第45話 Bad Premonition

 陽一の身を案じた直人は、慌てて携帯を手にすると陽一に電話を掛ける。

 何度鳴らしても応答がなく、普段なら単に忙しいのだろうと考えたかもしれないが、今の直人は不安が募るばかりであった。


「もしもし、圭!」

「あれ~ 今頃結城社長といい事してると思ってたけど、どうしたの?」

「陽さん、どこか知ってる?」

「え? 結城社長なら随分前に会社を出たと思う。総会の後、嘆願書のお礼に、わざわざYFAの皆の所に挨拶に来てくれて、その時、副社長の家に行くって言ってたよ。あとまぁ、直人の事も今度ちゃんと話すって聞いた!」

「うん、そう。その後に僕の家に来るって言ってて、でもまだ来ないんだ!」

 圭は、直人がてっきり惚気て返してくるだろう考えていたが、直人の様子はなぜか焦っている。


「副社長の家に招待されるなんて初めてだって凄く喜んでいたから、長居しちゃってるだけじゃないの?」

「俺もそう思って待ってたんだけど、なんか嫌な予感がするんだ・・」

「直人? 大丈夫?」

「俺は大丈夫だけど、陽さんの身が心配で。何度電話しても出ないし」

「あ、そう言えば・・」

「何?」

「いや、結城社長と関係ないと思うし」

「何だよ。何でもいいから教えて」

「ディライトン本社前に救急車やパトカーが沢山来てたって、閉店前ギリギリに来たお客が言ってた・・でもほらホテル客とか酔っ払いとか、多分そんなんだと思うよ。それに8時前だったし、結城社長はもうとっくに会社に居ないでしょ。だから彼とは関係ないよ」

「そう・・だよね」

「でも心配だったら、秘書の柏木君に連絡してあげる」

「うん、そうして貰えると助かるよ」

「直人もさぁ、早く結城社長とくっついちゃって秘書や運転手と連絡取れるようにしなきゃね」

「うん ・・そうなるといいけど。こんな時は特に。ごめん圭、誰に連絡したらいいのか分からなくて ・・また圭に甘えて本当にごめん」

「いいよ。直人らしくない・・」


 圭との通話中、テレビ画面にニュース速報が入る。

【ディライトングループ結城社長、意識不明の重体。病院に救急搬送】


 その文字が目に飛び込んできた直人は、携帯を握ったままで家を飛び出した。


「はぁはぁはぁ」

「直人? 何? ちょっと結城社長とのそういうの聞かせてくれなくていいから・・」

「圭! どうしよう! はぁはぁ 陽さんが、陽さんが!」

「何? 直人走ってるの? 結城社長がどうしたの?」

「ニュース速報で、重体って、病院に運ばれたって!」

「まさか ・・・・直人、とにかく貴方は電車に乗って、僕は柏木さんに電話して聞いてみるから」

「うん ・・はぁはぁ どうしよう!」

「とにかく落ち着いて、直人。貴方がしっかりしないと、わかった!」

「うん」

 直人は、圭との通話を終えると駅へと急いだ。


 慌てた様子の美沙は、陽一が救急搬送された病院に到着していた。

 手術室前には、秘書の柏木と数人の陽一の部下が不安を隠せない面持ちで座っていた。

「柏木君、陽一君の容態は?」

「美沙さん ・・まだ分かりません。社長・・背中を刺されたみたいで」

「どうして、そんな・・」

「警備員さんが、防犯カメラに映っていたVIP駐車場に向かう結城社長をたまたま見ていて、それでなかなか帰って来られないないから、様子を見に行ってくれたんです。そしたら結城社長が血まみれで倒れていて、すぐに救急車を呼んでくれたんです。でなければ、VIPの駐車場なんて滅多に誰も行きませんから ・・社長がどうなっていたかと思うと・・」

「どうして、そんな場所に・・」

 美沙は、足元が竦むと椅子に座りこんだ。


「副社長の車を取りに行くってしか聞いていません」

「省君の車を? 今日は株主総会だったわよね」

「はい。それで株主の方々が役員の駐車場を利用するかもしれないから、副社長が気を利かせて、わざわざVIPに停めてらしいです」

「でもどうして陽一君が?」

「なんでも副社長が自分の車を運転出来なくなったからだそうです。あと、社長留任のお祝いに副社長宅に招待されたって、結城社長凄く喜んでいたのに・・こんな事になるなんて」

 美沙は、あの省吾が陽一を祝うために自宅に呼んだことが、にわかに信じられなかった。


「あれ? 陽一君の家族はどこ? 私が一番遅くなったと思ったんだけど」

「僕から皆さんに連絡しましたが、いまだ誰も来られていません」

 柏木が唇を噛み締める。

「どうして? 陽一君、意識不明の重体なんでしょ。そんな ・・私、電話してくる」

 そう告げた美沙は、先程下した腰を再び上げると病院の受付へと向かう。

 家族はとっくに到着していて、陽一の居場所が分からないだけかもと期待したからだ。

 既に病院は業務を終了しており救急患者の搬入口と夜間受付以外は、消灯しひっそりとしていた。

 静寂に包まれた病院で誰かの泣き叫ぶ声が受付辺りから漏れ出しており、省吾に電話をしようとした美沙の注意を奪う。

「せめて、結城社長の容態だけでも教えてください! お願いします!」

「ですから、そう言ったことは、ご家族にしか教えられません」

「お願いします。教えてください ・・結城社長が意識不明の重体だなんて嘘ですよね」


 美沙は、陽一の名前を叫ぶ人物に目を向けた。

「橘先生?」

 直人は、明かに美沙よりも取り乱しており、それはまるで家族か恋人の姿。

 そして美沙はハッとした。陽一は、何年も前から橘の絵を家に飾っていた。それは、旧知の間柄を意味する。

『もしかして・・』


「橘先生ですよね?」

 美沙は直人に背後から声を掛けたが彼の鼓膜には届いておらず、陽一の容態を知る事に集中していた。

「陽一君、まだ手術室です。良かったら私と一緒に来ますか?」

 陽一の名で、振り向いた直人は、真っ赤な目に涙を溜め悲痛に満ちた形相を美沙に向ける。

 美沙は、直人の陽一への想いが、遥かに自分よりも深いと知ると、陽一に対する汚らわしい噂話が嘘だと悟った。


 手術が長引いているため、一旦柏木を含む社員達を家に帰らせると、美沙と直人だけがその場に残る。

 美沙は、入院中の亮平は陽一に会いに来れないかもしれないが、彼以外の家族が現れない事に苛立っていた。そんな中、必死で陽一の無事を祈る直人の姿に美沙は、陽一の味方はこの人だけなのかもしれないと思う。陽一が、家族から疎まれているのは聞いていたが、ここまで疎外されていたのを知らなかった。

 美沙がそんな風に考えていると、手術室から看護師が出て来た。直人はすぐさま立ち上がると、看護師に食らいつく。

「ご家族の方ですか?」

 そう看護師に尋ねられた直人は言葉に詰まる。

「そうです」

 直人の傍に立った美沙が応えると直人に真剣な目つきで1つ頷いた。

「結城さんが大変危険な状態です。中にお入りください」

 二人はガラス越しに手術室の中が見える場所に案内される。


「陽さん!」

 直人は、ガラスに飛びついた。

 医者が心肺停止した陽一に心臓マッサージを施していたからだ。


 

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