世界の相違点①

「全員、補給コンテナの位置に気をつけてね!」


 いつにない長丁場になることは間違いないだろう。勝利か敗北かの分水嶺が訪れるまでは遠く、その時になって弾薬や魔力がありませんなどと冗談にもならない。


 多勢のデストロイヤーを相手にするのは当然のこと、ペースの配分が戦況を分けることになる。同じような苦境に陥った事のあるラプラスは、この迎撃戦において肝要となるポイントをいち早く掴んでいた。


 自分達の所で全て止めきれれば最高ではあるが、恐らくはそう上手くいくことはないと考える方が正しい。横から抜けられたデストロイヤーに補給コンテナを踏み潰される可能性がある。


 ラプラスはデストロイヤーの侵攻経路を元に、指示しようとして、異議が挟まった。


 


「補給コンテナ? 何の話?」

「は?」

「お言葉ですが、補給コンテナってものはないです」

「えっ、は? ええ? デストロイヤー相手に補給無しでどうやって戦ってきたの!?」

「基本的に強敵が一匹か、数匹なので魔力にさえ気をつければ補給は必要ありません。補給ってそもそも何を補給するんですか?」

「戦術機だよ。折れた戦術機を切り替えて」

「戦術機は一回の戦いでそんな簡単に折れません」

「……これが世界の違いか」


 ラプラスは舌打ちをしたい気分になった。戦闘が始まってからは遅いというのに。

 この世界のデストロイヤーと衛士は全体的に強くて弱い。瞬間火力に秀でているが、継続戦闘能力が低い。

 

「前方、大隊規模来ます!」

「異世界型デストロイヤーは固くて数が多いから気をつけて! 二人連携を常にフォローしてあってください!」

「聞いての通り、生存重視で接敵! 目の前の敵は絶対に倒して、機動格闘戦は最終手段!」


 同じようなタイミングで、各戦線の隊長の命令が飛び交った。幾百もの了解の声と共に、衛士がその身に合わぬの巨大な兵器を持ってデストロイヤーへと襲いかかっていく。


 迎撃に出たレギオンは殲滅の速度を第一としてデストロイヤーを刈り取っていく。世界でも有数の、強国に恥じない戦いぶりである。

―――――だが。


「駄目です、防衛線だけでは抑えきれません!」

「南付近から多数のデストロイヤーが………他レギオンが接敵、交戦開始とのこと!」

「北付近でも交戦を確認! 戦域、なおも拡大中です!」


 横浜衛士訓練学校では、各方面からの報告で入り乱れていた。防衛線を抜けたデストロイヤーの一部は既に、後方の部隊と接触するまでの位置に展開している。部隊壊滅などの悲報はまだ出ていないが、壁一面に映しだされているレーダーの中では、交戦中を示す赤の円形が次々に咲き乱れていた。


敵を撃破するより、西の陸から沿岸部から湧き出てくる赤の点の数が多い。中央に居る司令は、既にデストロイヤーの反応のせいで真っ赤に染まっているレーダーを睨みつけていた。


――――これは、まずい。

内心で呟きながらも、横浜衛士訓練学校のHQ動揺を見せないまま淡々と命令を下していく。


「南に展開している部隊に通達だ。南西方面へ抜けていく群れを優先して殲滅せよ。特に異世界型ラージ級デストロイヤーは一匹たりとも沿岸部には近づけるな、と」


数を減らさねば"仕事"は終わらず、そしてその仕事において最も優秀な能力を持っているのが横浜衛士訓練学校で急増された高出力砲である。砲を抱えたまま、遠くからからレーザーで吹き飛ばされてはこの迎撃戦は更に長期化し、横浜衛士訓練学校が押しつぶされることになることは容易に見て取れた。その密度、ついさっき蹴散らしたそれとは比べ物にならない。


