例え朽ちようとも我は汝を忘れること非ず』


 クロノは踊るように羽ペンを動かし、文字を空間に書き記していく。その文字が輝きを放ったその時、弓へと飛び込んだ。

 何の変哲もないオモチャの弓。それが途端に黄金の輝きを解き放った。


 ヴァンはその光景を見て、一つの神聖さを感じ取る。だが同時に、心を掴んで離さない不思議で奇妙な魅力もあった。

 これはなんだ、と思った数秒後にヴァンはあることに気づく。


「まさかお前、魔術が使えるのか?」

「一応ね。付与っていう強化の魔術だけど」


 クロノは踊りながら文字を書き記していく。ヴァンはというとそんなクロノの姿を見つめつつ呆然と立っていた。


 魔術――それは特別な人間にしか扱えない術である。人ならざる者、もしくは人に近い存在が用いると言われる理に触れ扱う【魔法】というものがあった。それはまさに人智を超えた力と人には理解できない法則で成り立っている代物だ。

 だからこそ人は欲した。神と同等、いやそれ以上になりたいと願い、太古の人間はその術を手に入れたのだ。それが魔術と呼ばれるようになった。


 しかし、魔術は魔法の擬い物である。人が見よう見まねで生み出した技術のため、魔法とは違う不完全な一面を持つ。そのため万人に使えるものでなく、一部の才ある者にしか使えないという弱点を持った。

 そんな魔術をクロノはヴァンの前で自在に扱っている。踊るように空間に文字を書き記し、詩を詠みながらヴァンから受け取ったオモチャの矢に付与を施した。


『矢よ。風をまといし矢よ。その力を存分に発揮し、疾風の如く、豪風を解き放て。汝は嵐を起こすものなり』


 不思議な光景だった。

 普段はとても情けない男だというのに、一刻も無駄にできないほど切羽詰まっているというのに、不思議とこの美しい光景に目を奪われる。


 それは王女よりも遥かに美しいと思える舞いだった。

 矢が黄金に輝きを放つとクロノは唐突に舞いを止める。そのまま力なく倒れ、ピクリともに動かなくなった。

 突如倒れたクロノにヴァンは驚き、慌てて駆け寄る。急いで身体を抱き起こすと、ヴァンはクロノを呼んだ。



「おい、クロノ!」

「あー、キッツぅー……やっぱこれ、やるもんじゃないよぉー」

「待ってろ、すぐに衛生兵を――」

「あー、大丈夫。これ一日で治るから。それよりもヴァン、あとは任せたよ」


 ヴァンはクロノの言葉を受け、息を呑む。そう、クロノは勝算があると言っただけで確実に助けられるとは言っていない。

 もしクロノの計算にヴァンが入っているとすれば、ここからはヴァンの出番だ。


「僕よりは射的の腕がいいだろ、ヴァン?」

「お前……わかった、やってやろう」


 暴れるゴーレム。それは中途半端な攻撃力では破壊できない代物だ。

 そんなゴーレムから王女を守ろうとする騎士の一人が、テラスから弾き飛ばされた。残ったのはフィリスと王女だけ。もはや絶体絶命といえるだろう。


 だが、ヴァンは慌てることなく静かに狙いを定める。クロノを信じ、自分を信じ、フィリスと王女を助けるために目一杯に弦を引いた。

 それは、本当に自分が冷徹じゃないかと思うほど心が落ちついていた。高まった集中力でゴーレムを見つめ、フィリスに向けて大きく右腕を振り上げた瞬間にヴァンは矢を離す。


「いけぇー!」


 ヴァンの叫び声と共に放たれた矢は、一瞬にして加速した。施された力のためか瞬く間に矢はゴーレムの胸に突き刺さった。

 矢はそのままゴーレムの身体を空へ運び、飛んでいく。ゴーレムは自由が効かない空にも関わらず、暴れようとした。しかし、ゴーレムの手が矢に触れた瞬間、大きな音が弾ける。遅れて暴風が起き、ゴーレムの身体はあっという間にバラバラとなった。

 そしてその旋風はゴーレムだけでなく、人々と建物にも襲いかかる。人々はふっ飛ばされないように踏ん張り、目を閉じた。しかし数秒後にはその風は消え、人々が目を開くと見たこともない青空が広がっていた。


「やった……!」


 ヴァンにとってそれは、信じがたい出来事だった。

 鍛錬でも撃ち抜いたことがない距離から、ゴーレムを破壊したのだ。だがそれ以上に、ぶっ倒れているクロノに驚きを抱いていた。


「やったね、ヴァン!」


 クロノは笑う。自分のことのように嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 ヴァンはそんなクロノを見て、笑った。


「ああ、お前のおかげだクロノ」


 聞きたいことは山ほどある。だが、それは後回しだ。今は、王女とフィリスを助けられたことを喜ぼうとヴァンは考えた。

 そんな考えをした人物が他にもいたのか、どこかからチラホラと拍手の音が聞こえてくる。それはドンドンと大きくなり、いつしか喝采へ変わった。


 王女様を救った若きヒーロー、として二人は人々に讃えられたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る