素敵な…

〈アスカ視点〉










カイ「お疲れ様です…何かありました?」






指導係である甲斐先輩に

資料を見せてもらっていると

入り口から口元に手を当てて

何かを考えている様な顔をして入って来た

溝口先輩に俺もどうしたんだと思った







トオル「いや…」






カイ「経理課に行ったんじゃないんですか?」







甲斐先輩の言葉に

先週の金曜日の事を思い出して

目線を手元の資料へと戻した…





( ・・・・・・ )






悪いなんて思ってもいないし

ハッキリ言って

もっと言ってやりたい事も

聞きたい事もある…






カイ「溝口さん…請求書出さなかったんですか?」






経理課に行って請求書を

出さないわけはないし

行かなかったのかと思い

もう一度顔を上げると

溝口先輩は「あっ!」と言って

自分の手に握られている請求書の束を見て

何故か驚いているようだった






トオル「いや…なんかそれどころじゃなくてさ…」






カイ「え?」







溝口先輩はそう言うと

入り口近くの派遣社員である

女子を「ちょっと」と手招きして呼び

ジッと顔を覗き込み出したから

仕事中に何やってんだよと少し

冷めた感情で見ていたが…






( ・・・・・・ )






先輩が女子社員の目を見ている事に気づき

パッと資料の入っているファイルを閉じて

溝口先輩へと近づいて行った






トオル「・・・キミはそれ…コンタクト?」






アスカ「・・・・・・」






皆んなに聞こえない程度の舌打ちを漏らし

経理課に行った溝口先輩が

「コンタクト?」なんて口にしている理由が

あっさりと分かった俺は

先輩の手にある請求書の束を取り上げて

「俺が…持っていきます」と口にした






カイ「はっ?いや、お前何言って…」






アスカ「先輩がワザワザ経理課にまで

   行く必要なんてないですよ…笑

   新入社員である僕がしっかり届けてきますから」







そう笑って伝えてから

「直ぐに戻ります」と言って

フロアから出て行き

エレベーターのボタンを押していると

「青城!」と溝口先輩が追いかけて来たから

内心でまた舌打ちをしながら振り返った






トオル「いや…やっぱり自分で行くから大丈夫だ!笑」






アスカ「・・・・実は…

   経理課のおばさんから呼ばれているんですよ」






トオル「え?おばさん??」






アスカ「ちょっと怖そうな?笑」






トオル「あっ!あー!福谷か?

   呼び出されてるって何かしたのか?」






アスカ「印が抜けてたみたいで

   甲斐先輩には内緒にしててくださいね?」







口に人差し指を当てて「お願いします」と

笑って伝えると「今回だけだぞ?笑」と

エレベーターへは乗り込んで来ない先輩に

ニッコリと笑って「ありがとうございます」と

伝えてから〝閉〟のボタンを押し

ゆっくりと閉じ終えたドアに

「出てくんなよ」と低い声で呟き

壁にもたれかかりながら

目の前の壁に反射して映っている

自分の顔を見て小さく笑ってから4階へと降りた






( 溝口あいつは甲斐よりも厄介だ… )






遊び慣れてる甲斐の方がまだいい…

溝口は派手な見た目とは違い

甲斐の様な遊び方はしない…






( だから厄介だ… )






あぁいう奴は

少しでも気になってしまえば深く…考えだす…





そして、ゆっくり…ゆっくりと

気になっていく思いは

やがて好意となり…






アスカ「・・・邪魔だよ…」







人の居ない廊下でそう呟き

手に握っている請求書の束をグッと

握り潰しながら歩き

経理課のドアを開けて

窓側まどぎわで不自然に額に手を当てて

作業をしている人物の元へと真っ直ぐと歩いて行き

「請求書…お願いします」と言って差し出した






「・・・・はい…」






グシャグシャにシワの寄った請求書を

戸惑った様に手に取り

枚数と日付けの確認をしている姿を見下ろしながら

眼鏡の下に見えるまつ毛に目を止め

アイメイクも全くしていないんだなと思い

数年前の記憶と重ねていると




「大丈夫です…」と弱々しい声を発して

早く帰れとでも言うかの様に

顔を背けているから

机の上に乗っていたペンをワザと落とし

「すいません」と言って

床に膝をついてから落ちたペンを拾い

隠している顔を見上げた







( ・・・あんたは昔から最低だよ… )







「へっ??コンプレックス?」






アスカ「・・・ちょっ…先生ッ…」







男らしくない自分の唇が恥ずかしいと口にすると

あの日の先生はジッと俺の顔を下から見上げてきて

「目!変?」と急に問いかけてきた







アスカ「・・・きっ…キレイな目です…」



 



先生の目は普通よりも赤味の強い

キレイな茶色の瞳をしていて

その目にジッと見つめられ

鼓動が早くなっている自分がいた…






「ふふ…ありがとう…笑

 私もこの目気に入ってるの!

 ちょっと変わってるし…

 皆んなからも見られる事も多いけど…

 私本人が気に入らなきゃ

 誰が気にいるのよって思ってね?笑」

 





アスカ「・・・・・・」







「だから青城君も好きになってあげなくちゃ

 その素敵な唇が可哀想だよ?」







見上げた先にある

不安そうに揺れる赤い目を見つめ

やっぱりキレイな瞳だと思った






あんたは俺の事なんて忘れていたし

今だって…うろ覚えの記憶だろうね…


 




いくら姿を変えて

俺を遠ざけたいと思っていても

6年前の事は許さないし…






( 今度は逃がさないよ… )






スッと立ち上がってペンを机の上へと置き

「お願いします」と頭を下げてから

自分の部署へと戻って行った






先生アンタは…誰にも渡さない…
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る