戦う理由、守るべき人、刃の矛先③

 真昼は朝一番から行動を開始した。

 理事長室に向かい、入る。


「おはようございます、理事長室代理」

「おはよう、真昼君。何か用かね?」

「単刀直入に言います。近いうちにデストロイヤーが襲来します。そのデストロイヤーは従来のデストロイヤーを凌ぐ強力な個体であるのは間違いないでしょう」


 その言葉が予想外だったのか、理事長代理は面食らったような顔をした後、問いかけた。


「近いうちというのは?」

「具体的な時期はわかりません。今日かもしれないし、一週間後かもしれない」

「そのデストロイヤーが襲来するという根拠は?」

「私のラプラスとしての直感です」

「ふむ、世界唯一のラプラスとして活躍してきた君の言葉を軽んじるつもりはない。具体的には何をしてほしい?」

「防衛隊の出撃待機と百由ちゃんの高出力砲の設置、更に全てのアーセナルと衛士を動員した戦術機の緊急メンテナンスと出撃待機。外征任務の中止、他ガーデンの協力要請といったところでしょうか」

「かなり大規模だ。それをするだけの必要があるのかね?」

「わかりません。わかっているのは強力なデストロイヤーが二体やってくること、そしてその後にネストを破壊できる機会がやってくる事です」

「その具体性はどこかきたのかね?」

「時雨様です。時雨様の戦術機がデストロイヤーに突き刺さったままネストで修復されたことでネストが時雨様の影響を受けて変質。時雨様になろうとするデストロイヤーや性格を受け継いだ結果、通常の運営が出来なくなり強力なデストロイヤー排出する結果になりました。それは魔力の消耗を無視した方法である為、この二体を撃破すればネストが無防備な状態で晒されます」

「時雨様……か」


 理事長代理は目を細めた。

 真昼が時雨の幻覚を見ていることは上層部にとっては周知の事実だ。しかしその言動におかしな部分はない為、衛士として活動を許されてきた。それは成功して大戦果を上げ続けた。しかしここにきて、危険を知らせる警告をしてきた。

 これをどう受け取るか迷っているのだろう。


「理事長代理、私は最善を常に尽くしてきました。現れるデストロイヤーは強いです。横浜衛士訓練校が陥落するかもしれません。私の言葉を信頼できないのはわかります。ですが、どうが、私の功績を鑑みてお願いできないでしょうか?」


 真昼は頭を下げた。

 理事長代理は息を吐くと頷いた。


「わかった。準備を進めよう。だがすぐに全てはできない。まずは外征の中止、高出力砲の設置、順次衛士の戦術機のメンテナンスからだ」

「ありがとうございます」

「ああ、少し待ちたまえ」

「なんですか?」

「結梨君については何か知っているか?」

「結梨? いえ、知りません」

「そうか、わかった」


 真昼はお礼を言って部屋を出た。


「あと、するべきことは」


 真昼は頭を回転させる。

 組織の助力は得られた。なら他にするべき事はもっと個人的な事だ。だがただの一人で何ができる? やはり一人では駄目だ。組織の助力がなければ何もできない。

 そこで真昼はGE.HE.NA.を思い出した。GE.HE.NA.用の端末にメッセージを入力する。


『緊急・横浜衛士訓練校に強力なデストロイヤーが襲来予定。サンプル確保のため防衛隊の装備に紛れ込ませ、大型長射程高出力砲やパワーアシストアタッチメントを要請します』

『試験開発中の新型B型兵装の実験も兼ねて輸送する。使用されよ』

『了解』


 これでGE.HE.NA.からの支援ももらえる。

 パワーアシストアタッチメントがあれば魔力と精神力は使うが強力な兵器だ。使用できるのは大きい。

 その時、真昼の端末にメッセージが届けられた。


【一ノ瀬結梨および柊シノアの捕縛命令】

【一ノ瀬結梨はデストロイヤー由来の人造衛士であり、外部の研究機関に引き渡すことになった。しかし柊シノアの手引きによって逃亡して行方不明である。見つけ次第捕縛せよ】

