かけられた魔法


 がくりと倒れ込みそうになり、はっと目を覚ます。あたりを見渡すと数分前と景色は変わらず、黙々と勉強をしている数人の人影が見えた。

 上体を起こし大きく伸びをする。机の上には枕代わりになっていた本が数冊積み上げられていた。


 試験日2日目。筆記試験は全て終わり、図書館で勉強している人は少なかった。多くは翌日の実技試験に備え練習でもしているだろう。


「今日も進展なし…か。」


 ため息をつき、広げたままになっていた分厚い本をパタリと閉じる。

 古文字や魔法記号など思い当たるものはいろいろ調べてみたものの、特に進展はなかった。


(別れる前にシャルルに聞いておけばよかった…。)


 先ほど実技試験の練習をしに行ったシャルルに思いを馳せ、ため息をつく。

 昨日、あの後ミリセントの心配とは逆に、シャルルは何事もなく帰ってきた。試験後の反応から見ても、おそらく満点だろう。というより3年間知っている限り、彼女は満点以外を取ったことがない。


 試験期間ではあるが、どうにもあの絵のようなものが気になっていた。いつものことながら、勉強をする気にはなれなかった。


 他の本でも探しに行こうかと山積みの本を持ち立ち上がる。


(今日の試験、思ったよりできたな…ふふ、さすが元3年生ってとこかな…。)


 心の中で自画自賛をしながら、本棚の間を進む。天井まで伸びる無数の本棚が視界を遮り、さながら迷路のようだ。

 誰かが本を取ろうとしているのだろう、宙を舞いあちこちへ飛んでいく本を見ながら目的の本棚を探す。

 面倒くさがりのミリセントにとって、図書館をまともに使うのは初めてだ。


 目的の本棚を見つけると、本を戻すため本棚に設置された梯子を動かす。

 ほとんどの生徒は魔法で本を戻したり取ったりする。簡単な移動の魔法が使えれば何の問題もないだろう。

 しかし、ミリセントは魔力が高い分細かな作業を要する魔法は苦手だ。本と本の狭い隙間に別の本を差し込むなど、到底できない。なにより、あまり魔法に頼りたくなかった。


 元あった場所に本を差し込んでいると、反対側にまだ読んでいない本を見つけた。ちょうど、誰かが戻したのだろう。


(あ、あれなら載ってるかな…?)


 手を伸ばすが、梯子の位置が遠いのかギリギリ届かない。かといって一度降りて動かしてからもう一度登るのは面倒くさかった。


「もー!!」


「何やってんだ?」


「ぎゃあああっ!!!」


 予期していなかったところから声をかけられ、悲鳴を上げる。昨日も経験したような気がする。

 驚いた弾みで足を踏み外す。一瞬冷えるような感覚を覚え、ミリセントはなす術なく落下した。

 衝撃に備えぎゅっと目を瞑るが、いつまで経ってもその時は来ない。恐る恐る目を開けると、床から数センチのところでミリセントは浮いていた。


「またお前か。」


 苦々しい声が聞こえ、その声の主を確認する。深い青色の瞳を細め、杖をこちらに向けたまま立ち尽くす彼をミリセントは知っていた。


「イヴァ…ン"!!!」


 名前を呼ぼうとした時、彼は杖を振り同時にミリセントは床に落ちる。思いっきり尻を打ち、体に衝撃が走った。


「図書室だぞ、静かにしろ。」


 文句を言おうとするミリセントに釘を刺し、手に持っていた本をふわりと浮かせ棚に戻す。


 ミリセントは小さな呻き声を上げながら立ち上がる。

 イヴァンが一人でいるのは以前の世界では考えられなかった。常に誰かを引き連れ、その中心にいた。やはり、取り巻きの彼らとは疎遠になったようだ。

 無言で見つめていると、その意図を察したのかイヴァンは露骨に嫌そうな顔をした。


「…一人でいる俺が滑稽か?」


「別になんも言ってないけど…。」


 先日起きた旧校舎での出来事を話そうとも考えたが、なんとなく、彼を責めるような気がしてやめた。かわりにちょうどいい話題を思いついた。


「ね、イヴァンって頭よかったよね?」


「なんだよ急に…気色悪い。」


「うわっ、傷ついたんだけど。」


 下手に出るとより一層嫌な顔をされた。どうにも扱いが難しい。

 聞きたいことがある、とわざとらしくアピールをし、ちらちらと視線を送る。

 イヴァンは嫌そうな顔のまま、渋々首を縦に振り質問を許可した。


「こんなかんじの模様?なんだけど…何かわかんない?」


「絵下手だな、おまえ。」


「うるさいっ!」


 昨日見たばかりの「何か」を手元の紙に描き、イヴァンに突きつける。

 しばらくそれを見つめていたが、ふっと表情を緩め勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「聞いたのが俺でよかったな。それは複雑だけど、魔星図だよ。」


「…これが??」


 その言葉を信じることができず、自分が描いた絵を凝視する。


 本来、魔星図は杖でなぞるものであり、それゆえ一筆書きできるようになっている。だがミリセントが見たものは、どう見ても一筆書きでは描けないものだった。


「だから複雑だって言ってるだろ。それは杖でなぞるものじゃなく、何か物に描いて使う魔星図だ。学生じゃ習わないし、普通の生徒は知らないかもな。」


「そんなんあるんだ…。」


 杖を使わない魔星図は初めて聞いた。素直に感心していると、凄いだろうと言わんばかりににやつく彼の姿が視界に映る。

 ミリセントは見なかったことにして質問を続けた。


「じゃあさ、これ何の魔星図なの?」


「確か……『姿隠しの魔法』…だったかな。」


「姿隠し?」


「そのまんまだよ。その魔法を使うと、本来あるものが見えなくなるんだ。」


 その言葉にようやく確信した。あの空き教室には、やはり何かが隠されている。強い好奇心が抑えきれなくなった。


(もう一度、あの教室に行ってなくちゃ。)


「ありがと!それじゃ私いくね!」


 そういうや否や、ミリセントは小走りで図書室から出て行った。


 後に残されたイヴァンは、呆然とその後ろ姿を眺めていた。










「あーーーだめ、やっぱり閉まってる…。」


「そりゃそうでしょ。今何時だと思ってるの?」


 ステルラフィアの冷たい声にがっくりと肩を落とし、空き教室前に座り込む。ダメ元で解錠の魔法をかけてみたが、もちろん開くはずはなかった。


 ミリセントが想像の数倍眠っていたことは、図書室を飛び出してから気がついた。


 試験が終わり、昼過ぎに図書室へ向かったはずだ。ちらりと窓の外を見ると、既に真っ暗になっていた。


 もちろん全ての教室は施錠されている。生徒の魔法ごときで開けられるほど、簡単なものではない。

 それでも、目の前に答えがあるのに引き返したくなかった。


 どうにかならないかとあれこれ魔法を使ったり強引に扉を開けようとし、どれも失敗に終わった。


「また明日来るかぁ…。シャルルも待ってるだろうし…。」


「これだけ執着しておいて、出てきたのがくだらないものだったら笑っちゃうよね。」


「そういうこと言うのやめて!」


 唇を尖らせ、ゆらりと立ち上がる。警備員が来る前に立ち去らなくては、と自然と早足になる。


 物陰にこそこそと隠れながら、ミリセントは寮へと戻っていった。

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