19:アーセナルという存在②
テープが再生される。
映し出されたのは富士山麓第一防衛陣地ガンシップ内。
無人のガンシップ上で、時雨はすっかりダレきっていた。上に寝転がって、ボケッと星を眺めている。
真昼……つまり初陣の衛士を連れての戦いは本当に久しぶりで、勘がいまひとつ戻っていないのだ。
いつもは天葉を始めたとしたアールヴヘイムのメンバーで動き、綿密な連携と高度な支援が約束されてある。しかし今回はアールヴヘイムのメンバーはいない。広範囲に散らばったスモール級、ミディアム級デストロイヤーを間引きする為にレギオンを一時的に分解していた。その代わりに防衛隊と強襲型アーマードコアが随伴する。
そして最近の戦いは拠点防衛がほとんどで、ずっと守ってばかりの戦いが続いていた。
攻め方を忘れてしまったというわけではないが、実際に戦場の空気に触れるまで、気が引き締まらないような気がしている。
本当なら、それでも体力を回復、温存するために、睡眠をとるのが一番いいのだろうが、どんなコンディションだろうがお構いなしにデストロイヤーが来れば即出撃、という究極の即応態勢がすっかり身に染み付いてしまっている時雨は、最低限の睡眠と食事さえとっておけば戦闘行為に支障はなく、今回のような場合だと出撃までの待ち時間がもどかしく感じられてしまうのだ。
「真昼は大丈夫かなぁ」
真昼は今ガンシップの中で戦術機のメンテナンスや作戦概要のおさらいをしている事だろう。集中力を乱さないように時雨は少し一人にさせていた。
「真昼が入学してもう三週間になるだよね……早いなぁ。まるでラプラス使い同士引き合うように出会って、一緒に訓練して、ご飯食べて、そしていつの間にか仲良くなって。姉妹契約の契りを結んだ」
訓練中にアールヴヘイムに入隊するかどうかの試験があって、なんとか意見を押し通して。
ラプラスのことは秘密だったから完全に私情だと思われてたけど。
「おっと、これはいけないね。こんな事考えてると、死んじゃうのがお約束なんだよね」
時雨は頭を振ってその思考を振り払った。どうせ考えるなら、これから先の事をシミュレートする方が、余程建設的だ。
しかし、まだスイッチが入っていないのか、そこまで頭が回らない。
「……暇だ」
時雨は何を思ったか、両手両脚をピンと伸ばした姿勢で、デッキの上を転がり始めた。
「うば~~~」
ある程度転がったらピタリと止まって、今度は反対方向に転がり始める。
「うば~~~~~~」
そして何往復かした後、スピードアップ。
「うば~~~~~~~~~~!」
「──きゃっ!?」
「うっ!」
転がる時雨が何かとぶつかると同時に、その頭上であがる黄色い悲鳴。そして一瞬遅れて、時雨のちょうど鳩尾の上にズンと圧し掛かってくる柔らかい何か。
「お……重い……」
「え、あっ! ご、ごめんなさい……って、そんなに重くありません!」
「あ……真昼」
時雨の上に降ってきた柔らかいものは、真昼のお尻だった。
「もう……時雨お姉様ったら、なにやってるんですか」
真昼は呆れながら、時雨の上から身体をどかせる。
時雨は起き上がった。
「大丈夫? 初陣の覚悟は決められた?」
「まだ心臓がドキドキしてますけど。あらそれと、ガンシップの上をゴロゴロ転がっている不審者がいるって通報がありましたよ」
「ああ、見られてたのか」
「見られてたのか、じゃないです! 時雨お姉様が実戦慣れしてて、出撃まで暇を持て余してるのは分からないですけど、そういうのは控えてください!」
「ラプラスで忘れさせるから良いんだよ」
「駄目ですってば!?」
馬鹿をやった時雨に対してぷんすか怒ってみせる真昼。しかしその態度は、いつもと比べて僅かではあるが、覇気がない。
「……やっぱ緊張してるね」
「当たり前です。訓練は何十回やりました。けど実戦は初めてなんです」
「本物のデストロイヤーは見たことはあるんだっけ」
「一応は」
「防衛隊や強襲型アーマードコアの子の様子はどうだった?」
「みんな似たようなものです。こんな大きな掃討作戦あまりありませんから」
「そう。でもまあ大丈夫だよ」
時雨は軽い調子で流した。実際に戦闘が始まれば、どうせ緊張で縮こまっている場合ではなくなってしまうのだ。もし硬くなっていたとしても、そういう時のために時雨がいる。問題は無い。
「……時雨お姉様はいつもと何も変わりませんね」
「富士山麓の群生ケイブ破壊っていっても、やる事はいつもと同じだからね、デストロイヤー倒して生きて帰ってくる」
真昼は力無さげに笑った。
「そんな風に考えてるのって、たぶんお姉様だけですよ」
「……かもしれないね」
時雨は自分でも、いささか割り切りすぎているような気がしないでもないが、富士山麓の群生ケイブはデストロイヤー側から見れば、末端も末端、人間の戦力で例えれば、最前線の基地がいいところだ。
まだ先は長いというのに、たかだか前線の指揮所を潰す程度で決死の覚悟などしてはいられない。
「まあ、アールヴヘイムに関しては、全員揃ってればまた少し違ってくるんだろうけどね。みんなバラバラな位置での攻略なんて初めてだから」
「そうですね。訓練でもこのパターンの想定はあまりありませんでした」
通常、アールヴヘイムは一つのレギオンとして戦闘を行うのが殆どなのだが、今回のような大規模作戦で、尚且つ衛士の数が足りない場合はラージ級を倒せる戦力を各方面に配置しなければならなくなる。
群生ケイブは大型のデストロイヤーを排出しない。一番大きくてラージ級だ。主な戦力はスモール級となる。そこでマギスフィア戦術は不要とされて、ラージ級に対応できるアールヴヘイムの衛士を分散させたのだ。
「でも、あの強襲型アーマードコアのパイロットさんも凄いですよね」
「話したのかい?」
「はい、少し」
話を聞くと見た限り、その子達も元々衛士になるべく訓練していた。その道から外れてしまったのは、大規模な防衛戦の時に両脚を切断するほどの大怪我を負ってしまったからだ。今は義肢を付けているので通常の生活程度なら不具合はないが、負傷した時の状況が良くなかったために神経接合が完全ではなく、弾かれてしまったらしい。
それでも戦いたい、という事で魔力数値が50以上より高かったから、そこから強襲型アーマードコアのパイロットへと転身を図ったのである。
「後ろにアーマードコアがいるのといないのとじゃ、戦場での安心度が全然違いますからね。ミディアム級までとはいえ圧倒的な火力で殲滅できるんです。戦いやすくなります」
「確かにそうだね」
「私、そろそろ休ませて貰います」
「それがいい。明日は長い一日になるだろうからね」
「お姉様も夜更かししちゃ駄目ですよ?」
「うん」
「じゃあ、また」
真昼は、時雨の元から去っていった。
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