承
変化の切っ掛けは、放課後。僕が校庭に咲いた花を植え替えている時のことだった。
「円谷、それ何してるの?」
ドキリ。彼の声は、いつも心臓に悪い。
「か、香椎くん!」
前髪のカーテン越しに見上げた香椎くんは、穏やかな笑みを口元に携えていた。こちらを見つめる瞳。落ち着かなくて、また顔を伏せてしまう。
「は、花を植え替えてるんだ。ここだと、ふ、踏まれちゃうから……」
ああ、やっぱりマトモに喋れない。僕、挙動不審だ。
「そうか。優しいな、円谷は。手伝うよ」
「え!? い、いいよ、汚れちゃうよ!」
香椎くんは、気にせず僕の傍に屈み込んだ。スコップは一つしか無いから、彼はそのまま素手で土を掘り始める。――優しいのは、香椎くんだよ。
「この花は、何処に移すんだ?」
「あ、あっちの、花壇に」
無事に作業を終えると、花壇の花を眺めて香椎くんは満足気に微笑んだ。優しい横顔。胸がキュッとなる。
不意に彼が振り向いて、心臓が跳ねた。
「円谷、髪に土、付いてるぞ」
香椎くんの手。土を触っていない方の左手が、僕の前髪に向けて伸ばされた。反射的に竦んで、また顔を背けてしまう。触れる寸前で、止まった指先。……あ、気を悪くさせちゃったかも。慌てて、横目で窺う。香椎くんは苦笑を零していた。
「髪触ろうとすると、円谷いつも避けるよな」
少し、傷付いたような表情。息を呑んだ。
「ご、ごめん! 嫌とかじゃなくて……その、僕、人の目を見て話すのが、苦手で。こ、こんなんじゃ友達も出来ないし、直さなきゃって、思ってるんだけど……」
俯いた顔に、香椎くんの視線を感じる。何言ってるんだ、僕。香椎くん困るだろ。動揺に前髪の下で目を泳がせる僕に、香椎くんは思いがけない提案をした。
「それじゃあ、俺が練習台になろうか」
――え?
次の瞬間、香椎くんの指先が僕の額にそっと触れた。肌を撫ぜる感触に、思わず目を瞑る。それから、恐る恐る瞼を持ち上げてみると、いきなり視界に香椎くんの顔がドアップで映り込んだ。少し低い位置から覗き込んでくる彼の柔らかな茶色の瞳と目が合い、一気に熱が駆け昇る。自分でも頬が上気したのが分かって、慌てて横を向いた。
「あ、コラ。駄目だぞ、目を逸らしちゃ」
「む、無理! こんなのっ」
恥ずかしくて、死んじゃうよ!
香椎くんは、小さく息を吐いた。あ、呆れられちゃったかも。チラリ視線を戻すと、彼は言う。
「これは、特訓が必要だな。明日から放課後、裏庭に集合ってことで」
「え!?」
「逃げるなよ?」
愉しげな笑み。いつも優しい香椎くんの、少し意地悪な顔。その意外な表情にまで、胸がときめいてしまう。
こうして、香椎くんによる僕のコミュ障改善特訓が行われることとなった。
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