「近くの中小衛士訓練学校から通信が入りました! 緊急外征支援レギオンを編成、横浜衛士訓練学校の援護に入るとのことです!」

「有難いな」



山側に立たれれば異世界型ラージ級デストロイヤーのレーザーの射線が通る。横浜衛士訓練学校を守るという意味もあるだろうが、有用な戦力になるという意味では間違いではない。そうして山陰側より侵攻してくる部隊に対しての戦力は充実し始めていた。


一方で、湾岸側の部隊は苦戦を強いられていた。南端より北に至るまでデストロイヤーの上陸ポイントになっている。海よりやって来たヒュージの9割は北側に展開したが、西側に一部抜けて市街地へ向かっていた。


勿論のこと、前回の教訓は忘れてはおらず、西岸にも部隊は配置していたが、その分北側の側面をつく部隊の数は減じられていた。戦略的に対応しなければならない上層部は心の底から舌打ちをしていた。誤報であると信じたかったが、前回の10倍の規模であるという情報は間違いではなかった。世界でも有数の戦力を誇る日本の横浜衛士訓練学校だが、その全てがアールヴヘイム並みというわけではない。初回の電撃侵攻をも上回る密度で押し寄せて来るデストロイヤーに対処するという状況に慣れてはいなかった。かつ、守るに不利な自国の地形の中で、矢継ぎ早に敵の数が補給されていくというのは想像以上に厄介なことである。


戦闘が始まってさほど時間は経過していないというのに、既にもう前回を越える数の被害が出ている。防衛線は破られておらず、問題が出るような量は突破はされていない。前線で奮戦している横浜衛士訓練学校のレギオンや、他の衛士訓練学校から砲撃を続けている者達に落ち度はなく、それどころか立派に役目を果たしている所だ。だというのに、この被害拡大率。その上で赤色の行列が薄まる様子はなかった。


――――逡巡したままだと、このまま踏み潰される。



それをいち早く認識できたのは、横浜衛士訓練学校の防衛軍司令官だった。被っている帽子を軽く叩くと、仕方ないかと溜息をついて。そのまま怯えもなく、ただ冷静な声のままに淡々を命令を出した。命じられた副官は一瞬だけ司令官の正気を疑ったが、そういえばそういう人だったと苦笑を挟んで、復唱をした。


 


「全ての在庫を使い潰すくらい、全力での砲撃を。そして世界に緊急事態支援要請を発令。命令があるまで、"記録に残るぐらいの早さで"砲撃を継続する」



表現を加えた副官の声に、その通りだと頷く司令官。そこに、てっきり賛成をするものと思っていた新参の参謀が目を剥いて反対した。敵が多いのは分かるが、仕掛けるにも早すぎると思っていたからだ。それを聞いた副官は、苦笑しながら自分の喉を指して言った。


 

「少しでも衛士への圧力を減らさなければ圧殺される。次を考えるな、今を全力でしのげ」


 


 背後に庇うは無辜の民に、東京。一刻も叩き潰す必要があると告げる副官の目と迫力に、参謀は汗を流しながら黙り込んだ。反論したままだと殺されるとまで思わされるような。直後に副長は旗下の防衛軍に、総力での砲撃を命令するように告げる。間も無くして、戦場に砲撃の雨にさらされた。


至近で聞けば耳を塞いでも聴覚に障害をきたすほどの轟音と共に、人間であれば跡形も残らないような威力の砲弾がデストロイヤーの密集地帯に降り注ぐ。異世界型ラージ級デストロイヤー級のレーザーによって何割かは空中で蒸発したが、 


 残りは目標のポイントに着弾した。山で言えば山肌が、人影が消えた町にまだ形を残していた建物諸共に、砲撃を受けたデストロイヤーが欠片となって宙を舞う。着弾の衝撃は凄まじく、特に密集している地点は砂埃とデストロイヤーの血霧になって視界不良となるほどだった。当たる時の角度さえ良ければ核シェルターとて砕く威力を持つ砲撃である。同じ中型であるミドル級やミディアム級などひとたまりもなく、ラージ級も当たる部位によっては一撃で地に伏せた。


