第9話 反撃の狼煙

 いったいどれだけの時間が過ぎただろうか。

 外界とは時間の流れが異なる奇跡屋の中でそんなことを気にしても意味はないけれど、竜司は時間経過がわからないほどに百の籠手ハンドレッド・ガントレッドの操作に没頭していた。


 ゼロの用意してくれたバリアを破壊していくうちに、この希望ホープについてわかったことがいくつかある。


 まず一つ目に、これは装着することができる。試しに一つずつ両腕に被せてみると、実際に鎧を着込んでいるかのような感覚だった。

 本物の籠手と同じ用途でも使用することができるのだ。至近距離での戦闘になれば装着することで有利になるかもしれない。


 ちなみに身につけた時点で霊力による操作は必要なくなる。浮遊時は霊力の線を通じて、竜司からかなり離れた場所まで動かすことができるが、その代わりに操作に意識を割くことになる。


 浮遊状態と装着状態の籠手、状況によって使い分けることがトゥエルブとの戦いで鍵となるだろう。


 そして二つ目、浮遊状態の籠手の射程範囲がかなり広いこと。

 室内というには広すぎる奇跡屋の空間、端から端までこの百の籠手ハンドレッド・ガントレッドを行き来させることができた。


 この場では正確な最長距離はわからなかったが、これはかなりのアドバンテージになりそうだ。近距離での格闘しか選択肢のないトゥエルブには、それはもう厄介この上ないだろう。


 最後に三つ目、もしかしたらこれが一番重要な要素になるかもしれないが、籠手同士は融合させることができる。

 総数が減ることにはなるが融合させた分だけ籠手が強化される。こうなるともはやハンドレッドと呼べるかは怪しいところだが、この仕様は実に都合が良い。


 なぜなら狭い場所や障害物が多い場所で、百個もの籠手を自由に動かすことは至難の技だ。手数を減らすことになるが小回りが効くようになるだろう。

 そう、先ほどトゥエルブと戦ったような、周囲に樹木が生えている所ではこの機能が有利にはたらくということだ。


 そしてこれら三つの点を含んだ百の籠手ハンドレッド・ガントレッドの操作に関して、竜司はもはや自分自身の手であるかのように操ることができた。


 自身の腕への着脱、遠距離での操作、そして複数の籠手の融合と分離。それら全てが驚くほどスムーズに行うことができる。

 産まれたばかりの赤ん坊が誰に教わるでもなく大きな産声を上げるように、竜司もまたそれが当然であるかのごとく、この異能力の全てを掌握していた。


 初めて発動させる能力であるはずのそれが、見事なまでに竜司にとって最適なものだということ。その事実に改めて感嘆の息をもらす。

 この商品を勧めてきたゼロの目にはいったい何が見えているのだろうか。自分の霊眼よりもよほど特別な眼を備えていると言われても信じてしまいそうだ。


 そんな思考もそこそこに、竜司はこれ以上百の籠手ハンドレッド・ガントレッドに関する新たな発見はないだろうと思い、ゼロに声をかける。


「ゼロさん、これどうやったら買えるんですか?」

 竜司はもちろんこの商品を買うことにしたが、購入方法が不明瞭なためゼロに確認をしてみる。

 いや、別に知らないわけではない。ゼロの言葉によれば購入する際にはその品物と同程度の奇跡による等価交換か、竜司の霊力を支払うことで成立するとのことだった。


 だがどうすれば霊力を支払うことができるかがわからないし、仮に竜司の持ち物から等価交換するとしても、ゼロから見てどんな物であれば百の籠手ハンドレッド・ガントレッドと釣り合うのかもわからない。


 しかしそれを無用な心配だとでもいうように、ゼロは穏やかな笑みを浮かべながら返答する。

「ご購入ありがとうございます。と言いたい所ではありますが、今回は試用期間といたしましてトゥエルブを除霊した後にお支払いしていただくという形にした方がよろしいかと思います」