【デストロイヤーを心通わす相手と見なすことは人類にとっての禁忌です。デストロイヤーと同じ魔力を操る衛士もまた一つ間違えば脅威と捉えらえかねません。それだけは絶対に避けねばなりません】

【現在防衛軍の部隊がこの学院に迫っています。人と衛士が争う事態は絶対に避けねばなりせん。各員落ち着いて、冷静に対処してください】


 真昼はため息をついた。


(シノアちゃん、優しいのは良い事だけどそれは駄目だよ。今はデストロイヤー対策をしなきゃいけないのに、結梨の捜索にリソースを割くなんて)


 足取り重くレギオンの待機室に足を向ける。

 待機室には風間以外が揃っているようで、先の通達に対して活発な議論がされている様子だった。


「どうするんですかどうするんですか!? 結梨ちゃんがデストロイヤーでシノアさんと一緒に逃げて逮捕命令って!」

「どうする?」

「そんなの決まってますよ! だって結梨ちゃんがデストロイヤーのはずないじゃないですか! シノアさんは間違ってないですよ!」

「だけど学院から逃げたということはここも安全ではないと判断したということよ」

「私は強化衛士だ。昔GE.HE.NA.に体じゅうをいじくり回された。お前達と出会ってやっと抜け出せた。GE.HE.NA.は嫌いだ。信用できない」


 そして真昼も。と胡蝶は言おうとして口をつぐんだ。どうやらレギオンメンバーの様子を見る限り真昼がGE.HE.NA.と絡んでいるのは秘密にしているようだった。胡蝶も馬鹿ではない。何故口止めをせず、胡蝶の意思に任せているのが疑問だったが、それは胡蝶への信頼として受け取っていた。


 シノアは好きだ。真昼にも恩がある。裏から手を任してくれたのはわかる。だが自分からGE.HE.NA.と手を組むのに胡蝶には理解できないし、賛同できなかった。


 真昼は深呼吸して、仮面を作る。


「みんな、出動だよ。シノアちゃんには逮捕命令、結梨には捕獲命令が出た。二人を追いかける」

「それは何のためです?」


 愛花が問いかける。


「一ノ瀬隊はどの追っ手よりも早く二人を捜し出し保護する。これは隊長としての判断……っていってもわかるよね。結梨もシノアちゃんも誰にも渡さない! 解決するまでの時間稼ぎをする!」

「それって学校からの指示とは違うよな」

「私が仲間を無意味に見捨てるような真似にするように見える? 私は常に最善を目指している。今回はこれが最善とは思えない。だから動くよ!」

「あ~……真昼様ならそう言ってくれると信じていました!」

「あっ。そういえば風間は?」

「あいつん家も今回の件に関わっとるようじゃからな。バツも悪かろう」


 真昼は風間のお父さんがどちらの判断を下すか不安になった。仮定の話だが、もしクレスト社がGE.HE.NA.と縁を切って結梨に有利な情報を出してきた場合、引き渡しが失敗する可能性がある。

 それは大きな損失だ。人類にとっての損失だ。


「皆さんお揃いですのね」


 暗い顔をした風間が現れる。胡蝶が聞く。


「どこ行ってた?」

「ほんの野暮用ですわ」


 真昼は風間を見た。


「空気読んでない上で聞くよ、風間ちゃん」

「はい、なんでしょう? 真昼様」

「風間ちゃんのお父さんは結梨ちゃんについてどういう立場を取ることになったの?」

「……」


 風間は言い辛そうに口を紡ぐ。


「安心して。責めるつもりはないし、私は既にお父さんの口から結梨がクレスト社とGE.HE.NA.共同で製造した人造衛士であることを教えてもらっていた」

「いつの間に!?」

「写真を撮ってほしい、と頼まれた時に。本題はそっちだったんだよ。そこで引き渡しの手伝いを要求されたけど断った。風間ちゃんの反応からすると風間さんのお父さんの意見は変わらなかったみたいだね」