スモール級などは、着弾の衝撃の余波で吹き飛ばされていく。唯一長距離での攻撃手段を持つラージ級も、撃墜できなかった砲弾を受けてその数が減らされていく。脅威であるレーザーも、同じヒュージといった壁があり、射線が通っていないのではなにをしようもない。アウトレンジからの理不尽たる暴虐に、ただされるがままに蹂躙されていった。デストロイヤーが千々に裂かれ、散らばっていく。あまりにも一方的な攻撃は、傍目に見ている者がいれば憐憫の情さえ浮かぶような様だった。さりとて日本、自分の国を滅ぼそうとしている怪物に手加減などする必要性はない。


 


今回さえ守り抜けば、東京や各方面からの横浜衛士訓練学校への兵站能力は保持される、抜かれなければ補給の目は残っているのだ。出し惜しみしたまま、落とされる事こそが凶である。


そう判断した防衛軍の名将の命と共に、声と共におよそ衛士では成し得ないような速度でデストロイヤーの数を削り取っていった。


「す、すごい!」

「生き残れる! これは生き残れるかも!」


歓声を上げたのは、前線に出張っていた衛士だ。あまりの敵の数の多さと、前回にはまったくなかった損害の報告に晒され続けた部隊は笑えない早さで士気が低下していた。


だが、歴戦の勇とて目をむくほどの味方の砲撃の密度と、望遠越しに見える敵の惨状を。脆い粘土のように肉と体液を散らばらせていく敵の姿を目の前に、逆に士気が向上していく気配を見せていた。


 機と見たアールヴヘイムの天葉が至近のミドル級を斬り飛ばし、スモール級を串刺しにしてそのまま長刀を掲げ、広域オープンチャンネルで横浜衛士訓練学校の全衛士に呼びかける。


「みんな! 見てたよね! 防衛軍の全力全開!」


 


大声のままに、不敵な笑みを見せる。


 


「敵に最も近い場所は――最前線は、私達衛士の場所だ! そして、このままやられっぱなしの腰抜けはいるか!」


 


問いかけに、衛士達を歯をむき出しに、怒りを顕にした。腰抜け、というのは禁句である。最前で怪物と激突する役目を持つのだ、骨無しと言われてまま黙っていられる者はいない。



先ほどまでは敵の攻勢の激しさを前に、不安に揺れていた目の中に獣じみた輝きが戻っていく。

殺意さえ混じっているような苛烈な視線を受け止め返した天葉は、長刀を前に指した。



「回答は要らない! 腰抜けでないと証明したいのなら――――武を以って示してみせて!」


 


男女問わずの、了解の大声が通信に充満した。よし、と呟いて戦術機に手をかける。そして砲撃が止んだ直後に、一歩前に踏み出した。


 


「往くぞ!」


 


声と共に、前に出るアールヴヘイム。それを見た部下達は、遅れてはならぬと前に駆けた。武の証明をせんと、銃と剣を手に敵に躍りかかっていった。


 

どの前線でも似たようなものだった。デストロイヤーを前に逃亡する者はほぼゼロで、それどころか前回の鬱憤を晴らそうという勢いで奮戦していた。


 前回の戦いで仲間を異世界型デストロイヤー殺されたという者も少なくなかった。対する恐怖はあるが、憎しみが混じった殺意もまた強い感情である。高い士気を保ったまま、恐怖を前に体を凍らせることなく、体に反復させて覚えさせた殺しの行動を着実にこなしていく。


それは戦闘が開始してしばらく、防衛線を突破する数が増えてからも同じだった。

 

 


 顔らしき部位はあるが、目も鼻も耳ない。口と皺だけを表に貼り付けたスモール級が、右に左に震動と共にこちらに向かって来る。だけど、距離は十分だ。この世界の真昼は訓練通りに、シューティングモードで引き金を絞った。狙いより少し下に外れたが、弾丸はデストロイヤーの肉を抉り、いくつもの穴となってその威力を示していく。



