三話:絶望の記憶

 絶望的な戦況。

 炎が広がり、そこら中にデストロイヤーの死体が転がっている。

 避難民の誘導は済んでいない。防衛隊の人達が頑張ってくれているが、それでも厳しい状況だ。


 スモール級とミディアム級は防衛隊の重火器で倒せているが、それ以上となると衛士の力が必要となる。しかしそれ以上に衛士の数が足りていない。

 アールヴヘイム隊はアルトラ級との決戦の帰りだったこともあり疲弊していた。それに加えてデストロイヤーの数が多い。広範囲にわたっているので一人一人の負担も増える。


「ぐあああああ!?!?」


 また一人、デストロイヤーによって防衛隊の人が殺された。真昼と時雨もタッグを組んでお互いをカバーし合いながらデストロイヤーを殲滅しているがどうしても防衛線を抜けていってしまう。


「ラージ級だ!! ラージ級が出たぞ!! 衛士の人!」

「ボクが!」


 時雨が飛び出してラージ級を素早く処理する。そしてその場から離れると、射撃が開始されてスモール級に弾丸が命中する。

 衛士はラージ級以上を担当して、それ以下は防衛隊に任せる。それでなんとか防衛線を維持していた。しかしあまりにも無尽蔵なデストロイヤーに耐えきれないのは目に見えていた。


「真昼、ここは一旦引こう」

「でも防衛隊の人達が!」

「この戦線は維持できない! ボク達だけじゃ駄目だ!」


 その時、デストロイヤーの熱線が時雨の腹を貫いた。通常なら防御結界でデストロイヤーの攻撃は防げるが、連戦による疲弊と魔力不足で脆くなっていたのだ。


「ぐぅッ!?」


 時雨は地面を転がる。血が飛び散る。


「時雨お姉様!!」


 真昼は慌てて駆け寄る。


「ああ、血がこんなに」

「ま、真昼。ラプラスを使うんだ。この戦線は持たない。撤退するしかない。ラプラスでボクを支配して殿にして足止めさせるんだ」

「そんなことできません!! お姉様を操るなんて!!」

「この攻撃は致命傷だ。もう自分じゃ自分の体は動かせない。だから真昼、君がやるんだ」

「そんな」

「ボクは真昼に救われた。ラプラスで世界を支配できてしまって、世界が色褪せたボクの世界で唯一色がついていた。そんな君と出会えた幸運を嬉しく思う。だから、やるんだ。今ここで。ボクの命を君に託す。君の力でボクのような人を救ってほしい。だれかの光になれるように」


 背後の防衛隊が叫んでいる。ギガント級がラージ級の群れを連れて現れたようだ。戦わなければならない。そうしないとみんな死ぬ。いや、戦っても死ぬだろう。逃げなければならない。

 その時間を稼ぐのは、死を覚悟した者でなければならない。そして目の前に一人、死に体だが、動かせる衛士がいる。


 防衛隊がデストロイヤーによって蹂躙されていく。デストロイヤーのビームは人の体を簡単に貫き、焼き尽くし、死滅させる。


「真昼、姉妹誓約を結ぶ時に教えた言葉、覚えている?」

「死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな」

「その言葉を胸に、これから戦っていくんだ。辛くても、悲しくても、弱さに打ちのめされそうになっても頑張るんだ、前を向け。空を見ろ」

「はい、お姉様」


 真昼は涙を流しながら時雨の手を握っている。


「いくよ、真昼」

『ラプラス』


 二人の言葉が重なった。

 その瞬間、戦っていた人達に決意と覚悟が灯った。恐怖は吹き飛び、躊躇いは無くなり、戦う強い意志が体を動かし始めた。

 ラプラスによる士気向上。更にデストロイヤーの防御力低下。本当は更に攻撃力増加もあるのだが、衛士ではない人間には通じない。


 時雨は二つのラプラスの力を得て体から血を噴出させながら立ち上がりデストロイヤーに向かっていった。それに防衛隊も続いていく。


 真昼は強制的に戦意を向上させられ、立ち向かっていく兵士たちを背に逃げ出した。強制的に立ち向かわされ、デストロイヤーを恐れず、死も厭わず戦っている防衛隊と衛士を見捨てて走った。