「はい。これは人類にとって必要な事だと。譲りませんでした」


 良かった。

 真昼は安心した。

 これで風間のお父さんひいてはクレスト社が敵に回るなんて事態にならなくて心の底から安堵した。


「そっか、わかった。切り替えていこう。私達は今からシノアちゃんを追いかける。風間ちゃんもついてきてくれるよね?」

「はい! お任せください!」

「でも居場所はどうやって特定するんですか?」


 真昼は端末を取り出した。


「本人に聞くよ」


 真昼は端末を操作してシノアに連絡した。そして結梨を守ることを約束して居場所を教えてもらい、レギオンメンバーで向かった。

 そこには防衛隊が取り囲んでいた。シノアと結梨に銃を向けて、緊張状態が続いている。


「通してください」


 真昼は戦術機を持ったまま、前に出て防衛隊とシノア達の間に進む。

 シノア達と真昼が向かい合う。


「お姉様、すみません。私、結梨が研究施設に送られると聞いて」

「怒ってないよ。それが良い人の当然の反応だもんね」

「ねぇ、真昼。私ってそんなにデストロイヤーと似てるのかな?」


 真昼。は首を振った。


「似てないよ。少なくとも外見は全く」

「でも私はデストロイヤーなんだよね」

「どちらかといえば親がデストロイヤーって感じかな。今は人の意識と体を持っている。だからみんな、どうしてデストロイヤーから人が生まれたか知りたくて研究したがっている」

「私なりたくてこんな風に生まれたわけじゃないんだけどな。真昼もそんな風に思うことある?」

「もっと強ければ、って思った事は何度もあるよ。自分を受け入れる事はできても、理想の自分で生まれてきた人はいないんじゃないかな。生まれた生命はその時点で自分の能力と環境に折り合いをつけて生きていくしかないんだよ」

「私がもしデストロイヤーになったら、デストロイヤーは私を仲間として受け入れてくれるかな?」

「敵とは見做さない可能性あるよ。デストロイヤーの姫っていってね。子供の頃にデストロイヤー細胞を入れた衛士はデストロイヤーに攻撃されない存在になる。でもデストロイヤーは喋らないし、食べ物もないよ。楽しいのは人間側だと思うけど」

「でも私は人の居場所はないんでしょ?」

「無いなら、作れば良い。シノアちゃんと私で結梨の居場所を作るよ。不自由で、辛い研究にも参加してもらうかもしれないけど、それでも幸せと不幸が半分くらいの人生を送れるように努力する」


 真昼は歩みを進めて、結梨に手を伸ばす。


「結梨が決めて。辛いことも楽しいこともある私達と来るか、デストロイヤーの仲間になるか。自分自身で選ぶんだ。自分で選んだ人生じゃ無いと納得できない。納得は全てに優先される。納得した人生ならそれは後悔があっても幸せなんだ」


 それはシノアが真昼の手を握る。


「待ってください。結梨を研究施設に渡すんですか?」

「全部じゃ無い。折衷案だよ。衛士として人類貢献する代わりに非人道的な実験や研究を止める。そう交渉する。これでも私は顔が広いからね。私の価値は世界に通用するんだよ?」

「それで結梨は、幸せですか?」

「常に幸せになる事などあり得ない。絶頂でいられる期間は短い。人生は波なんだ。シノアちゃんなら、衛士なら、それはわかってないと困るかな。今日一緒にご飯を食べた戦友が明日には死体になってる。そんな時勢、そんな時代なんだから。さぁ、結梨。選んで」


 結梨は真昼を真っ直ぐ見つめた後、真昼の手を掴んだ。


「よし、結梨のこと、守ってあげるからね」


 その時だった。

 横浜衛士訓練校のデストロイヤー襲来を告げるサイレンが鳴り響いた。戦車やミサイル車が移動を開始する。そして海の中から波を切り裂いて巨大なデストロイヤーが姿を現した。


 山が動いているようだった。


 そのデストロイヤーは無数の子機を飛ばすと、光が収束して強烈なビームを発射した。海を切り裂いて、大地を焼いて横浜衛士訓練校に直撃するが学校の巨大の結界に衝突してなんとかビームが拡散する。


「あれが時雨様の言っていた、強力なデストロイヤー。ギガント級」


 それは50メートル以上ある巨大な砲身を横浜衛士訓練校に向けたまま、リチャージを始めるのだった。

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