第12話 First feeling

「陸、これも持って行くの?」

「あ、陽一、そうそう。頼むよ」

 文化祭の実行委員に選ばれた陽一と陸は、山積みの資料を手一杯に抱え教室を出た。

「陽一、サンキューな。俺、文化祭の実行委員ってやってみたかったんだよ」

「ああ。陸となら俺は構わないよ」

「しっかし、お前がやるって決まった瞬間、女子共が急に立候補しだしてさ、俺が抜けさせられるんじゃないかって、一瞬冷や冷やしたぜ」

「陸が抜けてたら、俺は辞退してる」

「ま、そうなるよな」


 手に一杯の資料を抱えながら、廊下を歩いている陽一と陸に誰かが声を掛けてきた。

「陽一ぃ 陸ぅ」

 名前を呼ばれた二人は後ろを振返ると、夾と徳田が、それぞれの手に何かを持って歩いて来た。

「夾と徳ちゃんも、成功した?」

「うん。俺達もB組の実行委員だぜ」

「やりい!」

 身体で嬉しさを表現したかった陸だが、手が塞がれているために、満面の笑みで応えた。

「計画通りじゃん! この4人でさ、バスケ以外で何か出来るなんて楽しみだぁ~」

「そうだね。俺も同感」

 陽一が夾の気持ちに賛同すると、陸と徳田も首を縦に振った。


 陽一と陸に合流した夾と徳田は、4人で職員室や生徒会室のある1年生の校舎に足を踏み入れた。


「うわ~ ここ懐かしいな~」

 2、3年生は同じ校舎を使っているが、1年生だけ2階の渡廊下を挟んだ北側の校舎を利用しているのだ。

「懐かしいって、音楽室も美術室もこっちじゃん」

「夾、鋭いとこつくな。でも1階って滅多に来ないだろ」

「まぁ、職員室には近寄りたくないからな~」

「いえてる」

 4人が、他愛のない会話をしていると、足早に階段を下りて来る1年生のグループが見えた。そして彼等は階段下の踊り場で固まると、苦笑いをしながら話始めた。

「やっぱ、怪しいぜ、あの二人」

「いくら絵を描くの好きでもさ、毎休憩時間に美術室に行くか?」

「橘って、クラスではアーティスト気取りで誰とも話さない癖に、宇道とは仲良く話すだろ」

「俺の彼女さ、青一中出身なんだけど、橘って中学ん時、結構女子に告られたのに全員断られたって言ってた」

「あの二人ぜったい、そうだぜ」

「ここ共学なのによ、あり得ない」

「橘って身体デカいくせに、掘られんの好きとか」

「うわっ」

「キモいよな」


 陽一達の耳に1年生の会話が届いていた。彼等の前を通り過ぎると、夾が少しトーンを下げて話出す。

「なぁ、今の橘って、あの橘の事?」

「絵が好きとか言ってたし、多分な」

「アイツってクラスで友達居ないんだな」

「全然知らなかった。陽一は、橘から聞いてた?」

 陽一は、先程の会話を聞いて以来、何も耳に届いていなかった。

「おい、陽一」

 陽一の変化に気付いた陸が話掛ける。

「あ・・何か言った・・陸?」

「いや、徳ちゃんがさ ・・」

「あ、徳ちゃんごめん。何て?」

「いや、橘ってクラスで1人みたいだし大丈夫なのかなって」

「ああ、俺も今のを聞いてビックリしたよ。バスケ部では馴染んでそうなのに」

 陽一が、少し心配そうに応えていると、夾が何かを思い出したように陽一の後に続けた。

「そう言えばさ、去年宇道がここの学校に来た時に変な噂なかった?」

「ああ、ゲイってやつ?」

「そうそう、ここの前に教えてた私立の男子校で、そっち系の問題起こして辞めさせられたって噂、あったよな」

 陸と徳田は、夾の言葉で宇道の噂を思い出した。

「あっ、そう言えば、次、俺のクラス美術だ。な、陽一」

「うん」

「あちゃ、俺だったら、宇道を変な目で見てしまいそうだぁ」

「授業に集中できねえじゃん」

「でもよ、教師も人間だし、好みなんて何でもいいだろ。俺には関係ないし」

「よ! 陸、大人。さすが、工大目指しているだけあって、機械以外は興味なしかぁ?」

「地元の工大にしたんだっけ?」

「そう、陽一も残るし、離れられないだろ」

「うわ~ お前らラブラブだな。陽一は例のデッカイ町のスッゲエ名前の大学だったよな」

「デッカイ町のスッゲエ名前の大学って、どこだよ~」

「アハハハ」

「夾、うける」

「だって口に出すのも、おこがましいじゃん」

「だな~ アハハハ」

 4人はいつの間にか、直人と宇道の事は、忘れ進路の話で盛り上がった。

 職員室に資料を置いた陽一と陸は、夾と徳田に別れを告げ、1年生校舎の2階にある美術室に向って階段を上っていた。

「なぁ陸、授業まで、まだ5分もあるよ」

 先程の1年生達の会話が未だ気になっていた陽一は、美術室への足取りが重かったのだ。

「いつも遅れってっから、たまにはいいだろ。でもさ、3年生に美術の授業って必要ないよな。バックレっか?」

 珍しく陸の言葉に乗っかりたい気分の陽一だったが、直ぐに残念そうな顔になる。

「もう遅いよ」

 二人はいつの間にか美術室の前に到着しており、クラスの学級委員長と目が合ったのだ。

「うわっ 1番ヤバい奴に見付かったな」

 陽一のクラスの学級委員長は横川杏よこがわあんと言う、授業態度満点の真面目女子が務めていたのだ。


「横川、何やってんだ? 入んないのか?」

 美術室前で突っ立ったまま、ドアを開けようともしない横川に陸が声を掛けた。

「竹ノ内君が先に入って」

「え? おっかしな奴だな」

 横川の不可解な態度を気にしながら、陸は美術室のドアを開けた。

「しっつれい ・・・・します」


 美術室の扉を開けた直後3人は一瞬硬直してしまう。そして、陽一と陸は学級委員の横川が入室を躊躇っていた訳が即座に理解出来た。

 何故なら、美術室前方、窓側の席で美術教師の宇道が、彼の前に座る生徒を抱きしめていたからだ。だが、それは3人の見間違いだった。宇道は、ただ彼の前でイーゼルと向き合って絵を描く生徒に、指導していただけだったのだ。


「あれ? お邪魔でしたか?」

 誤解だったと気付いた陸が嫌味を言うと、それを聞いた宇道と彼の前に座っていた直人が振り返る。

「本当だ。いつもは遅れる癖に、3年ならもっと気を遣え」

 陸と宇道の会話の意味が読み取れない直人は、いつもの様子で陽一と陸を見る。

「あ、先輩。次美術なんですか? うわ~もうこんな時間。僕、教室に戻らないと」

 直人が立ち上がろうとした時、宇道がさっと直人の手を握るとペンを持たせ、直人の頬に自身の顔をすり寄せた。

「ほら、橘の絵は特別なんだから、サインちゃんとしておかないと」

 宇道が直人の耳で囁く。そして、身体を直人に近づけたままの状態で目線を陽一に向けると、不敵な笑みを送る。

 その瞬間、陽一の胸がチクリと痛み口角を下げた。それは陽一にとっては初めての感覚。動揺を押し殺しながら陽一は、無言で美術室の後方に足を進めた。

「相澤先輩 ・・・・」

 直人は、後ろに移動する陽一に声を掛けたが、陽一は俯いたまま直人に目も向けず言葉も発しなかった。

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