『真昼さん、右ですわ!』

『っ、うん!』


風間の声に即座に反応した直後、跳躍してその場から離れながら注意された方向に向き直る。そこに見えたのは移動中のスモール級だ。だが間合いは未だ遠く、真昼は前腕部の間合いに入る前に再度の射撃を行い、近寄ってくるミド級とその横に居た新手を爆散に変えていった。



『つぅ!?』

『誰がっ………あ、危ない!』



 通信から聞こえたのは愛花の苦悶に満ちた声だった。葉風からの攻撃に守るように複数のデストロイヤーの攻撃を身を挺して守っていた。戦術機は落としたか落とされたようで、足元に転がっていた。すかさず、戦術機をたたき落とした原因であろうミドル級の群れが腕を振り上げる。


 各種デストロイヤーの中でも有数の硬度を誇るその一撃は、衛士に標準搭載されている防御結界をもってしても直撃されればひとたまりもない。

 真昼は咄嗟に助けようと思い、しかし直後に手を止めた。この距離と位置では敵だけに命中させるような自信はなく、味方にまで当ててしまいかねないのだ。


迷いは、わずかに数秒。だけど、間に合わなくなるには十分な時間だった。

この世界の真昼の中で、致死の瞬間が来るという思考が浮かぶ。


だが、前腕がそれ以上動くことは無かった。飛び込んできたのは、金髪と銀髪の二人の衛士が軽やかに宙を舞った。


 直後に腕を振り上げたデストロイヤーに5つの弾痕が刻まれる。連射による弾のばらつきはなく、5度衝撃にはねて、汚らしい体液が宙を舞った。致命には十分だったらしい。攻撃を受けたデストロイヤーは電気ショックを受けたかのように体を跳ねさせ、周囲に横たわっている者達と同じようになった。


「あ、た、助かりました! 天葉様……? とくすみさん」

「礼はいい。それより貴方から全部隊に通達して。特務02と特務03……別世界の天音天葉と江川くすみが支援するって」

「ラプラスさんと同じ!」

「ラプラス? ああ、真昼か。合流したほうが良いかな。いや、後続を吹き飛ばしたほうが効果的か。大技やるよ、くすみ」

「はい! 天葉お姉様!」

「愛花さん、あと百秒後にこのエリアを纏めて吹き飛ばす。それまで撤退と防衛をするように通達をお願い。私達の規格とは違うから通信ができないんだ」

「はい、わかりました」


 レーダーにビーコンをセットしてたあとそう言って二人は去っていった。そして愛花は後を振り向いて葉風に言った。


「葉風さん、敵が近いからって何も言わず下がらないでください。怖いのはわかりますが、私が守ります。私を信じて、デストロイヤーを狙撃してください」

「う、うん。ごめんね」


 愛花は葉風に孤立するなと注意を促した。その声には、いつにない若干の苛立ちが含まれているようだ。それを見た真昼は。は、無理もないだろうと思った。何故なら、先ほどのような事態になったのは今日だけで6度目だからだ。何ともないような距離でのミドル級との一対一など、一人前の衛士であれば勝って当たり前といった難易度なのだ。脅威度であれば最低レベルで、戦場に出たての自分でも対処できるであろう相手に、王雨嘉は近接戦闘からの忌避から自分から危険地帯へ赴いてそれが原因で苦戦を強いられている。


 アールヴヘイムやラプラスの援護がなければ、死体の残骸が6つ増えていたことだろう。予め分かっていたことだが、真昼は後衛の練度の低さに冷や汗を流していた。足手まといが居る中での戦いがこれほどまでに厄介だとは分かっていなかったのだ。

 そしてその足手纏いに自分もなっていることを自覚して落ち込む。


 ラプラスにはもしかしたら自分達も撃たれるかもしれないと、そんな考えまで浮かんでくる。だが、そんな事は無かった。むしろ過保護というレベルで自分達の援護に徹していた。自分の一つ違いとは思えない高い技量の異常性は相変わらずで、それなりに分散しているアールヴヘイムと真昼隊の計18人をその警戒網に全て捉えきれているようだった。危機に陥れば即座に射撃で援護し、必要であれば前に出て囮になる。援護行動を行う際の的確な判断力と視野の広さは、実戦経験が豊富だからだろうか。

