激昂
(待ち合わせ場所はここ…であってるよね?)
きょろきょろと辺りを見渡しながら歩く。見たところ、まわりに人はいないようだ。人気のない旧校舎にはミリセントしかいない。かなひ古びていることもあって、普段は全く人が近寄らない場所だ。
(すごく今更だけど…告白とかだったらどうしよ…。)
あまり深く考えずに首を出したことが悔やまれるが、既に引き返している時間はなかった。
五分ほど人影を探すが、それらしき姿は見当たらない。待ち合わせ時間が夕食の後というのもかなり曖昧だ。
もう帰ってしまったのではないかと半ば諦めモードになりながら、その場でしばらく待つことにした。
(こっち側、ほとんど来たことなかったけど本当に人いないな…古いし。)
ふらふらと辺りを彷徨い、校舎を見て回る。ミリセント達が授業を受けている校舎と同じく、石造りになっている。今の校舎より老朽化が進んでおり、あちこちにヒビが入っている。埃も溜まっていて居心地が悪かった。
(一応倒壊しないよう魔法がかけられてるんだったっけ?そうは見えないけどなぁ…。)
「よぅ、嬢ちゃん。」
「わっ。」
突如背後から、何者かがミリセントの肩に腕を回した。驚き飛びのこうとしたが、かなり強い力で半ばヘッドロックをかけられたような状態になる。
状況整理ができず、疑問符でいっぱいの頭を無理やり動かし、その人物の顔を見上げる。全く知らない人物…ではなかった。素行の悪さで有名な2年生の男子生徒だ。
「暴れないでくれよ?」
離して、なぜこんなところに、なぜこんなことを。言いたいことが山ほどあるが、どれも言葉にならなかった。
ぱくぱくと口を動かしていると、すぐそばの教室から見知った人物が現れた。
「あれ、そいつじゃなかったんだけどな。」
「別によくね?」
何度か聞いた品のない笑い声を上げる。すぐにそれが誰であるかわかった。
イヴァンにまとわりついていた集団だ。
ようやく状況が理解できてきたミリセントは少し落ち着きを取り戻した。
「…どういうこと?」
「いや?お前がイヴァンに恥かかせただろ?そのせいで俺らまで恥かいちまってさぁ。」
「ちょーっと懲らしめてやろうってワケ。先輩に協力してもらってさ。」
にやにやと笑う彼らに、静かな怒りが湧く。誰かの後ろについていないと気が済まないのだろうか。
「だったら、シャルルじゃなくて私を呼べばよかったじゃない。」
「わかってねぇなぁ。お前より、お前のお友達傷つけてやった方がいいだろ?結局お前が来ちゃったんだけどさぁ。」
「やめろよヒュー、かわいそうだろ?」
ぎゃはははと汚い笑い声をあげる彼らに嫌悪感を覚える。
友人を、シャルルを傷つけようとしていたその事実が、ミリセントの怒りを増幅させた。
「馬鹿みたい。」
ぼそりと独り言をこぼす。気付けば右手は杖に伸びていた。一応持ってきてよかったな、と状況にそぐわず落ち着いた感想が出てきた。
それに気付かず、彼らは未だ盛り上がっているようだった。
「とにかくさぁ、逆らわない方がいいってことわかってもらえればいいんだよねぇ。」
「女ごときが楯突くなっていうかさ、落ちこぼれは落ちこぼれらしく謙って弁えろよなって話。」
取り巻きの一人___ヒューと呼ばれた男はミリセントに向かって杖を振り、魔星図を描く。見たことのないものだったが、それがなんであれミリセントにとってどうでもよかった。
一瞬早く、ミリセントが杖を振った。杖の先から金色の光が彼に向かって走り、その腕に直撃する。
ヒューは痛みにうめき、魔星図を書き終えることなく、杖を取り落とす。
「離せ。」
ミリセントの肩に腕を回していた男は意表をつかれた。隙をつき、至近距離から灯りの魔法を放つ。
「!っぎゃああぁぁぁあ!」
部屋全体が一瞬真っ白になるほどの閃光で包まれる。それを間近でみた男の今の視界には、何も映っていないだろう。両目を手で抑えその場に崩れ落ちる。
ミリセントの魔力は桁外れだ。普通に使えば相手はもちろん、ミリセントにも想像以上の効果を発揮してしまう。灯りの魔法を例に挙げるなら、しばらくの間視力を奪われてしまうほどの光を放てる。
ミリセントは力をセーブする気は少しもなかった。
取り巻き達は杖を構え、その先端をミリセントに向ける。何人かは魔法を放ったのだろう。数発の光の筋が飛来するが、その全てを杖で弾いた。
「もちろん私は落ちこぼれだよ。…でもね。」
いつもの朗らかな口調ではあるが、その声は冷たく固いものだった。静かに詰め寄ると、それに合わせて取り巻き達はじりじりと後ろへ下がる。
ミリセントは杖を持ち上げ、彼らを見据える。足元から彼女を取り囲むように、金色の風が吹き上がる。
「あんた達に負ける程の落ちこぼれじゃない!!」
そう叫ぶと先ほどより眩い閃光が校舎内を満たし、彼らが立つ石畳に大きな亀裂が入る。その異音に気づいた頃には、すでに足元の床は崩壊していた。
轟音と共に床は崩れ、男子生徒達の姿は一瞬にして見えなくなった。すぐ下の階に瓦礫の山が積み上げられ、閃光によるものか落下によるものか、彼らは言葉にならない呻き声を漏らした。
ミリセントは一歩進み床に空いた大穴を覗き込む。もがき苦しむ生徒に混じり、ヒューはミリセントを睨みつけていた。
「クソアマがっっ!どうなるかわかってんだろうなぁ!?」
「言いつけたければ言えば?喧嘩売った女の子に負けちゃいましたって。」
きゃんきゃんと罵声を飛ばす彼を尻目に、ミリセントは窓から校舎を見る。
先ほどの閃光と今の音で、おそらく気付かれただろう。
彼等の相手をしている場合ではない。警備員や教師に見つかる前に、小走りでその場を立ち去った。
「おかえり!ミリセント!」
「ただいま…。」
寮へ戻るとすぐにシャルルが出迎えてくれた。どうやらちょうど勉強が終わったようだ。
「ね、なんて言ってた?」
「うーんと…ごめん、来なかったよ。」
「…そっかぁ。遅くて帰っちゃったのかな…」
話す気力も湧かなかったが、どうにかその場を取り繕う。
本当は何があったのか、シャルルには言いたくなかった。
ミリセントが疲れているのに気づいたのか、シャルルはそれ以上何も言わなかった。ただ一言、ありがとうと言った。
ミリセントは何も考えたくなかった。先ほどのことも、これからのことも。ベッドに腰をかけると、倒れ込むように横になる。着替える気力も湧かない。
バレたら、気付かれたら。もちろん停学以上の処分が降るだろう。深く息を吐くと体を布団の中に沈み込ませる。
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