 はてなぜだろうか。この場で購入することでなんらかの不利益が発生するのか? そんな竜司の疑問をゼロは即座に解消する。


 試用期間とすべき理由を、ゼロは次のように述べた。

 まずは購入方法が限られているということ。一番最初に識眼で見た際に、竜司の持ち物の中で商品として交換可能な物は文明の利器であるスマホくらいなものだということがわかり、かといって生活必需品を交換するわけにもいかないのだという。


 そうなると残るは霊力、ゼロは心気と言っていたが、精神的エネルギーによる支払いしか選択肢は残されていないのだが、ここに問題があるのだそうだ。


 今回の来店はベルスタンプによる緊急テレポートだ。こうなると店を出た瞬間に先ほどいた場所へと転送されてしまうのだという。つまり扉を開けて一歩ここをでてしまえば、奇跡屋の出入り口である商店街ではなくトゥエルブがいる場所へと戻ってしまう。


 その場合、霊力による支払いを終えた後ではあまりにも危険すぎる。竜司の霊力の総量にもよるが、消耗した状態であの悪霊と事を構えるのは自殺行為に等しい。


 上記の理由から支払いのタイミングを、トゥエルブを打倒した後にするべきだと言っていたのだ。


 幸いにしてベルスタンプと竜司の間には経路が繋がっており、次に来る場合には来店条件である《解決不可能な問題》を抱えていなくとも奇跡屋に入ることができるのだそうだ。最初にベルスタンプのことを入店許可証のような物だと言っていたのも、あながち間違いではなかったということか。


 竜司はそれらの説明を聞いてから再確認する。

「じゃあ今日は何も払わないでいいってことっすか?」

「はい。そしてトゥエルブを除霊した後にまたご来店ください。お支払いはその時に」


 竜司としては商品を受け取っていながら何も支払わずにいるというのは心苦しいのだが、ゼロの親切心と今回の状況を鑑みれば仕方のないことだと自身を納得させておく。


 となると、竜司がすべきことはここを出てトゥエルブを退治するだけ。

 あれだけの強さを見せつけられた後で、しかもゼロですら撤退せざるを得ないような相手だったというのに、不安という感情はどこかで迷子にでもなっているのか、竜司の心には一つの確信だけが堂々と座していた。


 絶対に勝てる。この百の籠手ハンドレッド・ガントレッドがあれば間違いなく。


 ともすれば慢心とも言えてしまうような確信を胸に、竜司は異能力が込められた赤いキューブを握りしめた。

 そんな竜司の様子を見てゼロが話しかけてくる。


「ではリュウジ様、当店を出られる前に少しだけ目を閉じていただけますか?」

 言われるがままに目を閉じると、一瞬だけまぶた越しに光を感じる。これはいったいなんの光なのだろう。


「もう目を開けていただいてもよろしいですよ」

 ゼロの言葉に従って目を開けると、なんと先ほどまで制服に付いていた汚れが綺麗さっぱりなくなっているではないか。


 トゥエルブに襲われた際に付いてしまった土などの汚れが、最初から無かったかのように消えてしまっていた。

 帰ったら親に怒られるだろうなぁ、なんてほんの少し考えていたのだがこれは僥倖だ。


「ご家族に心配をかけてしまうことも考えられたので、照らした対象の汚れを取り除くことができる商品きせき、クリーニングライトを使用させていただきました」

 ここまでくると、ゼロの心遣いに何を返せばいいのかわからなくなってくる。今度ここにくる時には、支払いのためとは別に何かお菓子でも持ってこようと竜司は心に決めた。


「ありがとうございますゼロさん。そろそろ行きます」

 竜司がそう告げるとどこかの物陰からユナが現れ、ゼロの隣に並び立つ。


「はい、またのご来店を心よりお待ちしております」

 ゼロとユナが腰を折り礼をする。体格差のせいか揃ってはいないけれど、真摯な態度を見せる二人のその姿に背中を押され、竜司は奇跡屋の扉へと近付く。


「ありがとうございました! それじゃあまた!」

 カランコロン。

 軽快な鈴の音色が、耳に心地よい余韻を残す。


 竜司は扉の向こうにある暗闇へとためらうことなく飛び込んでいった。

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