第17話 Just a rumor or true?

 陽一が、女性を伴っている姿を目の当りにした日から、文化祭当日まで直人と陽一が顔を合わせる日は訪れなかった。


『3年生の校舎って緊張するな~ 竹ノ内先輩プロデュースのお化け屋敷も恐ろしそう』

 直人は、おどおどしながら3年生の校舎に足を踏み入れていた。

 直人のクラスは、文化際で焼きそばを出店したのだが、アッと言う間に材料が無くなったため自由に祭りを楽しむ時間が出来たのだった。

 直人は、クラスで孤立していたため1人でバスケ部員のクラスを回る事にした。そして、先ず足を進めたのが3年生の校舎だった。


『相澤先輩の女装だなんて ・・ああ楽しみだぁ ・・・・勿論、桜井先輩もですよ、スミマセン』

 直人は、陽一の女装姿を想像した途端、先程の恐怖心は和らぎ、心を躍らせながら陽一の教室へ足を進めた。


『何だ? あの人だかり ・・え? 相澤先輩の教室?』

 お化け屋敷の看板で、沢山の生徒が群がっている場所は陽一たちの教室だと確信する。人だかりには見知らぬ制服の女性徒も複数含まれていた。


『うわ~ 竹ノ内先輩のお化け屋敷ってこんなに人気だったんだ』

 そう考えた直人だが、お化け屋敷に辿り着くと人だかりは入り口前ではなかった。


「お~ 橘。来てくれたんだぁ」

「あ、竹ノ内先輩。お疲れ様です。ここに着いた時、お化け屋敷すごい人気って思ったんですが・・・・皆さん何に集まっているんですか?」

「客寄せ」

「客寄せ? でも皆写真撮ってるみたいな」

「ああ、陽一の晴れ姿だからな」

「え? 相澤先輩? ・・って事は、ナース姿?」

 陸に教えられた直人は、人だかりの隙間から必死で陽一の姿を探す。

「うわっ! しぇんぱい・・・・綺麗」

「だろ~ 玉付いてなかったら俺の女にしてやるのにな」

「でも、相澤先輩のお母さん、あんな恰好で患者の世話するんですか・・・・!」

「あ ・・ああ ・・あれね。陽一の母ちゃんのはパンツでさ、全く色気なかったし、まぁサイズも全然合わなかったから、コスチューム借りた。すっげぇセクシーだろ。陽一の奴、足綺麗だよな」

