詩詠み騎士の夢想曲《トロイメライ》
小日向ななつ
第1章 夢へと駆ける序曲《ウヴェルテュール》
1、パトロールはサボりと共に
『真っ黒な空。闇夜の空。散りばめられた星が宝石のように輝き彩られる空。何ものにも負けない美しさが忘れられない空。私はそんな空の下の真ん中にいる――』
闇のキャンパスに広がる星が空を彩るある日の夜、一人の少年が一つの出会いを果たしていた。見守る星々がその出会いを祝福し、輝きを放つと共に美しいドレスを着た少女は祈るように手を握り歌い始める。
それはあまりにも美しく、少年は目の前で歌う少女の姿に魅入った。
楽しげに、微笑ましく、優しく、慈しみがあり、神聖さを感じさせ、純真さが溢れ――
少年はただただ、見たこともない美しさに見惚れていた。
『でも、この美しい空よりも輝くものがある。忘れられない空がある。星にも負けない暁光が一番美しいと私は思う。どんなに彩られた宝石よりも美しく綺麗だと私は想う――』
歌う少女を見つめながら、少年は願った。ずっとこの時間を過ごしていたい。時が止まったままでいてほしい。しかし、どんなに永遠を願っても時は進み、終わりがやってくる。
楽しい、もっともっと一緒にいたい。
子どもながらそう考えた少年に、歌う少女は微笑んだ。
「あなたの詩、素敵」
それは、その言葉は、少年にとって何を意味するだろうか。
少なくとも運命を大きく変えるキッカケとなった。だからこそ少年は決意する。
この子のために詩を作りたい。しかし、身分が違いすぎた。目の前にいる少女は王族。少年はというと、庶民である。この子の傍にいるには庶民のままではいけなかった。
だから子どもなりに考える。どうすればこの少女の傍にいられるのか、と。そして安易であったが思いつく。騎士になろう、と。
姫を守る騎士になれば傍にいられる。だからいつか騎士になって、ずっと傍でこの時間を過ごしたい。
少年は思い立ち、夢を見つける。
この子のための騎士になりたい、と――
◆◆◆◆◆
青々とした空を彩る花火。それは楽しげに笑う子どものように弾け、グランデ王国の賑わいを現していた。
ふと、王都の一角に同じように賑わう屋台がある。そこにはたくさんの子どもがおり、ワイワイとしながら一人の少年を取り囲んでいた。
「見てろー、今度こそ当ててやるからね!」
子ども達の笑顔はグランデ王国が平和である証でもあった。
楽しい子ども達の声が溢れるグランデ王国は建国して五百周年を迎え、その記念で祝いの祭りが行われている。そのためか、王国の安全を守る騎士はほぼ全員駆り出されており、普段から行っているモンスター襲来対応だけでなく、交通整理に大小様々なトラブル対応などにも当たっていた。
しかし、国外から人が来るということもあってか騎士団だけでは手が足りない状態である。そのため、この祝いの祭りのために駆り出された者達が他にもいた。
それが【騎士見習い】だ。いわゆる王都を守る騎士を目指す学生のことを意味する言葉であり、この記念すべき日の祭りで交通整理や一部のトラブル対処のために働いていた。
そんな騎士見習いの一人である少年はたくさんの子どもに囲まれていた。赤髪で線が細く、白いブレザーと藍色のズボンに身を包み、左腕に【騎士見習い】という緑色の腕章がある。
だが、赤髪の少年の様子を見たところ警備どころかパトロールをしているようには見えない。むしろ子ども達と一緒に遊んでいる。
その証拠に赤髪の少年はオモチャの弓矢を手にしていた。力一杯に引き、真ん中のマグカップを狙って矢を放つ。しかし矢は明後日の方向へ飛んでいき、一度屋台の支えとなっている骨組みに当たり、あり得ない角度で一番左端にあるウサギのぬいぐるみを撃ち抜いた。
「嘘だろ……なんで真ん中じゃないんだよ」
奇跡が起きた。そう興奮する子ども達をよそに、赤髪の少年は落ち込んだ。
絶対に真ん中を撃ち抜いたという手応えはあった。だがその手応えとは全く違う方向に矢が飛んでしまった。
