第47話 Just for Your Happiness

 自宅に帰って来た直人は、数日間陽一に会いに行くのを躊躇していた。

 陽一が病院に緊急搬送された時は、陽一に会いたい一心で何も考えずに行動した。だが、陽一の意識が戻った今、彼の家族が見舞い来る可能性が高い。納得出来ない内容とは言え、陽一に対する噂により家族からの彼に対する風当たりが、更に強くなっているのも知っていた。また、陽一の過去から直人の名前もマスコミの間では浮上しつつあり、そんな中、直人が陽一に会いに行くことで、彼の立場が悪化するのを危惧したのだ。

 直人が、悶々としていると、ダイニングテーブルに放置されていた携帯が直人を呼んだ。


「もしもし、陽さん!」

「直」

「陽さん、身体大丈夫ですか?」

「あ ・・うん」

「陽さん、ごめんなさい。僕、直ぐに会いに行けなくて」

「ずっと傍に付き添ってくれたって聞いた。本当にありがとう。それに、俺がこうして生きていられるのも、直と天使のお陰だから」

「天使に会えたって言ってましたね。金色の綺麗な目の子達でした?」

「うん。とても可愛らしくて、優しい目をしてた」

「よかった。陽さんも会えたんだ」

「それから、精霊達も見たよ」

「え?」

「死ぬ前に直の見ていた世界に触れさせてくれたんだと思う」

「そんな事って」

「直の見ている世界は、とても不思議だったけど羨ましいとも思った」

「羨ましい?」

「うん、だってとても賑やかだから。一人じゃないよね」

「そんな風に考えたことなかった・・」

「俺、思ったんだ、直が傍に居てくれた時、俺は孤独じゃなかった。本当に幸せな時間だったんだってね。直、ありがとう」

「陽さん ・・そんなの僕も同じです。僕も陽さんと居た時が今までで一番幸せでした」

「それなら良かった」

「陽さん、どうしたんですか?」

「最後にちゃんと直に伝えておきたくてね」

「最後って ・・これからもずっと一緒じゃないですか」

「・・・・」

「陽さん、どこかまだ痛いんですか? 大丈夫ですか?」

「うん、俺はもう大丈夫。だから直はもう心配してくれなくていいから」

「陽さん ・・僕やっぱり今すぐ陽さんに会いたい。ご家族が来られるかもしれませんが、そっちに行ってもいいですよね?」

「・・・・」

「陽さん?」

 直人の見舞いを喜ぶはずの陽一からの返答がない。直人の心に不安が積もる。

「陽さん ・・なんか変ですよ。何かあったんですか?」

「・・・・」

 長い陽一の沈黙に血の気が引いていく。

「陽さん!」

「直、俺は今でも君を心から愛しているよ。でもね、もう会う事は出来ないんだ」

 直人は、頭に一撃を食らうと吐き気がした。


「なんで ・・どうしてですか?」

「直に命を救われた。俺は、直に助けてもらってばかり、でも ・・もうこれ以上迷惑を掛けたくない」

「噂のせいですか? 家族に何か言われたんですか? 陽さん!」

「直 ・・俺だって辛い ・・でも分かって欲しい」

「嫌です。もう陽さんから離れたくない! 陽さんが死にかけた時、僕、すごく怖くて怖くて ・・貴方のいない世界なんて生きている意味がない!」

「直! そんな事を言わないで ・・直の傍に居なくても、俺は君の幸せだけを願ってる ・・だから分かって欲しい ・・お願い・だ・よ」

 電話の向こうの陽一の辛さがひしひしと伝わって来る。直人はこれ以上、責め立てたくなかった。しかし、納得のいく答えが欲しかったのだ。

「お願いです。理由を聞かせてください ・・陽さん、でなきゃ僕、この先どうしたらいいか分からない」

「8年前に直が俺達を想ってしてくれたのと同じだよ」

「僕達のために?」

「そう」

「僕には、陽さんを失う以上に大切な物などない!」

「俺も直以上に大切な物など、この世にないよ。だから分かって欲しい」

 8年前陽一のために二人に終止符を打った直人には、今の陽一の苦しさと直人への愛情の深さが理解出来た。

「陽さんともう会えないのですか?」

「・・・・うん」


 8年前、陽一は直人の言葉に理由を聞かず反論もせず『わかった』と返した。

 あの時の一言に、どれほどの悲しさが込められていたのかを今、理解する。

 直人は、涙を止められず身体中からこみ上げる痛みで、呼吸困難になり意識が遠のきそうになった。


「僕はあの時の陽さんみたいに納得できない。馬鹿だから。もう一度会いたい。陽さんの手料理が食べたい。貴方に触れたい。キスして欲しい。抱いて欲しい。ここに来るって約束したのに。楽しみにしていたのに。また一緒に時間を過ごせると、思っていたのに」

 陽一の深い息遣いが聞こえる。彼も言葉が出ない程に苦しいのだ。反論してはいけない。もう尋ねてはいけない。彼の決断を受け入れるしかない。あの時の自分のように簡単に出した結論ではないはず。僕達のため・・ 直人は自分に繰り返し言い聞かせる。


「陽さん ・・僕は貴方をずっと、これからも愛しています」

「うん。俺も君をずっと愛してる。でも、どうか俺の事は忘れて幸せになって欲しい。今まで本当にありがとう。それから ・・さようなら」

 電話の向こう側に居た愛おしい陽一を永遠に失った瞬間だった。

「陽さん・・」

 夜の帳が降りてきたように直人を暗闇が包むと、何も見えず何も聞こえず、そして何も感じられなくなった。

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