外伝2 妖狐と愉快な子供達
それは、ルーテが孤児院を出発してからすぐのことだった。
シェンを寝かせて居たはずの空き部屋の扉が、ゆっくりと開く。
「くっくっくっ……!」
そして、中から不敵な笑みを浮かべたシェンがトコトコと歩きながら出てきた。
「ルーテさえいなければどうということはない……! まずは手始めに……ここに居るガキどもを全員食ってやるッ!」
誰もいない廊下で、大胆にもそんな宣言をするシェン。
しかし、現在は無害な小動物にされてしまっているため威圧感は皆無だ。
「その後は、ヤツが返ってくる前にさっさと逃げないとねえ」
彼女は所有していた【感知】のスキルを使ったことで、この場所が何処であるか等の把握を済ませていた。
ルーテが何らかの理由で不在であることも既に知っている。
「ククククッ、あーっはっはっはッ!」
誰も居ない廊下にシェンの笑い声が響き渡った。
――大前提として、現在の孤児院に居る子供達やシスター達は一人一人がレベル100であり、シェンが敵う相手ではない。
孤児院の子供達は無意識のうちに強大な魔力や威圧感を放って生活しているのだが、それらを正しく感知する為には相応の実力が必要だ。
レベル60程度のシェンには、それらを感じ取ることができなかった。
彼女は知らぬ間に【感知】スキルを大きく狂わされてしまったことで、無謀な計画を実行に移してしまったのである。
「さてと……まずはどいつから喰おうかねえ?」
シェン本人は隠したの雑魚だと思っている子供達の気配を探りながら、我が物顔で悠々と廊下を闊歩するシェン。
――だがその時、起床の時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
「わーい!」「あさだー!」「みんなあそぼー!」
廊下に並んでいた扉が一斉に開き、中から子供達が元気よく飛び出してくる。
その様子を見たシェンは、咄嗟に物陰へと身を隠していた。
「…………はっ! な、なぜ私はガキども相手にこんな真似を……?!」
無害な人間の子供相手に身を隠すなど、これまでの彼女であれば考えられない行動だ。脳裏に深く刻み込まれたルーテに対するトラウマが彼女にそうさせたのだろう。
(……お、落ち着くんだ。魔力は回復しているし……今の私なら少しの間だけ元の姿に変化できる……! ニンゲンのガキ相手に後れを取ることなどありえないッ!)
シェンは自らを奮い立たせ、廊下を走る子供達の前に飛び出した。
「がおおおおおおおおおッ!」
だがその瞬間――
「もふもふだー!」「かわいーっ!」「つかまえろーっ!」
「…………は?」
子供達が一斉にこちらへ振り向いたかと思えば、急に視界から姿を消していた。
「つかまえたー!」「もふもふー!」「わたし、もふもふにがて……」
「う、うわあああああああああッ!」
あっという間に子供達に捕獲され、見動きを封じられたところで、ようやくシェンは自分の目が彼らの早さを追いきれなかったのだと理解した。
「これ、ルーテおにいちゃんがつれてきたもふもふだ!」「にげだしちゃったのかな?」「もやす?」「もやしちゃだめっ!」
可愛い声で悍ましい会話をしているのを聞かされながら、全身を好き放題なで回されるシェン。
(なっ、なんなんだこの魔力は……っ!? こっ、こここっ、このガキどもが発しているのか……?!)
ここまで接近された上で触れられてしまえば、流石の彼女でも子供達の有している底なしの魔力を感知することができる。
自身の命は、既に彼らの手に委ねられているのだと、嫌というほど理解させられてしまった。
ルーテに遭遇してしまった時に匹敵する絶望を再び味わってしまった彼女がとった行動。それは――
「くうううううんっ!」
――全力でか弱い小動物のふりをすることだった。
「なにしてるのー?」「へんななきごえした!」「ぼくもまぜて!」
そうこうしている間にも、次々に子供達が集まってくる。
(あ、ありえない……っ! ありえないありえないありえないありえないっ! 何故こんな化け物どもが一ヵ所に集まっている?!)
シェンの体は極度の緊張によって硬直し、全身の毛が逆立っていた。
「さわるのはじゅんばんに!」「このコ、どこにつれてくの?」「ほかのどうぶつと、いっしょのおりじゃない?」
(あぁ…………)
やがて体の震えが止まらなくなり、血の気がすっと引いていく。
彼女の心は完全に折れていた。
(私の……負けだ……。だからルーテ……早く戻ってきてええええええっ!)
極限まで追い詰められたシェンは、心の中でそう叫ぶのだった。
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