この事実に、赤髪の少年は愕然としていると射的屋のおじさんは当たった景品を手に持って声をかけた。
「ハッハッハッ。なかなかの腕をしているね、騎士見習いさん」
「何の嫌味ですか? 狙ったものに当たってないんですけど?」
「数を撃てばなんとやら、だよ。当たれば官軍さ」
おじさんはそういって赤髪の少年にウサギのようなぬいぐるみを手渡す。赤髪の少年はちょっと納得できない顔をしつつ、受け取ったぬいぐるみを見つめたその時だった。
「こんな所で何をやっている、クロノ?」
赤髪の少年クロノが落ち込んでいると聞き慣れた声が耳に入ってくる。振り返るとクロノと同じ学生服に身を包んでいる黒髪の少年はガタイがよく、左腕には【騎士見習い】という腕章があった。
そんな黒髪の少年がズンズンと足を踏み出し、クロノに詰め寄った。
「サボってたなお前」
「ち、違うよ。これはその、頼まれてさ」
「何が頼まれただ。お前がサボっていたせいで俺は倍以上働いている」
「ご、ごめん。どうしてもこの子達があの景品欲しいって頼み込まれちゃってさ」
クロノは子ども達に同調をもとめるかのように「ねっ!」と顔を向けた。しかし、子ども達は一斉にクロノから視線を逸らした。クロノは思わず「み、みんな?」と声をかけるが誰も振り返ろうとしない。
あまりの非情な対応にクロノは泣きたくなった。そんなクロノを見て、ヴァンは呆れため息を吐く。
「わかった。お前が嘘つきだということがよくわかった」
「う、嘘じゃないよ! 信じてよ、ヴァン!」
「証拠がない。それをどう信じろという?」
「ち、違う。違うんだ。だから信じてよぉー!」
どうにか弁解し、ヴァンに信じてもらおうとするクロノ。ヴァンは無駄な努力をするクロノの姿を見て、もう一度ため息を溢した。
ひとまずこのままクロノを連れて行こうとするヴァンだが、それを一人の男の子が呼び止めた。
「なんだ? 俺は今こいつの相手で忙しい」
「ムキムキの兄ちゃんなら、真ん中のマグカップを撃ち抜ける?」
指先にヴァンが視線を向けると、そこにはオークのイラストが描かれているマグカップがあった。よく見るとそのオークはキリッとした目鼻立ちしており、どこか凜々しく見えた。
ヴァンはマグカップから男の子に視線を戻す。すると男の子は目を輝かせ、ヴァンをずっと見つめていた。
ヴァンは息を吐く。どうやら半分嘘ではなかったんだろう、と思いつつ弓を取った。
手にした矢を固定し、弦をゆっくりと引き、そして射る。放たれた矢はまっすぐとオークのマグカップを見事に撃ち抜く。その光景を見ていた子ども達とおじさんは「おぉー!」と歓声を上げた。
賑わい、興奮が止まらない子ども達と屋台のおじさんに、ヴァンは目を細める。ふと、何気に振りかけると先ほど声をかけてきた男の子がヴァンに満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとっ、ムキムキの兄ちゃんっ」
ヴァンは何も言わずに男の子を見送る。その笑顔は何か懐かしいものを思い出しているかのように思えた。
クロノはそんな顔をするヴァンからこっそり逃げようとする。しかし、ヴァンはクロノを見逃さない。
「さ、行くぞ」
がっしりと首根っこを掴み、クロノを引きずっていく。クロノは必死に暴れ、逃げようとするが鍛えられているヴァンの腕から逃れることはできなかった。
「仕事が山積みだ。お前にはサボった分だけ働いてもらう」
「そんなぁー! も、もうちょっと遊ぼうよヴァン」
「ダメだ。行くぞ」
ヴァンの非情な選択に、クロノは「いやだぁー!」と叫んで泣いた。一生懸命に暴れ、逃げようとするがどうすることもできないままクロノはヴァンに引きずられていく。
こうしてクロノの楽しいサボり時間は終わり、本来の業務に戻っていった。
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