その安心感は誰よりも上回っているように思えた。


と、そのような事を考えこんでいたせいか、真昼は数瞬という短い時間ではあるが、反応に遅れた。気づけば新手として地面に展開していた戦車級が、こちらに向けて跳躍しようという予備動作が見えた。


 


突撃銃で狙うには遅く、ブレードモードでも跳躍中の体を斬りつける必要はあるが、そこまで正確に攻撃できる自信もない。


 


考えている内に、ミドル級は四散した。周囲にいた集団も、シューティングモードの斉射に穿たれ、地面をその体液で汚していった。最後に数閃。ブレードモードによる連続斬撃が終わった後、通信の音がピピっと鳴った。網膜に映るのは、少し困惑しているように見えるラプラスの顔だ。


 


『あ、ありがとう、ございます』

『いや、礼はいいから。頼むから戦闘に集中してくれ。長丁場になる、魔力はできる限り残しておきたいの』


少し疲れているような声。だけど息は全然上がっていないのを見ると、気苦労の方だろう。原因の一つとしてはアールヴヘイムにもあった。技量に関してはさすがに世界最高峰であり、今も、先頭に立って危なげなくミドル級などを斬り伏せているのが見える。


だけど、味方に対するフォローが足りていないのは間違いなかった。最初こそは密集陣形を保てていたが、数分もすればアールヴヘイムの連携はばらばらになっていて、今となってはそれぞれがバラバラに戦っている。チームの形を成していない。それに気づいてはいるのか、いないのか。最も前となる位置で天葉や衣奈は味方の負担を減らそうとしているのが救いだ。 


「衣奈ちゃんは、チーム纒められてないのか。くぅ、スランプ中か」


 ラプラスはあくまで冷静に、敵の規模と自軍の戦力と自分達の状況を観察しているようにも見えた。実際にそうなのだろう。また一つ、援護の射撃により一人の新人が危機を救われていた。自然な動作で、針を通すかのような正確な射撃だ。弾数も、ミドル級を殺すに最低限必要な数だけをばら撒いているようだ。


思えば、最初からずっとそうだった。最小限の動きに最適の解を続けようとしているその様子は、手加減もなにもなく全力で援護に当っているようにも見える。


だからこそ、気疲れしているのではないか。梨璃はそう考えていると、視線がこちらに向かっていることに気づいた。



「別世界の私を信用しろなんて言わないから――――せめて後ろからは撃たないでね」



誤魔化しもなにもない一言。苦笑を交えた言葉を聞いた真昼は、え、と言葉を失った。返事を聞かないまま、ラプラスはまた新たな救助対象へと駆ける。


 


前衛より少し後ろの位置でミドル級を相手にしている風間。地面にわさわさと群がっている黄色い絨毯に銃撃を加えているのはいいが、側面が全く見えていない。通常であればレーダーを見ずとも近づいてくる震動だけで接近を察知できるのだろうが、シューティングモードでの震動も揺らしている上、網膜に投影されているマズルフラッシュの光が冷静な観察力を奪っていた。

気がつく距離になると、もう遅い。


『………っ?!』


驚愕の声と共に戦術機を構えたのは立派だが、弾は虚しく皺だらけ顔の横の肉を削るだけ。視界が赤に染まり、弾切れの警告音が響く。ミドル級は間合いに入ると自動的に攻撃の動作に移り。腕を振り上げた所で、背後からのブレードモードの一撃を受けて横向けに倒れ伏した。


 


