束の間の休息

 翌日、ミリセントの体調は完全に治っていた。しかし休日にもかかわらず教師との話が続くらしく、未だ部屋に戻れずにいた。

午前中の間、事情を聞かれ説教やらたまに称賛やらを聞かされ昼過ぎには疲れ切っていた。

 クランドールの気遣いにより、しばらく休憩を与えられたミリセントはありがたくそれを堪能していた。時折見舞いに来てくれる友人達には、感謝しても仕切れなかった。


「…あのさ、僕のこと忘れてない?」


不機嫌な声が影の中から聞こえる。誤魔化しが効かないことを悟ったミリセントは素直に謝罪することにした。


「ごめーん、完全に忘れてた。」


「知ってたけどぉ。」


 ステルラフィアが夜以外に話しかけてくるのは初めてだ。ちらりと自分の影を見ると、そこに彼はおらず、きょろきょろと辺りを見渡す。すぐに、ベッドフレームに止まっているステルラフィアを見つけた。


「ふふーん、いいニュースがあるんだけど聞きたい?」


 にやにやと笑うミリセントを、訝しげにステルラフィアは見た。首を傾げ、彼が返答するより先にミリセントが口を開く。


「なんと!春学期に起こる事件!全部解決しちゃいましたー!!」


 満面の笑みと共に、いえーい、と両手でピースサインを作る。久しぶりに晴れ晴れとした気分になっているミリセントとは反対に、ステルラフィアは白けた顔をしていた。


「…それっていいこと?」


「当たり前でしょ!前よりいい結果になってるんだから!!」


 何を言うか、と頬を膨らませる。


「事件が起こらないってことは、同時に情報も落ちないってことなんじゃないのぉ?」


「そ、そうなるけど…。」


「僕には関係のない話だから、いいけどね。」


「…嫌味なやつ!」


 いーっと威嚇し、ミリセントはそっぽを向く。

 彼の言うことも正しいが、ようやくまともな学校生活が取り戻せるミリセントにとって、それでもこの結果は喜ばしいことだった。


「ミリセント!大丈夫なの!?」


 ぼんやりと物思いに耽っていると、ノックもせずにルークが飛び込んできた。油断していたミリセントは驚き、肩を大きく揺らした。

 扉が開くと同時に、ステルラフィアは間一髪で影の中へと姿を消した。


「わ!!なに!?ルーク!?びっくりさせないでよ!!」


「え、元気そうじゃん…。」


なんだぁ、と言わんばかりに安堵のため息をつくと、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「元気も何も、もう全快したし…。」


「よかったぁ…ミリセントが2年生に喧嘩売ってボコされたって聞いたから…。」


「全く身に覚えがないんですけど!」


 知らない間に話に尾鰭がついてしまったようだ。話が誇張の域を超えている気がする。


「そうなの?1年の間で持ちきりだよ、問題児ミリセントの話。」


「ちょっと!誰が問題児ですって!?」


「にゃはは、間違ってはないでしょ?」


うっ、と言葉に詰まる。ミリセントが優等生の部類に入らないことは火を見るより明らかだ。しかし今回ばかりは納得がいかない。ミリセントは口を尖らせた。


 再びドアノブが軋む音が聞こえ、ドアのほうを向く。話を聞きに来た教師かと思いきや、そこには緋色の目をした少女が立っていた。


「…アリス…?」


「わ、あ、み、ミリセント、ちゃん…。」


 その声は今にも泣き出しそうな、震えたか細い声だった。がくがくと膝を震わせながら、ドアに隠れる様にしてこちらを見ていた。


「あ、あ…生きてる…よかっ…たぁ…。」


「ちょっと!?勝手に殺さないでよ!!?」


「だってぇ…ミリセントちゃんが…2年生の魔法で死にかけてるって…。」


 既に泣き出しているアリスをよそに、ミリセントは唖然とした。どうもエストレルの生徒は伝言ゲームが苦手らしい。一部でミリセントは勝手に殺されていた様だ。


「だ、大丈夫だから…もう元気だし…ね?」


「う、うん…。……あの、これを…。」


「?」


 ドアの向こうから恐る恐るバスケットを差し出しているが、遠すぎて全く届かない。膠着状態が続くことを予期したミリセントは、ベッドからおりアリスに近づいた。


「…これは?」


「えと…この前言った『お礼』…です。本当は、い、い、一緒…に、食べたかったんですけど…。」


 そう言われてミリセントはようやく、アリスと交わした「月末にお礼を受ける約束」を思い出した。カレンダーに目をやると、たしかに日付は月末の日曜日を示していた。

 差し出されたバスケットを受け取り中を見ると、可愛らしいお菓子がたくさん詰められていた。ぱっとみて、手作りであることがわかる。


「ご、ごめん!わざわざありがとう…。ね、一緒に食べようよ!」


「ひいいい!いえ!私なんかがお見舞いなんて…!」


「いいからいいから!」


 何か御託を並べるアリスの腕を引っ張り、無理やり保健室へ連れ込む。ベッドサイドで座っていたルークは、もう一つアリス用の椅子を用意して待っていた。


「こういうのって、人数多い方が楽しいじゃん?遠慮しないで!」


「い、い、いいんですか……?」


「いいって!ほら!」


 彼女を椅子に座らせ、ミリセントはベッドに軽く腰をかけた。ルークはアリスと初対面であるにもかかわらず、かなり打ち解けた様子で接していた。緊張からか、ほとんど喋ろうとしなかったアリスも、次第に話が合う様になっていた。


 これ以降、春学期は何の事件も起こらない。そう確信しているミリセントは、心の底からお茶会を楽しんだ。

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