8話:レギオン結成①
シノアは部屋に戻ると先ほどの言葉を思い出していた。
『あの女は自分の姉妹誓約した姉を操って特攻させたんだから!』
『死に掛けの衛士や防衛軍に特攻させる冷徹な扇動者』
真昼の良い面しか聞いてこなかったシノアにしてはショックな出来事だった。しかしあの優しい真昼のことだ。何か理由があるに違いない。
「シノアさん、上級生がお呼びよ」
「え?」
同室の女の子に呼ばれて、シノアはベットから出る。そこには緑髪の上級生。訓練の監督をしていた最上梅がいた。その手にはお菓子の袋が入っている。
「おーい、シノア。こっちだこっち。遅くに呼び出して悪かったなー」
「夜分にお越して頂いて恐縮です」
「ほらこれ、手土産だ。シノアは夜にお菓子食べる派か?」
「ありがたくいただきます。それでお話というのは?」
「あー、そう。そうだった。忘れないうちに話をしないとな。いざ話すと何を話せば良いか」
梅自身も迷っているようだった。
「いや、単刀直入に言う。レギオンを作らないか?」
「レギオン、ですか?」
「見たよ、週刊衛士新聞」
「ああ、あの」
「真昼と姉妹誓約の契りを結びたいって話、本気か?」
「はい。本気です」
「薄々わかっていたけどな、今の真昼には仲間が必要だ。一緒に戦う仲間が。ただの仲間じゃない。思想に共感してくれる仲間が必要なんだ。姉妹誓約には抵抗があるだろうが、レギオンになら入ってくれるかもしれない」
「本当ですか?」
「梅も説得する。真昼は仲間を求めてる。自分で守れる範囲を広げる為に。それでも他人を支配するのは気が咎める。だからレギオンに入らない。近しい人ほど自由でいて欲しいって矛盾が生じてるんだ。だから真昼を慕い、了承したレギオンなら、横浜の流儀にも合うし、真昼自身も断らないと思う」
梅は気まずそうに頬をかく。
「これには梅の個人的な事情も都合も入ってる。シノアには面倒をかける事にはなるけどやってくれないか?」
「それで真昼様に認めてもえるなら、私はやります。真昼様のレギオンを作ります」
シノアは静かに断言した。
翌日、教室で風間と二水にその相談をしていた。
「と言う事なんだけど、レギオンを作るってどうしたら良いのかしら」
レギオンというのは衛士の戦闘単位であり、基本的に9人1組で結成されるチームのことだ。レギオンが重視されるのは対大型デストロイヤー戦の切り札、マギスフィア戦術が可能になるからである。
レギオンは集まる衛士によって気風や戦術も異なるものとなる。
中でも名高いのは初代アールヴヘイム。
一ノ瀬真昼が所属していた今もなお最強と謳われる精鋭レギオンである。
「細かい事は追々わかってくるかと。まずはとにかく真昼様とシノアさんと志を共にする仲間を集める事ですわ」
「レギオンを作るなんて梅様に言われなきゃ考えもしなかったわ」
「個々の衛士の実力と役割分担も大切ですが、レギオンで最も大切なのは信頼関係と聞きます。まず真昼様と信頼を得ようという事でしょうね」
「真昼様との信頼関係」
「お互いを慈しみ背中を預け合う戦友ですもの。無論、私もそのうちの一人として真昼様のレギオンに入らせてもらいますわ」
「じゃあこれで四人だね」
「あれ? 風間さんを加えて三人ではないですか?」
「何か認識に齟齬がございませんこと?」
「梅様、シノアさん、風間さん」
「そして二水さん、貴方もよ」
その言葉に二水は慌てる。
「私も!?」
「何を驚くことがありますの。私達はもう仲間でしょう」
「光栄です! 幸せです!! 私が綺羅星如き衛士の皆様と同じレギオンに入れるなんて」
二水は懐から丸秘と書かれたノートを取り出した。
「では! 誰を勧誘しましょう!」
「なんですのこれ」
「衛士の個人情報です」
「いつか訴えられますわよ、貴方」
シノアは周囲を見渡すと、教室の隅で外を見ている生徒を見つけた。
「ごきげんよう。二階堂胡蝶さん。私達レギオンを作ろうとしているのだけれど、入る気はないかしら?」
「悪いけどレギオンには興味ないから」
「そう、わかったわ。時間をいただいて悪かったわね」
風間は目を細めた。
「二階堂胡蝶ね」
真昼は校舎の廊下から勧誘に勤しむシノア達を見下ろしていた。
「シノアちゃん……」
「レギオンを作るなら、一緒に戦っても良いだろう?」
「私は……臨時補充隊員としての方が戦えるよ」
「だけどそれだと真昼が辛いだろ。見知らぬ衛士、見知らぬ防衛隊だろうと洗脳して支配して死ぬまで生きる為に戦わせる。そんな事を繰り返して、真昼の心が傷つかないはずがない。真昼は優しいからな」
「私は、優しくなんてないよ。人をモノのように扱う酷い衛士」
「真昼の参加した作戦の難易度と生還率を知っているか?」