『風間、大丈夫か!?』

『あ、あはい。大丈夫です、梅様』

『良かったぞ………味方の支援ももいいけど、自分の身も守ってくれよな』


レーダーか肉眼かで、常に自分が受けもつエリア内の敵の位置を把握していないと、おもわぬ所でやられてしまう。

 梅のアドバイスに、たった今死にそうになっていた風間は辿々しくも頷きを返した。脳裏には先ほどの警告音と、アップになったミドル級の顔が浮かんでいた。


鼓動の音が早まっている事に気づくが、口の中に溜まっていた唾を呑んで何とか正気を保つ。


あちらこちらでそういった事態が頻発していた。技量の低いものがいちいち死にかけては、技量の高い者達からフォローを受ける。当然の帰結として、隊全体の攻撃力は著しく低下していた。


だけど、援護の手を休めることはできない。ラプラスは理解していた。

一人でも欠ければ、そこから連鎖的に崩壊していくだろうと。

 

「くそ、多い! 最前線の他の衛士は何をしてるの!」

「動きまわりつつデストロイヤーを削ってるんだろうね。この数だと、全部を防げって方が無茶だよ」

「無茶に応えるのが衛士でしょうが………っと、左!」



 柊シノアとラプラスに声をかけながら、ラプラスとある経験事を思い出していた。それは元の世界で大量のデストロイヤーを相手に戦い続けた者達の記録だ。あの時の記憶としては大量の物量をもって侵攻してくるデストロイヤーを相手にする場合、最前線に配置されている衛士は無理にその場に留まり撃破されるよりかは、動きまわって確実に数を減らし続ける方が最終的に最終防衛線を突破されにくくなるとあった。


『後続の勢いを殺すって意味もあるけど、死守も時には必要になる、だけど長期の殲滅戦をやる時に有効なのは数の力だよ』


算数の問題である。衛士一人あたりの撃破数があるとして、その合計数は衛士の数と稼働時間の乗数となるのだ。弾の問題もあるので、無理に防衛線に留まり機動力が死んだ状態で多く撃破するより、ある程度抜けられるのを覚悟した上で、動きまわって長時間戦い続ける方が効率的なのである。無駄弾を減らし、弾が発射される時間をできるだけ長くするために。


問題は最終防衛ラインに求められる技量と責任がかなり大きくなるという点だが、それはラプラスとアールヴヘイムが請け負っていた。


また、最前線でかく乱が活きていると群れ全体の侵攻速度は目に見えて低くなる。そして防衛戦は今回で最後ではないのだ。これから何度も侵攻を防ごうというのなら、ここで悪戯に練度の高い衛士を失うのは得策とは言えないだろう。


 

全く問題がないとも言えない戦術だが、長期戦を見据えるのなら有用なやり方だ。

問題があるとすれば、編成と配置が偏っている自らの部隊にある。


 


 

横浜衛士訓練学校へと繋がる道は多くあるが、最終ポイントと呼べる位置にはアールヴヘイムと精鋭部隊が展開している。精鋭の名前は伊達ではないだろうから、まさかデストロイヤーに町中にまで入られることはないと信じられている。


だが、それでもこのままでは後方への負担が大きくなるのは間違いない。

さりとて効果的な手段など見当たらなかった。


 


『くっ、陣形を整えろ! 互いにカバーしあって目の前の敵を倒せ!』



衣奈から命令が飛ぶが、遅い。対処も遅ければ、言っている内容も無茶なものばかりだ。もう死の八分は越えているが、それもラプラスにおんぶ抱っこの形の上である。何回も助けられた彼女たちは既に自信を喪失しており、半ばパニック状態に陥っていた。


だが、それだけであればまだラプラスのフォローで何とかなっただろう。

そこに、新たな混乱の種が飛び込んで来なければ。


『な、右前方より衛士!? 一部がこちらに撤退してきます!』


見れば、レギオンが壊滅したのか四人の負傷したの衛士がこちらの担当区域に戻ってきているようだ。死守命令は出されておらず、必要であれば機動で敵をかき乱すという行動も取って良いだろうが、レーダーの反応からは一目散にこちらに逃げてきているのが見て取れた。


