転換点

「一月ほど前、アエリエルは陥落しました…。復活した最悪の魔法使い、エヴァの攻撃を受けて…。ここも、被害を受けて…大勢の死人が出ました。」


 消え入りそうな声でどうにか言葉を紡ぐ。すぐ近くにいた、助けられたはずの友人たち。

あの光景を思い出すだけで、涙が溢れそうになる。目頭がほのかに熱を帯び、涙を誘う。

 ロランは黙ったまま、ミリセントの話を聞いていた。


 まとまらない思考を無理やり巡らせ、どうにか説明らしい説明をする。自分が3年後の世界にいたこと、復活した魔法使いのこと、この国の破滅のこと。


「私も攻撃を受けて致命傷を負いました。それで、気付いたら…3年前の入学直後に戻っていたんです。」


 こんがらがったまま思いついたところから話したのでかなりわかりにくい説明にはなったが、どうやら噛み砕いて解釈してくれたようだ。


 話が終わるとロランは顎に手を当てたまま考え込んでいた。


(良い方向に進んでくれるといいんだけど…。)


 耳元まで聞こえてくる自分の心臓の音がやたらうるさく感じる。

 無意識に早くなる呼吸をどうにか抑え、所在なく視線を泳がせた。


「君は、時間の魔法を使ってない、けれど過去に戻ってしまった…と。」


「だ、だから私もよくわからないんですって!気付いたらここにいたんだから!」


 むきになって言い返すが、実際のところ本当に何もわかっていなかった。

 こちらを見つめる視線がやけに鋭く感じる。肉食動物に狙われる草食動物になったような気分だ。


「…3年後に、君が言う災厄が起きてしまうんだね?」


「はい…。」


 何度目かの長い沈黙が流れる。すでに破裂しそうなほど鼓動しているミリセントの心臓が激しくなる。

 ロランは表情を緩め柔らかく微笑んだ。


「わかった。僕も協力しよう。」


「!?」


(今なんて言ったこの人!?)


 全く予想していなかった返答に声が出なくなる。自分が未来から来たなんて突拍子もない話、信じるわけがない。信じたとしても時間の魔法を使用したと思われるはずだ。時間は戻ったが禁止魔法を使っていないなんて言い訳が通用するはずがない。


 その真意を飲み込めず目を白黒させていると、ロランはなんでもないような顔でこちらを見つめてきた。


「?どうかした?」


「どうかしてるのは先生の方では!?私が言うのもなんですけど、普通信じませんよこんな話!!」


 素早く切り返すと、ワンテンポ遅れてロランは少しだけ朗らかに笑った。そして片手に持ったままの手帳をちらりと見る。


「この手帳、何かを計画していたにしては内容が曖昧だし事柄によって書き込まれ具合がかなり違う。肝心なところが書かれていないものも多いし、終わりに向かって書き込みが増えている。僕にはこれが思い出しながら書いたもののように見えるんだ。」


 それにさ、とかわらず柔らかな笑みを浮かべたまま言葉を続ける。


「先生が生徒を信じなかったら、誰が生徒のことを助けてあげるの?」


 その言葉を聞き、言いかけていた言葉が引っ込んでしまった。

 張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた感覚を覚え、ミリセントは崩れ落ちるように床に座り込んだ。長く息を吐き、目を瞑ると疲れの波がどっと押し寄せてきた。


「はあああぁぁ…よ、よかったあぁ…。」


「あはは、驚かせちゃってごめんね。とりあえずこれ、返すよ。」


 ロランもしゃがみ目線を合わせると、座り込んだままのミリセントに手帳を差し出す。言いたいことはあったがとにかく襲い掛かる気疲れに、手帳を受け取るのが精一杯だった。


「まあでも、その災厄について詳しい経緯はわかってないんだよね?こっちでも出来る限り調べておくよ。」


「ありがとうございます…本当に…。」


 疲れ切った掠れた声をどうにか絞り出す。震える手を伸ばし手帳を受け取ると胸の前で抱き抱える。

 品の良いなめらかな表紙の感覚をしっかりと確認し、もう2度となくさないと心に誓った。


(とりあえず、信じてもいいのかな…。)


 真っ直ぐこちらを見据える青年から、悪意は感じられない。その双眸はどこまでも澄んでいた。

 魔法警察や他の教員に憶測を話されるよりマシな結果と言えるだろうか。


「長らく引き止めちゃったね。まだ聞きたいことはあるけど、もう遅いしこの話はまた次にでも。」


 別れもそこそこにロランは立ち上がる。

 すっかり校内から人が消えていることに気づき、踵を返し杖を振って教室から去ろうとする後ろ姿をミリセントは引き止めた。


「あ、はい……あの、この話誰にもしないって約束してくれますか…?普通信じてもらえない話ですし…。」


「ああ、約束する。」


 一瞬間を置いてロランは頷いた。再びミリセントの方に向き直ると微笑んだ。


 正直、完全に信じたわけではない。だが今はこの青年を、ロランを信じるしかない。


「……ありがとうございます。」


「それじゃ、また。」


 そう言い残すと杖を一振りし、瞬く間に消えてしまった。


 一人残されたミリセントは、呆然と座り込んだまましばらく立ち上がれなかった。

いつもは人で溢れている講義室が嫌に広く感じる。突如訪れた静けさが、ミリセントに痛みを与える。


 少しだけ現実感が戻り、よろよろとシャルルが待っているであろう自室へと向かうことにした。


 光の差さない暗闇に、微かな光が刺したような気がする。不安の中に大きな安堵を感じていた。

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