「相澤先輩、ほんとうに ・・綺麗です」

「橘、陽一に惚れただろ?」

「あ、はい、もうずっとまえから・・」

「ん?」

 思わず本音を漏らした直人は、ハッとすると口を押えた。

「な~んて。竹ノ内先輩こそどうなんですか? ・・ハハ」

「俺か? 勿論大好きだぜ」

 直人は、堂々と陽一について語る陸を心から羨ましいと思った。


「よ! 人気者お疲れさん」

 陽一が、ようやく群衆から解放されて陸の元にやってきた。

「きゅう・・けい・・したい」

 疲れ切った陽一は、陸の肩に倒れ込んだ。

「相澤先輩、お疲れ様です」

 陸の肩に項垂れていた陽一は、ゆっくりと顔だけを直人に向けた。

「橘、なんか久し振りだね」

 そう告げると、陸から離れ直人と向き合う。

「相澤先輩 ・・お久振りです」

「お化け屋敷、見に来てくれたんだ。もう、中に入った?」

「あ、いえまだです」

「お前の女装を見るのが優先だったんだよな」

「そっか。どう?」

 陽一は、セクシーポーズを決めるとウィンクをした。

「き ・・綺麗です!」

「ハハハ、有難う。じゃ、お化け屋敷楽しんでね。陸ぅ、休憩してくる」

 直人は、以前と違い、よそよそしい陽一に少し戸惑う。

「おお、朝からぶっ通しだもんな。ゆっくりしてきていいぞ」

「ほ~い」

 直人は、立ち去って行く陽一と自分との距離が少し開き始めると声を上げた。


「あ ・・相澤先輩!」

 声を掛けられた陽一は、立ち止まると少し間を置いて振り返る。

「何?」

「あ、あの。僕、焼きそばを持ってきたので食べませんか? 良かったら ・・その一緒に」

 以前なら喜んで応じたはずの陽一だが、何故か一瞬戸惑ってしまう。


「俺、こんな格好だから目立つよ。いいの?」

「そんなの全然気にしません!」

 直人は、いつも陽一に向ける満面の笑顔で彼に近寄った。

 くすみかけていた陽一の心に明るい色が塗られた気がして、以前の優しい微笑みを直人に送る。


 二人は、校庭にある直人の写生場所に腰を下ろした。

「こんな短いスカート履いて、どうやってパンツ見せないで座れるんだろうね。女って器用だな~」

「! 相澤先輩、その座り方は・・・・」

 陽一が、下着丸見えで胡坐をかいて座ったため、直人は慌てて制服の上着を脱ぐと陽一の膝に掛ける。

「お、サンキュ。でも橘寒くない? この辺り誰も居ないから俺は気にしないよ」

「ぼ・・僕が目のやり場に困ります」

「そうなの?」

 陽一は、直人から受取った焼きそばを地面に置くと割りばしを割る。

「いただきま~す」

「美味しいと良いのですが」

「橘が作ったの?」

「僕のクラス、焼きそば出したんです」

「そうだったんだ」

「・・うん、美味しいよ。朝から何も食べてなかったから助かったよ」

「朝からですか! 先輩って本当に人気があるんですね。人だかりを見てビックリしました」

「違う違う。物珍しいだけだよ。夾だって餌食になってたから。夾のメイド姿見た?」


『忘れてた・・・・』

「いえ、まだです」

 陽一は焼きそばを食べていた手を止めるとデジタルカメラを取り出し、直人に写真を見せた。

「うわ! 桜井先輩 ・・かわいい~」

「だよねぇ 夾って女顔してるもんな。後で揶揄いに行こうね」

 以前の陽一に戻った気がして直人は少しホッとする。


「先輩とこうして話をするの久し振りですね。文化祭の準備で忙しかったんですか?」

「う・・・・ん。そんな感じ」

 焼きそばを頬張る陽一を横目で眺めている直人の脳裏に先日の情景が蘇った。


「先輩 ・・あの・・ 前一緒に歩いていた人と付き合う事にしたんですか?」

「え? 前? って誰の事だろ?」

「だ・・誰って ・・同じクラスで、ずっと相澤先輩の事が好きだった女子です。そう、竹ノ内先輩が言ってました」

「う・・・・んと、あ、倉本さんの事かな? 付き合ってないよ」

「そうなんですか! でも ・・あの日は先輩の家に直行したんですよね?」

「あの日? ああ、倉本さんに付きあった日? 陸が言ってたの?」

「そう ・・です」

「倉本さんとはないよ。卒業するまでに1度でいいからデートして欲しいって言われたから映画行って、ご飯食べただけ」

「そうなんですか!」

 

 直人の安堵した姿が、陽一には不思議に見えた。

「何で橘がそんな事を気にするの?」

「あ ・・それは」

「じゃあ、俺も質問」

 陽一は、箸を持った右手を上に掲げた。


「橘ってさ、宇道と付き合ってるの?」

 陽一からの予想外の質問に直人は持っていた箸を落としそうになる。

「?!?! 僕が・・宇道先生とですか???」

「噂を聞いた」

「え? そんな根も葉もない噂!」

「でも、火のない所に煙は立たないんじゃないかなぁ?」

「どう言う意味ですか? 先輩、まさか噂を信じているんですか?」

 直人の真剣な眼差しに、陽一は思わず首を縦に振ってしまう。


「そ・・そんな」

「休憩時間、美術室に入り浸ってるんだよね? それに、宇道ってゲイらしいし」

「宇道先生ってゲイなんですか!?」

「は?」

「え?」

「知らなかったの?」

「全く」

「で、本当の所どうなの?」

「宇道先生が、次から次へとコンクールに応募するから追いつけなくて。放課後はバスケしたいし、昼休みは相澤先輩と過ごしたいから ・・休憩時間に作品を仕上げているんです」


 陽一は、直人の言葉に胸をなで下ろしている自分に失笑する。

「ア ・・ハハハ そうなの ・・そうなんだ。じゃあ本当にただの噂なんだね」

 陽一は、心の底からホッすると頬を緩ませた。

「当り前じゃないですか ・・だって僕は ・・」

「何?」

「せん ・・」

「せん?」

「僕は、相澤先輩 ・・あなたの事を ・・」

 真剣な直人の表情は、今まさに何かを告げようとしていた。

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