『べ、つのデストロイヤーの一部がこちらに! 逃げてきた衛士を追ってきているようです!』


敵の大元は、道なりに横浜衛士訓練学校を目指して直進している。故に防衛ラインより漏れ出てくる数としても一定の数であり、抜け出た横浜衛士訓練学校どもが進路を変更して合流し、一点突破を図るようなことはしてこない。だが、応戦していた衛士を追って来たのか、他の道を走っていたリリィがこちらに向かって来るのでは話が違ってくる。


「っ、ラプラス!」

「この距離では間に合わない! ………阿頼耶さん!』

「はい!」

「衣奈ちゃんと天葉ちゃんと共に左翼を死守して。右翼が受け持つ」

「了解!」

「ちょっと待って指揮系統が!? 司令塔は私よ!?」

「責任は全てラプラスの私が取る。アールヴヘイムならびに真昼隊はこれより私の指揮下に入れ」


このままでは真昼隊は全滅し、そのあおりでこちらも危なくなる。そう判断したラプラスは有無をいわさぬ口調でアールヴヘイムに命令した。



「では、命令だよ。無理に陣形を組む必要はない、3人で小隊を組んで互いにフォローし、目の前の敵を1匹づつ確実に倒していって」

『りょ、了解』

「声が小さい! 腑抜けは死ぬぞ、お前たちは死にたいのか!?」

『死にたくありません!』

『なら足掻け! 奮起しろ、ここは既に死地である!』


お前たちは生か死か、そのライン上にある。ラプラスは告げると同時にブレードモードを構え、前方を指した。


『だが、全て斬って捨てれば誉れの地と変わろう! 以上だ、全力で生き残るぞ!』

『了解です!』


 


鬼もかくやという気迫に、アールヴヘイムや真昼隊は目が覚めたかのように大声で返事をした。最低限に与えられた仕事に集中しろ、というのは分り易い。


ラプラスはあえて複雑な命令を出さなかった。最上は陣形の構築に連携を重として対処せよという命令であるが、意気も士気も消沈しつつある新兵が出来ることではない。まずはとっかかりを。反省は後でも出来るのだ。ここは生き延びるに専念させないと、風の前の塵のように容易く命ごと散らされてしまう。


 


『では行くぞ!』


 


号令と共に、それぞれが任されたポイントに向かっていった。左翼、右翼、中央と散らばりやって来たデストロイヤーを確実に潰していく。だが全てが無傷のままで、とはいかなかった。集まってきたミドル級やミディアム級に、撃破こそされないものの全身を削られていく。


ある者はミドル級の前腕攻撃を完全によけきれず、左腕部の腕が歪む。


ある者はスモール級に取り付かれて、胸の表面を切り裂かれた。ミドル級の突進を回避しきれず、足に引っ掛けると空中で回転してしまい、着地するも足に重いダメージを負ってしまう。


死亡されていないのがおかしいような損傷。だけど彼女たちはまだ悪運が良いほうだったと言えた。時計の針が進むにつれて、疲労度は高くなっていく。


敵の損耗が増えるにつれて味方側の損耗も増えつつあった。10を殺され、100を殺されても1を殺せばいい。

大量に送り込まれた赤の点は、言葉もなくそういった意を思わせるものだった。


 


正しく、黒く雲霞の矢である。

10の戦術の完勝を無きものとし、100の戦術の勝利を無意味にする。

物量というものが持つ真なる脅威が、日本の地で顕現していた。


砲撃の数も、いつまでも全力という訳にはいかない。前線で対処できる数も、徐々に少なくなっていった。そうなれば当然として、前線を抜け出てくるデストロイヤーの数も多くなる。


「あ、ああ!?」


 真昼は戦術機を弾き飛ばされ、デストロイヤーに押し倒される。

 死んだ……と思った瞬間、光が全てを薙ぎ払った。


 そこには魔力の翼をはためかせ、背中合わせにシューティングモードで巨大な爆撃ともいえる高出力巨大レーザーキャノンを放出してヒュージを吹き飛ばす二人の金色と銀色の天使がいた。

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