「知らない」
「作戦難易度80%。つまり作戦に参加した衛士、防衛隊合わせて80%が死亡する確率だ。それに対し真昼の参加した部隊の生還率は98%。方法は邪道だ。だけど成果はちゃんと出てる。もう自分を痛めつけるのはやめろ。ちゃんとした仲間と、ちゃんとした戦術で戦うんだ」
「それで誰か死ぬ。サブとして入らなかったレギオンの衛士が死ぬ。私がいれば死ぬまで戦わせて、生きる人を増やせる」
「真昼は信頼できる仲間と組んだ方が良い。このレギオンには梅もいるんだ。アールヴヘイムみたいに戦おう」
その言葉がきっかけになったのか、真昼の顔が少し和らぐ。
「そうだね、人が集まれば、そうしようかな。私も少し、疲れたから」
「そうだ、そうしろ。一人で抱え込んだって良い事ない!」
横浜衛士訓練校の鐘が鳴る。
これはデストロイヤー襲来を告げる鐘の音だ。
横浜衛士訓練校ではデストロイヤー襲来に備えて担当するレギオンをローテーションで決めている。今回担当なのはフリーの衛士。つまりレギオンに所属してない衛士達だ。
「フリーの衛士は沿岸部に集合しろ! 迎撃態勢! 急げ!」
梅は真昼の手を掴む。
「行くゾ」
「うん。フリーの衛士じゃあ連携ができない。守らなきゃ。衛士は全部、私が」
防衛線に配置された衛士はシノアや二水を筆頭にまだレギオンに入っていない一年生のメンバーだった。二年生のメンバーは梅、真昼、そしてアーセナル衛士の真島真由しかいない。
アーセナル衛士とは、アーセナルという武器工房の技術がありながらも、衛士として戦える者である。
真昼はシノア達の元に降り立ち、告げる。
「シノアちゃん、二水ちゃん、無理はしなくて良いからね。基本は私達実践経験がある者がやる。二人は距離をとって射撃に専念して」
「はい、わかりました」
「お任せします!」
「うん、ゆっくり慣れていこう。風間ちゃん、期待してるね」
「お任せください真昼様! ご期待に添えるように頑張りますわ!」
海が割れて、巨大なデストロイヤーの姿が露わになる。
数は50ほど。中にはラージ級も混ざっているが、十分対処できる範囲だ。
「総員! 射撃開始! まずは遠距離からデストロイヤーの数を減らす!!」
その声と共に高所に位置取った衛士達が一斉に銃口から火を噴かせる。魔力の弾丸はデストロイヤーを瞬く間に殲滅して駆逐していく。しかし一部のラージ級には致命打になっていない。
距離はおよそ10メートルほど。
「近接戦闘に自信がある者は近接攻撃に移行! 射撃は味方に当てないようにラージ級の遠くのデストロイヤーを狙って! それでは突撃!」
近接に切り替えた衛士達がラージ級に飛び掛かっていく。魔力の弾丸と近接攻撃では近接攻撃の方が火力が高い。ラージ級の装甲を紙のように切り裂いていく。
「よし、あとは」
ドスン、と海からギガント級が姿を見せた。
その体には無数の戦術機が突き刺さり、傷が修復されたような痕が見える。
「あれ、レストアね」
「レストア?」
「レストアード。傷ついたデストロイヤーが生き残りネストで修繕された姿。戦闘経験を蓄積しているから手強いわ」
真昼はそのギガント級を見て、脳が焼けるのを感じた。
ギガント級に突き刺さっている無数の戦術機。それはやつに殺された衛士の数に他ならない。何故なら衛士が戦術機を手放す時は死ぬ時だから。
「殺したな、衛士を。たくさん! 貴方は、今ここで必ず始末するッッ!! ラプラス発動! レアスキル強制発動。全照準ギガント級に固定。現在ある最高の火力を叩き込んでッッ!! 一片残らず消滅させるのッッ!!」
ラプラスの発動により、味方の攻撃力と防御力が大きく向上する。更にレアスキルの強制発動によって全ての衛士の能力効果が重複して一時的にマギスフィア戦術に匹敵する火力を引き出した。
衛士達は真昼のラプラスの洗脳支配戦意向上効果によって、ギガント級にそれぞれが持つ最大火力を向ける。そして一人、狂乱のスキルを持つ衛士もまたスキルの強制発動によって意識が狂気に染まっていた。
「う、あああああああ!!」
「シノアちゃん!? まさか、あれはアサルト……ッッ!?」
「ああああああ!!」
シノアはスキル・アサルトバーサークのトランスモードに強制的に突入させられ、何もわからぬままデストロイヤーに向かって突撃していった。それ同時に衛士達の最大火力が発射され、シノアごとデストロイヤーを撃ち貫いた。
巨大な爆発が起きて、シノアは吹き飛ばされる。
シノアは壁に叩きつけられ、ぐしゃりと、地面に落下した。そこには大量の血がついていた。
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