 涙が溢れて流れていく。

 そして最後に一度、振り返った。

 その時、デストロイヤーに四肢を掴まれ、引きちぎられながら捕食される時雨の姿が――。


「真昼、愛していたよ」


 口元がそう動いた気がした。



「真昼、大丈夫?」


 そこで真昼は現実に戻った。

 死人がいるこの視界が現実だとは思えないが。

 目の前には夕立時雨がいた。肌が透き通った半透明の存在となって笑っている。

 真昼は時雨が死んでから時雨の幻覚と幻聴を見るようになっていた。


「顔がやつれているね。無理をしているんじゃないのかい?」

「体調管理はしてます。ただ、あまり食事が喉を通らなくて」

「それはいけないね。何が食べたい? 食べさせてあげるよ」

「時雨お姉様は幻覚なのに、そんなことできるんですか?」

「さぁ、どうだろう。やってみないとわからない」

「お姉様がいるということは私はまだ引きずっている、ということなのでしょうか?」

「ボクがいるということはそうだろうね。それだけ想われていると考えるとボクとしては嬉しいけどね。本当はもっと笑顔を見せてくれるともっと嬉しいよ」

「笑顔……できてませんか?」

「作り笑いなら見えるよ。でも、ボクが言っているのは心からの笑顔だ。何も考えず、嬉しくて笑ってほしい。そんな顔を見せてごらんよ」


 時雨の手が時雨の顔を触る。


「心が止まっているんです。何も感じない。義務感や使命感はあるんです。ですけど、休んでいたり、娯楽を楽しもうとすると、凄く胸が苦しくなるんです」

「どんな風に?」

「ぎゅーって。申し訳なくなるんです。死んでいった人達、守れなかった人達、そんな人達がいるのに生きていて良いのかって」


 真昼は膝から崩れ落ちる。

 時雨は優しく抱きしめた。


「真昼は生きてていんだよ。幸せになって良いんだ。ボクがそう言うんだから、従いなさい。真昼はボクの妹なんだから」

「でも、こうも思うんです。救われたくて、時雨お姉様の幻覚を見て自分を救わせようとしているんじゃないかって」

「考え過ぎだよ。これはボクの本心さ。誰かに頼って、頼られて、迷惑かけて、かけられて、そんな生活を送りなよ」

「それできたら、どんなに」


 真昼の目の前から時雨が消える。背後のドアが開いて、同室の秦祀が現れた。祀は地面に膝をついている真昼を見て、驚いた顔をした。


「どうしたの真昼さん」

「いえ、なんでもないです。少し疲れただけですから」

「真昼さんは臨時遠征衛士として遠征に良く行っているものね。体調管理には気をつけないと」

「うん、ごめんね」

「寝るなら布団で寝てね」


 真昼は祀に連れられて布団に押し込まれた。

 そこでゆっくりと目を閉じる。

 意識が宙に浮かんで、そこから再現されるのは戦いの記憶だ。

 守れなかった記憶。

 致命的負傷を負った衛士を支配して、死ぬまで戦わせた記憶。

 真昼のラプラスは支配のスキルとも呼ばれ、記憶操作や感情操作によって人の行動を支配することができた。


 このスキルで多くの戦場を渡ってきた。

 絶望的な戦場で、心折れた衛士を立ち上がらせて戦わせたり、トラウマを持った衛士の記憶を操作してトラウマを無くしたり、目の前で親しい人が死んだり、初陣でパニックなって暴走した衛士を鎮圧して、上手く使えるように記憶を操作した。


 それは外だけ見ればラプラスを使い、味方を鼓舞して戦わせるジャンヌ・ダルクに見えただろう。

 勝利の女神。

 桃色のラプラス。

 感情と記憶を操作する、支配できるのだから好意的な感情が多いのは当たり前だ。だからそれを受けても何も思わない。時雨の言っていた色のない世界というのはこういう事なのだと遅れて理解した。


 助かった者も、一緒に戦った者もみんな真昼に好意を持つ。助けてくれたから、力を貸してくれたから、恐怖を消してくれたから。

 死んだ者は何も言えない。痛みをなくして戦わせたのは人の記憶には残らない。


 誰かの為に。

 少しでも衛士を生かす為に。

 零れ落ちる命を減らす為に。

 生ある限り最善を尽くす。

 それは機械仕掛けの人形に似ていた。

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